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第33話 デッドオアアライブ

「それでねっ! それでそれで、鈴蘭の全部使いこなせる王道スタイルがかっこいいのはもちろんだけど、馬酔木の戦闘スタイルも私的にはかなり良い! あの発想の柔軟さで足りない技量を補うスタンスと、それをしっかりと自覚してできることとできないことに冷静な線引きができるところもーーーー」


「よおし分かった。分かったからとりあえず一度深呼吸してみようか」


「んっ……。でね!」


「駄目かぁ……」


 上映が終わると次第に周りは立ち上がり、部屋から出て行って再び展示エリアへと戻っていく。


 残っているのはあと俺たちと外国人数人くらいなものだ。チラッと見た感じ上映スケジュール的に次は三十分後だし、ここに残っている理由も無いから当然っちゃ当然だが。


 それにしてもとにかく三葉の喋りが止まらない。


 こんなに饒舌な三葉は初めて見るんじゃないだろうか。目はキラッキラだし、おまけに握った俺の手もぶんぶん振り回して。やはり忍者好きには相当堪らなかったらしいな。


 深呼吸させても水を飲ませても、三葉の興奮は一切冷める様子がなく。ただひたすらに鈴蘭への愛(異性的な意味ではなく、憧れに近いもの)を語り続けようとするその姿は、少し見ていたくなる面白さはあるものの……やはり落ち着かせなければという気持ちの方が勝ってしまう。


 とにかくこのままでは会話すらままならない。なんなら三十分後の上映も見ると言い出しかねないからな。一度この部屋を出たいのだが……。


「ふんすっ! ふんす! ……ふんっ」


「? どうかしたのか?」


「……あっ」


 なんて、頭を回転させながら打開策を考えているうちに。突然電池切れを起こしたように言葉が小さくなっていくと、やがて小刻みにその小さな身体が震え始める。


「ま、まさか急に具合でも悪くなったのか!? いやでも、さっきまであんなに……」


「ち、違っ……その、急に、来て……」


「き、来たって、何がだ?」


「それは……っ!」


 あれ、ちょっと待てよ。


 三葉の様子、明らかに変だ。


 そもそもさっきまであんなに饒舌だったってのに。そんな状況で突然何かが″来て″黙り込むなんて。


 体調不良、とは違うよな? 顔は赤いけど、なんか気持ち悪くなったとかそういうのには見えないし……。


「じ、実は映画始まる前から、その。ちょっと我慢してて。映画見てる間は波がピタッと止んでたけど今、急に……」


「我慢? 波? って……もしかして!?」


 次第に震えながら涙目になっていく三葉の様子を見て全てを察した俺は、その場で勢いよく立ち上がる。


 今の言葉で確信した。三葉は今ーーーー


「……おしっこ、漏れそう」


「わざわざ言わんくていい! ったく、映画前にちゃんと済ませとけよな!」


「ま、まだいけると思ってたから! あ、本当にまずい。これ、ダム決壊しそう……」


「あとちょっと我慢しろぉ! ああもう、立てるか!? 歩けるか!?」


「い、急いで動いたら出る! けど急がなくても近いうち、出る……」


「くぬぉぉぉぉおっ!?」


 ど、どうする!? 急いだら出るらしいし、ゆっくりお腹に刺激を与えないよう行かせるか!? いやでも、確かトイレってここからかなり離れてたような……。本当にそれで間に合うのか?


 この二択、もし外せば大惨事だ。途中間に合わなくなるのを覚悟でゆっくり行かせるか、それとも短い時間急がせて死ぬ気で耐えさせるか。


 俺が選んだのはーーーー


「ちょ、ちょっと待っーーーーお゛っ♡ お、お腹、揺れりゅ……」


「変な声出すなぁ!? 忍者ならこれくらい耐えろ!」


「ぼ、膀胱の訓練はしてない。い、いい今ので九から九.五くらいまでメーター上がった」


「それ十になったらヤバいやつか!?」


「……もる」


「よぉし、全力疾走だ!!」


 動かないでいる三葉を一か八かでおんぶし、トイレまで駆ける。要するに短い間揺れに耐えさせる選択である。


「せ、背中にあったかいのを感じたら、逃げて……」


「それもう手遅れになった後だよな!? てかそんなこと考えんなって! おま、デートで彼氏の背中に放尿する気か!?」


「うぅ。私だってそんなのしたくない。けど……」


「けどとか言うなぁッ!!」


 いよいよマジで限界なのか、勝手に人の背中で悟りを開き始める三葉を落とさないようしっかりと支えて。できるだけ揺らさないよう、それでいて全速力でさっきまで楽しく回っていた展示場を遡っていく。


 入り口で館内マップになんとなく目を通したから覚えてる。


 この建物のトイレはたった一箇所。最初に見た忍具展示のすぐ隣だ。


 くそぅ、本当余韻もクソも無い。まさかあんなに良い映画を見た直後に背中に爆弾を抱えながら全力疾走する羽目になるなんて、思いもしなかった。


「ほら、あと少しだから頑張れ! 背中で放尿なんてしたらデートもそこで強制終了なんだぞ!」


「そ、それは……やだ……」


「なら死ぬ気で耐えろ! おしっこなんて案外限界に感じても我慢できるもんだから! まだ人としての尊厳を捨てるな!!」


 もし今、この瞬間に三葉が限界を迎えたら。


 そんな背筋も凍る想像をしそうになって、必死にかき消しつつ。ただひたすらに駆ける。


 突然始まった一分一秒を争うデッドオアアライブ。



 その行方は……


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