舞台は江戸。忍者全盛の時代。
本作主人公である鈴蘭(おそらく偽名。読みはすずらん)は依頼主から命を受け、部下の馬酔木(こちらもおそらく偽名。読みはあせび)と共に屋敷へと忍び込む。
命は要人の暗殺。金のために不正を起こした男を始末するという、忍者にとってはありふれた任務ーーーーの、はずだった。
『なんの真似だ、馬酔木』
『ふっ。俺はアンタのこと、結構尊敬してましたよ。鈴蘭さん』
『なら何故だ。こんな、命を偽造してまでーーーー』
『方針の違いってやつですよ。アンタは最強だが、最強であろうとしなかった。力を誇示するのではなく、世を忍び続ける道を選んだ。忠犬であることから逃れられるのにそうしようとしないのは……罪だ』
しかし物語中盤、馬酔木の裏切りが判明する。
最強の忍と呼ばれながらもその力を一切ひけらかさずに要人に支え続けようとする鈴蘭と、力を付けた忍たちで要人を皆殺しにして天下を取ろうとする馬酔木。
二人は対立し、遂には馬酔木筆頭の忍数十人と鈴蘭が衝突する。
(うおっ、アクション凄……)
正直に言おう。事前期待値など、余裕で超えている。
前半パートではしっかりと忍者の隠密任務の詳細を示しつつ、馬酔木の裏切り伏線を適度に織り交ぜながらストーリーを進行。そして一番の見せ場である忍者同士の衝突シーンでは、これでもかというくらいかっこいいアクションが組み込まれている。
脚本、演出、演技。どれをとっても一級品だ。鈴蘭役の人以外も実はかなり名の売れた俳優さんだったりするのだろうか。
(三葉も……楽しめてるみたいだな)
スクリーンに映し出された明るい映像は暗闇に光を生み、さっきまではこれっぽっちも見えなかった三葉の表情も、今ではよく見える。
間違いなくーーーー心の底から楽しんでいる顔だ。
『やめろ馬酔木。優秀な若い芽を摘みたくはない。お前たちも……今ならまだ、黙っておいてやれる』
『はっ、誰がやめるかよ! アンタの考えはもう古い! 俺が……俺たちが、これから忍の世を作っていくんだ!!』
『……そうか。残念だ』
「「っ!?」」
ビクッ、と、俺と三葉の身体が、同時に震える。
それは、刹那の出来事。
最強の忍である鈴蘭の鋭い眼光が映し出された、その瞬間。生々しい飛沫の音が響く。
『……は?』
『馬酔木。お前ならいずれ、私を超えられると確信していた。だが、どうやら勘違いだったようだ』
『なん……だよ、今の。一瞬で、全員……』
『裏切り者の忍に価値は無い。私が鈴蘭の名の下、始末する』
恐らく幼い子供などへの配慮だろう。決して血生臭い光景は流れていない。
しかしーーーーいや、だからこそと言うべきか。馬酔木の表情演技に加え、たった一滴の返り血が現場の凄惨さを間接的に際立てて、俺たちの背筋を凍らせる。
まるで俺たちも馬酔木同様、鈴蘭に命の手綱を握られているかのような感覚に襲われた。これが有名俳優の出す″迫力″というわけか。
気づけば再び、俺の視線は三葉の横顔からスクリーンへと強制的に引き戻されて。そんな俺の眼前に突き刺すかのように、苦無の先端が映る。
物語は終盤。鈴蘭の圧倒的な力を前に仲間を全滅させらた馬酔木が、最後の言葉を投げかける。
『なん、でだよ……。アンタほどの力があれば、支える必要なんてないだろ! いいように利用され続けて……本当にそれでいいのか!?』
『忍に自我などいらぬ。例え他を圧倒できる力を持っていても、それ誇示すれば、我々は忍では無くなってしまう』
『……イカれてるよ、アンタは』
『なんと言われようと構わない。これがーーーー世を忍ぶ者としての道だ』
そうして。馬酔木の瞳から一滴の涙がこぼれ落ちると共に、「ぼとんっ」と何かが床に落ちる、無機質な音が響いて。終幕の二文字が画面を埋め尽くす。
その音の正体が何なのかはもはや、言うまでもないだろう。
(……とんでもない映画だったな、これ)
映画全体を通しての感想として、これほどまでに″とんでもない″が似合うものもそう無い。
そしてそう感じたのは俺だけではないらしく。上映が終了して部屋が明るくなると、前にいた外国人たちが上映前より更にテンション高く、何やら聞いたことのない言語で熱く言葉を交わしていた。
近くの席にいた小さい子供はもしかしたら怖くて泣いてしまったりしたんじゃないだろうか……とも思ったのだが。そこは演出が上手く仕事をしており、残忍さをあえて分かりにくくしたことによって子供にはただただかっこいい情景だけが記憶に残っていたようだ。きゃっきゃとお母さんと微笑ましい光景を繰り広げている。
いやあ、それにしても本当に良いものを見た。俺も三葉にたまに付き合わされて何本か忍者映画を齧っているが、やはりそのどれよりも今見たものの方が圧倒的に全てで勝っていたように思える。
おかげさまで満足感からか、凄まじい余韻に身体が埋め尽くされている。できればもう少しの間、これに身を任せて浸っていたいものなのだが……。
「しゅー君……ねえ、しゅー君!」
「なんでしょう?」
「えっと、えっとね! めちゃくちゃかっこよかった! ズパァ、ズサァッて!! あの苦無捌きと手裏剣のコントロールは完全に私の技量を超えてる! 鈴蘭……最強の忍ッ!!!」
「……よし分かった。一旦落ち着こうか」
きっと興奮のしすぎで上手く言葉が出てこないのだろう。
隣の大きい子供が……まるで限界ヲタクのようになっていた。