楽しい時間は、あっという間に過ぎるものである。
小学生の遠足にしても、中学生の修学旅行にしても。それが楽しい思い出であればあるほど、体感時間は何倍にも加速する。
そしてどうやら俺にとって今日という日はーーーーそれに該当するらしい。
「〜〜〜っ! いよいよここが、遠出デート編最後の目的地。最後であり、大本命ッ!」
「テンション高いなぁ」
「高くならない方がおかしい! こんな……忍者ミュージアムなんて最高の施設を前にして!!」
喫茶店を出て、その後はしばらく河川町のど真ん中に位置する商店街を巡った。
食べ歩きをしたり、古着屋に入ったり。あとはガチャガチャでお揃いのストラップを手に入れたり、神社で一緒に恋みくじを引いたりなんかもしたな。
そうして正午を少し回った頃に昼飯も済ませ、バスで軽く移動をして。
夜ご飯を除けばどうやらこここそが、最後の目的地となるらしい。
閑静な住宅街をしばらく進んだ先に突如として出現したそれは、周りの建築物とは一線を画す木造建築。
ーーーーお屋敷だ。
「忍者、ミュージアム……。再現度高えなオイ」
ミュージアム、と聞けばどちらかと言えば和風よりは洋風が浮かぶし、てっきり普通の公民館のような建物で忍者に関する展示なんかをする程度のものなのだろうとばかり思っていたのだが。
このお屋敷の風貌にはなんというかこう、″製作陣の本気″を感じる。
そして実際、それゆえにかなり人気があるらしく。俺たち以外にもワラワラと外国人の人が中に入って行った。
そうか。思えば忍者ミュージアムなんて外国の人からすれば堪らないよな。忍者を題材にした漫画なナ◯トも、相当海外人気が高いと聞いたことがある。
「ふふっ。再現度だけじゃない。中には実際に忍者が使っていたという装束や忍具も展示されてる」
「さ、流石はミュージアムを謳うだけあるな。忍具か。作る上で参考になるものも多そうだ……」
「ん。実際に見て触ってすれば、間違いなく忍具を作る能力は上がる。楽しめて技術も向上するなんて、まさにうってつけ」
……って、なんか俺今、当たり前かのように自分が作る時のこと考えてたな。
いや別にいいんだけどさ。もう三葉の忍具を作るの、俺の趣味になりつつあるし。
昔はそれほど忍者に対して興味は無かったんだけどなぁ……。もう俺もすっかり、三葉と同類ってわけか。
ウキウキが隠しきれない様子でスマホを取り出した三葉は早速、ミュージアムの外観に対してシャッターを切る。
そして細かく角度を変えながら何枚か撮ったところで、一度カメラアプリを閉じて。見たことのないアプリアイコンから、QRコードを表示させた。
「よし、じゃあそろそろ私たちも行こ」
「だな」
どうやらそれは、ここの入場券らしい。今日のデートに向けてあらかじめ購入してくれていたようだ。
見ると、当日券の売り場はそれなりに混んでいる様子だった。おかげで並ぶ手間が省けたな。
「お金、あとで払うわ」
「いらない。どうせ五百円だし、気にしないで」
「え? でも……」
「しゅー君、いつも忍具を作る材料費で自腹切ってるでしょ。たまには私にも出させて」
「……んじゃまあ、お言葉に甘えて」
俺たちは基本的に、奢る奢られるというやり取りをしない。
それは昔からのことで、幼なじみとして一緒に過ごすことが多い俺たちが少しでも揉めるリスクを減らすため、お互い無意識に守っていることだった。
今日だってそう。電車賃は普通にお互い自分で切符を買ったし、喫茶店の支払いも小銭の関係から一度は俺がまとめて出したものの、きちんと後からお金を貰っている。
こういう時、よく男が奢るべきだなんて主張があるのは知っているし、どちらかと言えば俺も考えはそっち寄りなんだけどな。三葉が完全に割り勘派なもんだから。せいぜい端数を出してやるくらいが限界だ。
まあ……バイトの一つもせずお小遣いだけでやりくりしている身としては、正直ありがたいが。
「というか、材料費もそろそろ出す。しゅー君にばかり負担させるなんて、私の彼女さんとしてのプライドが許さない」
「いや、それは本当いいって。材料費っていっても全部百均だし」
「でも……」
「それくらいは格好つけさせてくれよ。な?」
「……ん」
だがせめて、これくらいはな。
実際のところ、材料費は本当にかなり安いのだ。
例えばこの間の折りたたみ十字手裏剣もそう。あれは厚紙と無料で置いてあった段ボール、そして中心部にのみベニヤ板とビスを使用して完成品をスプレーで塗装したものなのだが、材料費で言えば四百円だ。
しかも購入したものを全て使い切ったわけでもない。ビスは何十個も入っているうちの一つを使っただけだし、スプレーも勿論まだまだ使える。
つまり次回作の制作費も含まれることを考えれば、せいぜい一個当たりの換算は百円から二百円の間あたりだろうか。
だからこの程度、本当に集金するまでもない出費なのだ。むしろここの入場費の分、あと二つくらいは作ってやらないと。
「そんなことより、せっかく来たんだから楽しまないとな。ほれ、手。繋ぐんだろ?」
「むぅ。なんか上手く言いくるめられた気がする」
「気のせい気のせい」
あまりお金の話を長引かせたくない。
その一心で少し不満げな三葉の頭を何度か撫でて。そのまま、手を差し出す。
「けど、お言葉には甘えておく」
「そうしてくれると助かるよ」
今日一日。移動する時はほとんど、手を繋ぎ続けていた。
だからだろうか。
もう……恋人繋ぎに対し、これっぽっちの抵抗感も抱かなくなっていた。