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第28話 好きの理由2

「……え?」


 俺の言葉に対し、数秒の静寂が流れて。


 ぽかんっ、と。ついさっきまでの真剣ムードはどこへやら。露骨に頭の上にはてなマークを浮かべるかのような表情で、間抜けな一文字が返ってくる。


 そしてその顔のまま、三葉は言った。


「告白した時、言わなかった?」


「いや、聞いてませんけど」


「私、なんて言ったっけ」


「俺の部屋にいた時いきなり『私、しゅー君のこと好きみたい』って」


「……それだけ?」


「それだけっすね」


「…………そっか」


 ああ、懐かしいなぁ。そうそう。俺もそんな表情した覚えがある。


 実際にはその後言葉が付け足されてはいたものの、結局「なんで」も「どこを」も、そして「いつ」も。そのどれも、三葉の口から語られることはなかった。


「ごめん、しゅー君。あの時は緊張しすぎておかしくなりそうだったから、言葉がうまく出てこなかったんだと思う。正直自分が何言ったか、ちっとも思い出せない」


「い、いや。別に謝らなくてもいいぞ。まあ確かに急な話だったし、驚かされはしたけどな」


 そうか。あの時三葉は、緊張してたのか。


 そりゃそうだよな。人生で初めての好きな人への告白なんだ。緊張しない方が変な話だ。


 もしフラれたらとか、この告白のせいで疎遠になってしまったら、とか。俺がその立場に立つことを考えると正直ゾッとする。


 それに結局のところ、言葉足らずだったとしても三葉はきちんと告白をやり通した。「好き」という気持ちを全面に押し出し、伝えてくれた。


 だから謝られることなんて一つも無いし、気に病む必要も無い。


「なら、よかった。えっと……なんで私がしゅー君を好きになったか、だっけ?」


「おう。なんか不意に気になってな。きっかけとかあったのかなって」


「きっかけ……」


 三葉は一瞬、悩むようなそぶりを見せて。


 そしてすぐに頭の上で電球を光らせると、言葉を続ける。


「きっかけは、ある。今となるとしゅー君の好きなところが多すぎて一瞬どれが最初か浮かばなかったけど、多分小学生の時」


「小学生!? 結構前だな……」


「ん。あの頃からしゅー君はもうかっこよかったから」


 驚いた。まさかきっかけとやらがそんなに昔の話だったなんて。


 いや、不思議な話でもないのか?


 なにせ俺らは幼なじみだ。同じ病院で産まれて、0歳の頃から一緒にいる。


 小学生って言っても、俺たちにとっては出会ってから何年か経った後の話なのだ。例え年齢で言えば幼なくとも、一緒にいた年月で言えば何もおかしくないのかもしれない。


 ただ……


「いやでも、小学生の頃に何か特別なことってあったか? 思い出せないな……」


「当然。きっかけって言っても、何か特別なイベントが起こったわけじゃない」


「そう、なのか?」


 ならなんで、と言おうとした俺の言葉を遮って。笑みを浮かべた三葉は胸元から何かを取り出し、言う。


「これ、覚えてる?」


 すっ、と机の上に出されたのは、俺たちの通う高校の生徒手帳。


 手帳には配られた時からカバーがついており、電車通学の奴なんかはよくそこに定期券や交通系カードを入れたりしているのだが。


 それを開いた一ページ目。そこに挟まれていたのはそのどちらでもなく……一枚の、折り紙だった。


「手裏剣? ってそれ、まさか俺が作ってやったやつか? まだ持ってたんだな……」


「正解。これはしゅー君が私を慰めようとして作ってくれたやつ」


 懐かしい。


 そうだ。確かあの頃は……


「小学生の頃、私はしゅー君以外の友達にも忍者を好きになってもらいたくて布教したけど、失敗した。女の子のくせに変って、笑われた」


 小学生の時の記憶。きっとそれは、三葉にとってあまり良いものではなかっただろう。


 幼少期のトラウマってやつはずっと引きずるものだ。そして三葉にとってそれは、忍者好きを笑われたこと。自分の好きなものは誰にも共有できないんだと他人との間に線を引いてしまうようになり、人見知りを加速させた最も大きな要因だ。


「なあ三葉。しんどかったらもう話さなくていいぞ。お前に無理させてまで聞きたいわけじゃないからな」


「えへへ。やっぱりしゅー君は優しいね。あの頃もそうだった」


「いや、優しいって……普通のことだろ」


「そう。しゅー君はあの頃もそうやって、当たり前みたいに優しくしてくれてた。しゅー君だけが笑わずに、私の好きなものを受け入れてくれた」


 大切そうに手裏剣を一度撫で、手帳に入れたまま仕舞った三葉はそうして。一度アイスティーを口に含んで喉を潤すと、改めて俺に視線を向ける。


「ずっとずっと、優しくて。辛い時もそばに居てくれた。多分そういう日常の積み重ねが、しゅー君を好きにさせたんだと思う」


 日常の積み重ね、か。


 確かに一緒にいた年月の積み重ね方だけは他の誰にも負けることがないし、俺にとってそれは普通の日常だったとしても、間違いなく三葉の心の支えになれていたのだろう。


 三葉が思い出話をするようにきっかけの話を語り始めた時。恋愛経験の無い俺はてっきり、大きな一つの何かがコイツに恋心を抱かせたのだと思っていたが……。どうやら、違ったらしいな。


「つまり好きになったきっかけは、″優しさ″ってことか?」


「ん。少なくともそれがかなり大きな要因なのは、間違いない」


「? なんか含みのある言い方だな」


 俺の中に一つ、結論のようなものが出て。最後にそれを確認しようと聞くと、何故か。三葉はそうして、少しだけ言葉を濁す。


 なぜ、そうだと言い切らないのだろう。まだ何か他にも、好きになった要因があるかのような言い方だ。


「積み重ねだけが、恋愛じゃないってこと」


「……すまん。どういう意味だ?」


「ふふっ。恋愛初心者のしゅー君に、私から一つアドバイスをあげる」


 そう言って。ぐいっ、と俺の身体を引き寄せた三葉は、俺の耳元にゆっくりと口を近づける。


 突然の行動に思わずドキッとさせられながらも。「動かないで」と目で言われているような気がして、そのまま。



ーーーーゼロ距離の言葉に、耳を傾けた。


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