「ほら、あーんして? サンドイッチ、半分こするって約束した」
「は、はぁっ!? いや、半分この約束自体はしたけど、これは……」
「私は気にしない」
俺が気にするんですよねっ!!!
コイツ無敵か? なんだよこの状況。ただのあーんならともかく、自分の食べかけ部分を直接差し出すって……これ、もう間接キス以上の何かなんじゃないのか!?
「お、俺は普通の食べ方でいいって。ほら、ちぎってくれればさ」
「むぅ。本当に美味しくなるのに」
「どういう理屈だよ……」
「簡単な話。好きな人の食べかけだったりあーんしてもらったりしたものなら、いつもより幸福度が増して舌も幸せになる。だから美味しく感じる」
「そういうもん……か?」
「そういうもん」
言わんとしていることはまあ、なんとなく理解できる。
食べかけ理論の方は未だにはてなマークが浮かぶけどな。食べさせあいっこをした時に普段より美味しく感じるというのは、感覚としては俺も味わったことがあるから。
ああいや、三葉が俺にとっての″好きな人″だから起こった現象ってわけじゃなくてな? ほら、三葉は内面こそ変人な部分が強いが、プロポーションはピカイチだし。あくまで可愛い奴としたからって話だ。
「それに……」
「それに?」
「好きな人の唾液が私の中に入っていくのってその……ちょっと、興奮する」
「なるほど。変態か」
「私の唾液が好きな人の中に入っていくのは、もっと興奮する」
「よおしよく分かった。しばらくは間接キス禁止にしよう」
「!? な、なんで!?」
「いや、よくその反応できたな」
そんな「ガーン!」と効果音がつきそうな顔されても、な。
むしろなんで今のを言っておいて禁止されないと思ったんだか。可愛い顔してれば何言ってもいいわけじゃないぞこの野郎。
「とにかく、本当に禁止されたくなかったらちぎって渡すんだな。俺のホットドッグもそうするから」
「しゅー君の、ホットドッグ……」
「おい。変なこと考えてるなら本当に間接キス禁止令出すからな」
「っ!? な、何も考えてない!」
「はぁ……ったく」
ため息混じりにホットドッグをちょうど真ん中のところで割り、サンドイッチの隣に置く。
それと同時に、少し恥ずかしそうな表情を浮かべた三葉からも、具材が溢れんばかりなちぎられたたまごサンドが返ってきた。
なぜこんな表情をしているのかは……おそらく、そういうことを思い浮かべたからだろう。正直俺もああは言ったものの、少し同じようなことを考えてしまったのが悔しい。
「ん……ケチャップとマスタード効いてて、美味しい」
「そりゃよかったよ」
まあ何はともあれ、だ。
このデートが始まってからずっと暴走列車のようになっていた三葉もこれで、少しは頭が冷えたんじゃないだろうか。
露骨に好意を向けられ続けるのは嫌ではないが、とはいえあまりに責められると俺の身が持たない。
電車の中での密着時間に加え、恋人繋ぎに喫茶店デート。ここまで内容量の濃い時間を過ごしておいて、まだ正午すら回っていないというのだから恐ろしい。
(三葉のやつ……今日はやっぱり本気で、俺のことを落としにきてるのか?)
コイツは今朝、このデートが終わる頃には両想いになっているはずだと言っていた。
もう長い付き合いだ。その言葉は誇張でもなんでもなく、本気の考えなんだろうと薄々感じてはいたが。
ここまでされて、その考えが確信に変わらないはずもない。
間違いなく。三葉は今日のデートで、完全に自分のことを好きにさせるつもりだ。
(コイツは、どうしてここまで……)
幼なじみというのは、どうもそういう″異性″的な感情が曖昧になりがちな関係だと俺は思う。
多分小さな頃からずっと一緒にいるせいで、本来であれば他人同士な状態から出会って少しずつ距離を縮めて……という過程が、物心つく頃には終わってしまうのが原因なのだろう。
だから俺も、三葉が他の女子たちよりも可愛いことはとっくの昔から分かっていても、あくまで仲のいい幼なじみとしてしか接することはなかった。
俺にとっての三葉を異性として意識し始めたターニングポイントは、告白された日。相手が自分のことを好きだと伝えてきたことで初めて、受け身的に意識が変わった。
なら、三葉は? 三葉はどうして、そしていつから。俺のことを好きになったのだろう。何をきっかけに、その気持ちを知ったのだろう。
一度頭の中で浮かび上がった疑問は、次第に膨れ上がっていく。
思えばあの日の告白でも、三葉の口からそういった意味での具体的な言葉が発せられることはなかった。
知りたい。これを知ることが俺の中の気持ちをまとめるための……重要なピースになるような。そんな気がする。
「? しゅー君、なにか考え事してる?」
「……ほんと、すぐ気づくよな」
「もちろん。私はいつもしゅー君ばっかり見てるから」
「そうだな。じゃあそんな彼女さん(仮)に俺から質問、いいか?」
「ん。どんと来い」
深呼吸の代わりに一度カフェオレを口に含み、飲み込んで。小さな受け皿の上にティーカップを置くとともに、口を開く。
「三葉はさーーーー」
我ながら、なんて恥ずかしい質問なのだろうか。
それを分かっていても言葉が詰まらないのは……きっと三葉がこうして、じっと俺に視線を向けてくれるから。
真剣に聞く、と。そう言ってくれたからだ。
「三葉はどうしてーーーー俺のことを好きになってくれたんだ?」