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第26話 美味しくなる方法

「お待たせしました。モーニングセットお二つになります」


 それからしばらく。およそ数分で先ほどの店員さんが戻ってくると、お盆の上には注文通りにサンドイッチ、ホットドッグ、そしてアイスティーとカフェオレが乗せられていた。


「お砂糖やミルクはそちらにございますので、お好みでお使いください。ごゆっくりどうぞ」


 なんというか本当に、所作が綺麗な人だ。


 そしてこれはあの店員さんに限った話ではない。どの人も歩き方や話し方一つとっても気品があって、まさにおしゃれな店の店員さんといった感じで……。改めて、俺たちのようなガキがここにいていいのかと少し不安になってしまう。


 まあ、そう思っているのはきっと俺だけなんだろうが。


 ふと隣に目をやると、俺の幼なじみはただただ目の前に出てきた美味しそうな料理に目を輝かせている。コイツのこういう純粋というか、周りを全く気にしないところは、正直少し羨ましい。


「美味しそう……! 早く食べよ、しゅー君!」


「だな。冷めちゃってもあれだし」


 二人で並び、手を合わせる。


 まずはティーカップから湯気を立てているカフェオレにティースプーンを入れて軽く混ぜ、一口。


 微かなコーヒーの風味と苦味が舌の上に乗るとともに、それをかき消す甘味が覆い被さってきて。表現が難しいが……とにかく優しい味付けで、美味い。


 普段からコーヒーを嗜むようなおしゃれ高校生ならもう少しこう、それっぽい感想を口にできるのだろうか。きっとこればかりは、何回も飲んで舌を肥えさせないと無理なんだろうな。


「ん。普通に紅茶。美味しい」


「……」


 ほら。俺と同じような舌した奴が同じような感想言ってるし。


 よかった。三葉がどこかのお嬢様みたいに匂いがどうとか茶葉がどうとか言い出したらどうしようかと思ったが。なんとも心強い味方だな。


「……なんか今、心の中でバカにされた気がする」


「いやいや。仲間がいてくれてよかったって思っただけだから。流石は俺の幼なじみだなって」


「そ、そう? ならいいけど」


 うーん、チョロい。


 どうやら今の言葉は三葉にとって結構嬉しいものだったらしい。「幼なじみ兼彼女だけどね」と訂正は入れられたものの、そう言う口元は緩んでいた。


「んっ……これ、サンドイッチも美味しい。ほかほかたまごサンド」


「へぇ、たまごサンドか。こういうところのって確かにたまごがふっくらしてて美味そうだよな」


「食べる?」


「んじゃ、一口」


 ふわとろに仕上がっている、スクランブルエッグ状になった卵が挟まったサンドイッチ。僅かに一つの角の先端だけが欠けたそれを差し出され、まだ口のつけられていない角からいただこうと顔を近づけてーーーー齧る。


「美味っ! なんだこれ!?」


 途端。口の中に広がったのはあまりに濃厚な卵の風味と、僅かな胡椒の味。


 おそらく、マヨネーズやケチャップなどの味の濃い調味料はほとんど使っていないのだろう。ふわとろ卵の素材の味と振り掛けられた胡椒だけで味付けされたサンドイッチは、正直言ってこれまで食べたどれよりも美味しかった。


 カフェオレの方はあまり分からなかったが、これははっきりと分かる。コンビニなんかで売られているものとは全くの別物だ。


「こんな美味しいサンドイッチ、初めて食べた。きっとこれは高級な卵が使われてる」


「だよな。明らかにもう素材から違うっていうか……。え? これ本当に千円以下で食えていいやつなのか? 最高か?」


 これは、ホットドッグの方にも中々期待が持てそうだ。


 サンドイッチは三種類あり、半分こする約束をしているわけだからまだあと二つの風味を楽しむことができるわけだが。まずはその前に一口、自分の頼んだ方をいただいておくべきだろう。


 僅かに焦げ目のついたサクサクのパンに挟まれたツヤツヤのウインナーに、キャベツとピクルス。そしてかけられたケチャップとマスタード。素朴な味わいをしていたさっきのサンドイッチとは違い、こちらは味にパンチが効いていそうだ。


 飲み込んだサンドイッチの未だ口の中で残る味を一度カフェオレでリセットし、細長いそれをそっと持ち上げて乗っている食材が溢れないよう、口元に運ぶ。


「〜〜っ!」


 そして、悶絶した。


 言うまでもなく。サンドイッチ同様、これまで食べたどのホットドッグより美味い。


 なんだこの店。マジで値段と味が良い意味で釣り合ってないだろ。ぶっちゃけこの味なら二千円くらい取られても納得できてしまいそうなんだが?


「おい三葉、こっちもヤバいぞ! ウインナーもパンもめちゃくちゃ美味くて……って、何してんだ?」


「……」


 俺と同じように一度アイスティーを口に含み、飲み込んで。その視線がじぃっ、と、一点に向いている。


 その先にあったのは俺のホットドッグではなくーーーーさっき一口齧った、サンドイッチ。


 よっぽど味に感動し、余韻にでも浸っているのだろうか。


 ……いや、違う。


「しゅー君の……食べかけ。ごくっ」


「み、三葉さん?」


「はふぅ……っ♡」


 ぱくっ。


 三葉が一度齧り小さな歯形のついた方ではなく、それより少し大きい、俺の食べた場所から。少し息を荒くしながら口をつけると、三葉はさっきの一口目よりも幸せそうな表情を浮かべ……咀嚼する。


「んぐっ。……さっきより、美味しくなった」


「い、いやぁ。そんなことはないと思いますけど」


「そんなこと、ある。しゅー君も試してみれば分かるはず」


「ちょっ!?」


 ぐいっ。次はさっきのような口のつけられていない角ではなく、三葉の歯形のついた断面が差し出されて。迫る。




「せっかく美味しくなる方法があるなら……試すべき♡」


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