「いらっしゃいませ。二名様でよろしかったでしょうか?」
「はい」
「ん。二名様のカップル様です」
「おい、余計なこと言うな」
「ふふっ。お席までご案内致しますね」
人混みを掻き分け、駅構内から抜けてすぐ。いくつかの飲食店が並ぶその通りで、俺たちは目的の星空コーヒーへと入店した。
店内はそれなりに混んでいたようだが、まだまだ席に空きはあったらしく。三葉が余計なことを言ったから気を遣ってもらったのか、一番奥のあまり周りから見えない席へと案内され、俺たちは並んで腰を下ろす。
「こちらお冷になります。ご注文がお決まりになったらそちらのベルでお呼びください」
「あ、ありがとうございます……」
そう。並んで、だ。
美人な店員さんからお冷をもらい、それと同時に温かな笑みを向けられて。自分の顔が赤くなっていくのを感じながら、店員さんが去っていくのを確認して問いかける。
「三葉さん。こういう時は普通、向かいに座るものだと思うんですけど」
「? こっちの方がしゅー君の近くにいれるのに?」
「いや……はぁ。まあいいけどさ。そろそろ手は離してくれません?」
「食べる時になったら離す。ギリギリまで、繋いでたい」
「そうですか……」
どうやら世の常というやつは、俺の彼女さんには適応外らしい。
店員さんがこの一番奥の席に案内してくれて本当に良かった。こんな座り方あまりにもバカップル過ぎるし、周りにやってる人なんて当然のようにいないから、もしど真ん中の席にでも案内されようもんなら目立って仕方ない。
俺は小さな諦めのため息を漏らし、メニュー表を開いた。
辞書なんかに使われていそうなざらざらの少し高そうな表紙をめくって一ページ目に出てきたのは、コーヒー各種の取り扱い銘柄とその値段。
「星空ブレンド、五百円。アイスコーヒー、六百円。フルーツティー……八百円、か」
店の前に立った時から思っていたが、やはりここは中々に値の張るお店だったらしい。
そうだよな。こんなオシャレな木造建築の喫茶店がリーズナブルなはずないか。
まあもしかしたらこれでも世間一般の喫茶店の値段で言えば普通くらいなのかもしれないが。高校一年生の貧弱なお財布事情からすれば、やはりこの値段には少し物おじしてしまう。
「ま、まあこれくらいはするよな、うん」
飲み物一杯で平均五、六百円、か。
当然、食べ物はこれ以上の値段設定になっているのだろう。
たしか三葉が頼もうとしていたのはモーニングセット。単純計算で食べ物の平均が予想八百円から千円あたりとすると、セットの値段としては大体千五百円あたりになるのか?
「高っ。コーヒー単品だとこんなにするの?」
「え? 承知のうえで来たんじゃないのか?」
「ううん。単品なんて頼む気なかったし、値段見てもなかった。私が頼もうとしてたのは……ほら、これ」
「どれどれ……」
俺の見ていたページから二、三ページほどめくって。食べ物の単品の欄の更にその先、セット商品が記載されているページの一番端に指された指先を、視線で追う。
「モーニングセット。ホットドッグかサンドイッチとワンドリンクがついて……八百円?」
「そう。結構ボリュームもあるし、多分モーニングとしては中々お腹いっぱいになると思う」
お、おかしいな。確かに俺のはあくまで予想の計算だったが、まさかここまで安いとは。
だってコーヒー一杯どれだけ安くても五百円なんだぞ? それが食べ物までついて八百円て。しかもワンドリンクに関してはどれでも選び放題とか。セットになった途端めちゃくちゃ良心的な値段になったじゃねえか。
「そういえば、喫茶店って基本的に単品ドリンクだけめちゃくちゃ割高って聞いたことある気がする。高くしてもお金に余裕のある人はそれだけ飲むし、私たちみたいなのはセットのお得感に釣られるから」
「な、なるほど。喫茶店ってそんな感じだったのか」
「一応もっと値段は張るけど、普通に一品とワンドリンクのやつもある。オムライスとかドリアとか。そっちの方がいい?」
「いや、朝からそんなガッツリはな。俺はホットドッグくらいでちょうどいいかも」
「ん。なら私はサンドイッチにする。交換こしよ」
「そ、そうだな」
チリンッ。注文内容が決まり、三葉がテーブル端のベルを鳴らす。
なんか、今説明を受けたばかりだからかもしれないが、三葉から慣れというか……余裕のようなものを感じる。
「お待たせしました。ご注文をどうぞ」
「モーニングセット二つ。メインはそれぞれサンドイッチとホットドッグで。飲み物はアイスティーとカフェオレで」
「かしこまりましたー」
ま、まさかコイツ……こういうオシャレな喫茶店に行ったことがあるのか?
俺たちの地元にも一応、喫茶店くらいはあるにはある。ここほどではないがオシャレな雰囲気を醸し出している、いわゆる街の喫茶店というやつだ。
当然俺は行ったことはない。だが三葉のこの感じ、俺の知らないところで経験を積んでーーーー
「……しゅー君。考えてること、分かりやすすぎる」
「へっ!? い、いや。なんのことかさっぱり」
「言っておくけど、私もこういう所に来るのは初めて。さっきのも全部どこかのサイトか動画で見た受け売りだから」
「そ、そうか」
「一人じゃこんなところ、緊張しちゃって来れない。しゅー君と、一緒じゃなきゃ……」
「そう……なんですね……」
どうやら、考えすぎだったようだ。
というかーーーー
(なんだそれ!? クソッ、可愛い……ッッ!!)
ぽっ、と頬を少し紅潮させながら呟く三葉の横顔に、思わず悶絶しそうになるのを堪えながら。心の中で声を大にし、叫ぶ。
そうだ。ただでさえ人見知りの三葉が、一人でこんなオシャレ全開の店内に入れるわけがないのだ。
これは……庇護欲か? ついさっきまで頼れる存在に見えていたコイツが、今では自分で飛べない雛鳥のように見える。
本当、どれだけ俺の心を揺さぶれば気が済むんだ。しかも常に可愛いし。
やっぱりコイツ……もう存在が反則だ。