「ぐっどもーにんぐ。しゅー君」
「……」
「あれ、驚かない」
「お前以外だったら驚いたかもな。というか、もう当たり前に入ってくるのな」
「ん」
「ん、じゃねえよ」
月曜日から金曜日、学生にとって苦痛な平日五日間を乗り越えた、土曜日の朝。
ようやく始まった休日は、早起きする必要のない、一週間でたったの二日しかない特別な日だというのに。
目を覚ますと……立ったまま前のめりでこちらを見つめる、三葉がいた。
また母さんか。あの人、本当三葉に対して甘すぎるだろ。いやまあ別に甘いのはいいのだが、思春期の息子をもっと気遣ってくれ。前にも言ったけど男子高校生の寝起きってのはアイドルと同じで凸っちゃいけない時間帯なんだよ。
「とりあえず起きて。今日は約束のデート回」
「はいはい。分かってるって」
ため息混じりに頭を掻きながら、身体を起こす。
幸いにも今日はいつも元気な息子君も静かだ。危険生物を前に生存本能で引っ込んだのだろうか。
時計を確認すると、現在時刻は朝九時。いつもよりは割と長めに寝れていたらしい。……ちなみに今日の集合時間は十時だったはずだから、コイツが凸ってこなければあと三十分は夢の世界にいられたんだけどな。
「そういや、ちゃんと行き先は決められたのか? 昨日候補が多すぎて絞れないとか言ってたろ」
「ばっちり。しゅー君といっぱいイチャイチャできる完璧なデートプランが組めた。我ながら完璧すぎて、あまりの興奮度合いに日付が変わるくらいまで寝られなかった」
「それ、夜更かしとしては微妙な時間帯なんだよなぁ……」
まあ超が付くほどの健康優良児な三葉からすれば、充分夜更かしに該当するのかもしれないが。
とにかく、ちゃんとプランが決まっているのならいい。え? そういうのは彼氏が計画してやるもんじゃないのかって? まあ細かいことは気にするなよ。
「そしてここで嬉しいお知らせ」
「嫌な予感がするけど、一応聞いておこうか」
「なんと、スケジュールを詰め込んだことによって集合時間が繰り上がった。九時半には電車に乗る」
「だからこんな凸してきたのか。……で、嬉しい要素あったか?」
「私と一緒にいられる時間が伸びた。きっとしゅー君にとってこれより嬉しいこともそうそう無いはず」
「あー……うん。そうだな」
色々言いたいことはあったが、口にするのはやめておいた。
とりあえず電車に乗るのが九時半ってことは、結構急ぎめで支度を始めた方がよさそうだな。
ベッドから降り、服の入っているクローゼットを開ける。
あらかじめ着ていく服は決めて、ハンガーでまとめてかけてある。とりあえず寝巻きからとっとと着替えるだけ着替えて、先に持ち物の用意をしてしまおう。
と、いうわけで。
「三葉さん? 着替えるのでリビングで母さんとお茶でも飲んで待っててくれますかね。すぐ降りるんで」
「お構いなく。今更そんなこと気にする間柄じゃない」
「……多分それが言いたかっただけなんだろうが、普通に気にするから。ほれ、行け行け」
「分かった」
ガチャッーーーーぱたんっ。
どうやら本当にさっきの台詞が言ってみたかっただけらしい。俺がもう一度出ていくよう言うと、従順に返事をして。そのまま階段を降りて行った。
「ふぅ。やっと静かになったな」
肩を撫で下ろし、ハンガーごと衣服を持ち上げて。そのままベッドの上に放って、着ていた寝巻きを脱いでいく。
静かになったと言っても、本当に束の間の話だ。
詳しいデートプランは聞かされていないものの、夜ご飯を食べて帰ってくることは知っている。
つまり、今日は一日中外で過ごすことになる。朝から夜まで、ずっと三葉と二人で……
「……いや、割といつも通りか」
デート、と改まるとなんだか緊張してしまいそうになるものの、思えば朝から夜までずっと一緒なんて日常茶飯事だ。
そもそも何年幼なじみやってると思ってんだ。三葉は俺をメロメロにする完璧なデートプランがうんぬんかんぬんと言っていたが、あくまで今日のこれもいつも通りの日常の延長線上。
軽く構えておけばいい。そう簡単にメロメロになんてーーーー
『でもこの調子なら、しゅー君が私のこと大好きになってメロメロ彼氏さんになる日も近いかも』
「……」
この間、屋上で三葉の言っていた言葉が頭をよぎる。
あんなことを言っていた奴の考えた、俺をメロメロにするためのデートプラン。
あれ? もしかして……軽く構えるなんて悠長なこと、言ってられないんじゃないのか?
じわっ。身体中を正体不明の悪寒が走るとともに、額に汗が滲んで。冷や汗となり一滴、落ちる。
日常の延長線上なんかじゃない。今日確かに、俺たちは仮の恋人関係になってから初めての遠出デートをする。
それはきっと、いつも通りなんて呼ぶことのできない特別なことだ。
「は、はは」
一体どんなデートプランで、どんな一日を過ごすことになるのだろう。
分からない。俺にはその内容は見当もつかないが……
「……気、引き締めておくか」
何回か、軽く深呼吸して。
バシンッッッーーーーと。自分の両頬を叩いた高い音が、部屋に鳴り響いた。