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第20話 刻む黒歴史

(って言ったって、どうしたらいいんだ……?)


 三葉を助ける。そのうえで考えなきゃいけないのは、「どう助けるのか」と「どこまで助けるのか」だ。


 ここから逃す以外の手段を用いて、かつ恐らくは三葉が求めている″部活に勧誘されなくなる状況″まで持っていければベスト。


 ……いや、厳しくね?


「しゅー君のっ、ちょっと良いとこ、見ってみったいー」


「感情の無い機械みたいな歌い方すんじゃねぇ。あのなぁ……助けるったって、今のところお前をここから逃すくらいしか浮かんでないんだが?」


「それじゃ駄目。さっきも言ったけど、また囲まれたら意味無い。できればもう勧誘が来なくなるようにしてほしい」


「無茶言いやがって。大体こうなったのは誰のせいだと?」


「私に声援を送って本気で走らせたしゅー君にも、責任の一端はあると考えてる」


「……」


 こ、コイツ。絶妙に痛いところを。


 だが、俺にできることなんて本当に限られている。


 三葉がどこまで期待しているのか知らないが、やっぱり俺にはここから逃がしてやるのが精々で……


「あっ! 見つけたー! 市川君の後ろっ!」


「げっ」


 そして今。それすらも叶わない夢となって散った。


 もはやしっかり隠れる気も無いのであろう三葉の腕や身体が見え隠れしていたことで、こちらに視界をやっていた中山さんがそれを見つけ、指を指しながら声を上げる。


「隠れてないで出ておいでよー。ほら、私と一緒に陸上道を突き進も? ねっ?」


「きょ、興味無いって……何回も言ってる」


「でもでも、やっぱり勿体無いって! 帰宅部なんかより絶対充実した毎日になるからさ! なんなら市川君が一緒でもいいからーっ!!」


「……しゅー君バリアっ」


「あ、こら! 隠れんなよ!」


 コイツ、完全に俺に押し付けやがった……。


 まあ確かにこの勢いだ。ただ三葉が言い返すだけではいつまでもいたちごっこだろうし、仕方ないとは思うけども。


 だからといって、俺に押し付けられてもなぁ。俺にこの人を言いくるめられるとは思えないんだが。


 悪い人じゃないことは分かってる。純粋に三葉に才能を感じているから、声をかけてくれてるんだってことも。このキラキラした目を見れば嫌というほど伝わってくるんだ。


 ただ……だからこそ。こっちは言葉に詰まる。


 例えばこれが詐欺前提の悪徳商法の勧誘とかなら、ズバッと言ってやればいい。なんなら無視して多少強引にでも引き剥がしていいくらいだ。


 けどなぁ。善意から来る勧誘となるとそうもいくまい。


 とにかく、強い言葉にならないように。一つ一つの言葉選びを正しくし、そのうえで納得させる。それは、きっと一番難しい解決法だ。


(ったく。本当、世話が焼けるな)


 だが、例えそうだとしても。三葉は俺を頼った。ーーーー俺は彼氏として、頼られた。


 なら、助けてやるしかない。


 多少嘘や方便を使ってもいい。三葉が部活に入らない、もっと言えば帰宅部でないといけない理由さえ作れれば、なんとか……


(……あっ)


 頭をとにかく回し、フル回転させて。何かないかと悩み続けてようやく、一つのアイデアが浮かぶ。


 正直それは、浮かんだ瞬間すぐに自分の中で却下したくなる方法だった。


 だが……これ以外に方法が無いとすら思えるほど、完璧な方法でもあった。


 問題はたったの一つだけ。それはーーーー


「中山さん」


「おっ! 入ってくれる気になった!?」


「つかぬことをお聞きします」


「え?」


 すぅっ、と深く息を吸って。呼吸を整える。


「しゅー君……?」


 そう。たった一つ。


 俺さえ、その問題点を乗り越えることができたなら。この状況は……切り抜けられる。


「中山さんに、彼氏はいますか?」


「……………………へ?」


 時間が、止まる。


 俺の言葉に、中山さんも、周りの女子も、そして三葉までもが。フリーズした。


 そして、数秒してーーーー


「へぇぇっ!? な、にゃっ!? にゃに言っ……!?」


「しゅ、しゅー君!? め、めめ目の前で浮気!? いくらなんでもそれは……」


「馬鹿、違うっての。いいからちょっと黙ってろ」


 考えてみれば簡単なことだった。


 今大事なのは、三葉が帰宅部でい続ける明確な理由。要はそれさえあれば部活勧誘なんてものはできなくなり、今後面倒なしがらみも消えるはず。


 じゃあその理由はどうするか。それも簡単だ。




 どの部活にいてもできなくてーーーーそれでいて帰宅部だからこそできる。そんな理由を作ってやればいい。


 そしてそれを一番に理由として認めさせるには、恐らく中山さんが適任だった。


 女子たちの中で一番部活を愛していそうで、さっき″帰宅部なんかよりも充実した毎日にしてあげる″と言い切ったこの人だからこそ。これは明確に刺さる。


「三葉には、俺という彼氏がいます。中山さんが陸上を愛しているみたいに、三葉は俺と過ごす時間が好きだと言ってくれてるんです」


 これの唯一の問題点。それは、あまりにも俺が″恥ずかしすぎる″こと。


 こんな……バカップルみたいなこと、堂々と言いたくなかったんだけどな。


 でも、ここで言い淀んでしまっては意味が無い。堂々と主張するからこそ、この言葉には意味が生まれる。


 だからーーーー


「部活に入ったら……一緒に過ごせる時間が減ります。デートだって、行きづらくなるじゃないですかッッ!!」






 声高らかに。俺の人生の一ページに、黒歴史を刻んだ。

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