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第19話 救世主

ーーーーなんて、思っていたのだけれど。


「佐渡さん凄いね! あの中山さんと互角なんて、もしかして陸上やってたの!?」


「ねえねえ、あの走り方何!? どうやったらあれであんな速度出るの!?」


「実はうちの部全然部員足りてなくてさ〜! よかったらどう!? 佐渡さんの運動神経ならすぐにレギュラーだって目指せるよ〜!!」


「……」


 体育を終え、制服に着替えて教室に帰ってきたのも束の間。


 そこには、キャッキャと騒ぎ立てながら三葉を取り囲む女子の姿があった。


「わぁお。完全に一躍時の人だな、佐渡さん。まあ無理もないか」


 どうやら、三葉の身体能力に目をつけたのは中山さんだけではなかったようだ。


 きっとアイツが輝いていたのは百メートル走だけではなかったのだろう。ソフトボール投げや反復横跳び等々……思えば今日やったスポーツテストは、どれもこれも三葉の得意そうなものばかりだった。


 その証拠にほら。聞き耳を立ててみれば、勧誘しているのは陸上部をの生徒だけじゃないらしい。ハンドボール部に水泳部、バレーボール部まで。多種多様の運動部員が目を光り輝かせ、新たなホープ獲得へと赴いているようだ。


「助けに行ってやれよ王子様。お姫様が困ってるぜ〜」


「……はぁ」


 なんかつい一時間前にも見たなぁ、この展開。


 しかも何ちゃっかりリニューアル版で敵を増殖させてんだよ。さっきは中山さん一人だったからまだよかったものの、今回はクラスの女子ほぼ全員て。


 うーん、どうしたものか。助けに行かなきゃなのは分かってるんだけどな。いかんせん、俺も女子とは三葉以外ほとんど交流の無い人生を歩んできたもんだから……


「助けるって言ったってなぁ。あの中割り込んで行けってか?」


「おうとも。そいつは俺の女だーッ! つって入っていきゃあいいだろ。いやぁ、青春だねぇ」


「簡単に言いやがって……」


 コイツなら或いは、それくらいのこと平気でやってのけるのかもしれないけどな。


 俺はそこまで強くない。他の男子の殺意マシマシな目もあるし、せめてもう少しこう、マシな方法というか、楽に助けられるやり方がないものか。


 なんて。そんなことを考えているうちに、みるみる状況は悪化していく。


「ちょっとみんな、私の佐渡さん取らないでよ〜っ! 私が一番最初に勧誘したんだよ!? 陸上部期待の新人二人組として活躍していこうってもう約束してあるんだから!!」


「そ、そんな約束した覚え、ない……」


 三葉を囲む女子の群れを掻き分け、一瞬にして最前列に躍り出てありもしない約束を語り始めたのはーーーー中山さん。


 まずいな。ただでさえ色んな人に囲まれて限界寸前だったであろう三葉に対し、今考えうる中で最も最悪のカードが切られた。


 もう後ろ姿を見ただけで分かる。三葉は今……キャパオーバー一歩手前だ。


(しのごの考えてる場合じゃない、か)


 とりあえずさっき雨宮が言った案は無しだとしても。まずは動かなければ始まらない。


「……よし」


 覚悟を決め、教室内へと踏み込む。


 三葉を中心として一つの集合群のようになっている女子たちの輪の中に入っていくのは、正直厳しい。さっきのように完全に三葉の盾になってやることも難しいだろう。


 だが、あくまで三葉の元に辿りつくのではなく、その隣になら。話は別だ。


 俺が目指すは三葉の隣ーーーー即ち、俺の机。


 何をするにも、まずはそこからだ。少しずつ近づいてとりあえず座ってさえしまえば、なんとでもやりようは……


「あーっ! 市川君! ねえ市川君って! 君からもなんとか言ってよぉ!!」 


「ひゅぉっ」


 ビクンッ。突然叫ばれた自分の名前に、反射的に身体が揺れる。


 恐る恐る振り向くと、声の主である中山さんと、そして周りにいた女子の視線が全て。俺の身体に突き刺さる。


「しゅー君……っ!」


「は、はは」


 救世主を見るような目ですね、三葉さん。


 くそぅ、なんとか言ってってなんだよぉ……。てか、全員してこっち向かないでくれ! 怖えって!!


「市川君……って、たしか佐渡さんの」


「彼氏、だよね」


「本当なのかな? 噂には聞いてるけど」


「本当なんじゃない? 授業中とかも頻繁にイチャイチャしてるし」


 ざわざわざわ。話題は一瞬にして三葉から俺へと移り、その場に一人ちょこんと腰を下ろしたはいいものの、いたたまれなさで顔を上げられない。


 しまった。やっぱりもっとこう、具体的なことを決めてからここに来るべきだったか。


 この状況、実質三葉を助けることはできたと考えていいのかもしれないが、ここからどうすれば……


「って、あれ!? 佐渡さんがいない!?」


「「「えっ!?」」」


 だが、俺が何か行動を起こすよりも早く。誰にも見つからずに動いたのは、三葉だった。


 ぽすっ。女子の前から突然三葉が消え、全員がそのことに気づいたその瞬間。俺の背後から細い腕が腰に巻き付いてきて、同時に甘い匂いが鼻腔をくすぐる。


「忍法•狐走」


「い、いつの間に。椅子の下から来たのか?」


「ん。咄嗟に足元から抜けてここまで来た」


 流石だ。おそらく意識が自分から逸れたその一瞬を狙ったのだろう。


 そのあまりの速度と音消しの上手さに、女子たちは未だに三葉の姿を発見できずにいる。


 だが……


「あの、三葉さん? 逃げないんですか? そこにいたらいずれバレますけど……」


「? しゅー君、助けに来てくれたんじゃないの?」


「へっ?」


 女子の意識は三葉から俺へとシフトし、そして今、見つからない三葉へと移り、やがてまた俺へと戻るだろう。


 逃げ切るなら今だ。しかし、三葉はそうしない。


 それどころか完全に隠れるわけではなく、俺を抱擁し続けて。これじゃあいつ見つかってもおかしくない。


「ここで逃げ切ってもまた囲まれたら意味ない。だからここは、しゅー君に任せる」


「……マジですか」






 どうやら……うちのお姫様は、この場限りの逃げ切りではなく、しっかりと助けてもらうことをご所望のようだ。

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