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第18話 大きな一歩

「……えっ?」


 驚きのあまり、自分でも驚くほどに情けない声が漏れる。


 三葉の忍者好きは、俺以外誰も知らない。そりゃこの前のス◯イダーマンのような登校の仕方や今日のような走りのフォームを見れば、ある程度は察しがつくのかもしれないけれど。


 中山さんは今、確かに″憧れを形にしたもの″と言った。つまりただ行動がそれっぽいというだけでなく、三葉の内面まで読み取って見せたのだ。


「どういうことだ? そりゃ確かにさっきの佐渡さんは化け物みたいに速かったけどさ。普通、忍者走りって一番速く走れるフォームじゃないよな?」


「まあ、そうだね。普通の人が突然真似して速くなれるフォームじゃないのは事実だよ。けど、佐渡さんの場合は違う」


「違うって……何がだ?」


 不思議そうに問いかける雨宮に対し、軽く咳き込みをして。中山さんは言葉を続ける。


「これは私の持論だけど、一般的に王道な走り方っていうのは、一番速く走れる方法じゃなくて、それを真似た時に一番速く走れる人が″多い″走り方だと思ってるの」


 ……そういうことか。


 中山さんの言いたいことが見えてきた。


 依然、雨宮はよく分かっていなさそうなアホ面だけどな。どうやら三葉は薄々感じ取っているようだ。


「一番速く走れるフォームっていうのは、結局人によって違う。一般的には遅くなるとされているやり方でも、その人のセンスや努力次第で化けるんだよ。佐渡さんはそれの典型例。ま、言うは易しで実際にあんな走り方でちゃんと速い人を見るのは、初めてだけどね」


 ズバリ、中山さんが言いたいことはこうだ。


 まず、一番速い走り方というのは人によって違う。一般的に言われているのは、あくまでそうすれば速く走れた人が多かったという、先人たちの知恵。ほとんどの人はそれで速くなれるが、全員じゃない。特に三葉のように独自で憧れの形を習得し、身体に定着させ、努力を続けている奴なら尚のこと。


 だからこそ″最適解″なのだ。三葉の絶え間ない努力とセンスが憧れを形にし、本人だけの特殊技巧へと昇華させた。


(……初めてだな。ここまで三葉を認めてくれる人って)


 三葉が忍者好きを俺以外に公言しないーーーーいや、したがらないのには、訳がある。


 それは一重に、認めたり受け入れたりをしてくれる人がいなかったことに起因する。


 男子がプ◯キュアを好きだと言えば変な目で見られるように。女子が戦隊ヒーローを好きだと言えば、笑われるように。辛い経験をしたのを、俺は隣で見ていた。


 けど、この人なら。三葉の憧れを見抜き、それでもなお馬鹿にせず、最適解だと言ってのけた彼女なら。もしかしたら……。


「長々話したけど、要するに佐渡さんは今のままの方がいいと思うってこと。その走り方を形にするためにどれだけ努力したかは……一緒に走って、すぐに分かったしね」


「っ……」


 ぴくっ。三葉の身体が小さく揺れる。


 初めてのことに驚いているのか。いや、喜びの方が強いだろうか。


 中山さんを見る三葉の目には、さっきまでの威嚇するかのようなオーラは無くなっていて。そこには……光が宿っているように見えた。


「変って、思わないの?」


「なんで? かっこいいじゃん忍者走り! 私も昔憧れてたし!」


「……そう」


 これは、もしかしたらいい機会かもしれないな。


 三葉は幼い頃から俺とばかりずっと一緒にいて、他に友達を作ろうとしない。過去のトラウマや本人の極度の人見知り、そしてその冷たいオーラのせいで周りから人が寄ってこないこと等々……原因は様々だ。


 別に俺が一緒にいることはいい。それを嫌だなんて思ったことはないし、この先も一緒にいられたら……なんて。


 けど、時々不安になる。こういう男女で分かれる体育の時や、きっとその他にも。どうしても一緒にいてやらない時間というのは存在して、そしてその時間を、三葉は誰かと過ごそうとしないから。


 別に強制するつもりはない。人見知りを治せとか、無理やりにでも友達を作れとか、そういうことを言いたいんじゃないけれど。


 それでも……三葉の心の拠り所になれる女友達が、一人でもできたなら。


「三葉、やっぱりこの人いい人だぞ。そんなに怯える必要無いって」


「……」


 三葉の人との間にある高い高い壁が、少しずつ消えていくのを感じる。


 きっとコイツも、ちゃんと分かってる。


 この人はいい人だ。三葉の好きなものを馬鹿になんてしない。


 そして、ゆっくりと。俺の背中に隠れていた身体を出して……三葉が口を開く。


「あ、あの……えと……」


 きっとそれは大きな一歩だ。大きくて、とても勇気のいる一歩。


 けど今、三葉は乗り越えようとしている。


(頑張れ……三葉)


 そして。言葉を紡ごうとした、その瞬間。


「ねえねえねえ! そんなわけだからさ! やっぱり陸上部においでって! 先輩には私から言っといてあげるからー! ね、ねっ! ねねねっ!!」


「ひゅっ」


 ああ、あと少しだったのに……。


 三葉が言葉を発するよりも早く。警戒心が緩んだのを感じ取った中山さんが満面の笑みで近づいて来て、再び三葉の両手を握る。


 俺でも驚いてしまうほどのパーソナルスペースの詰め方だ。当然、三葉には……


「な、なんで逃げるのぉ!! 今いける感じだったじゃんかぁ!!」


「あのさぁ。一瞬コイツかっこいいんじゃねえかなんて思ったのに。やっぱ馬鹿だろお前」


「なんでそんな辛辣なの!?」


「えーと、三葉さん?」


「やっぱり、ダメ。体育会系、怖い……陽キャは、無理……」


 今ので完全に萎縮してしまった。やっぱりすぐというわけにはいかないか。


「よしよし。お前はよく頑張ったよ。偉いぞ」


「うきゅ……」


「な、なんか私悪いことしちゃった? ねえしちゃったの!? 私はただ一緒に陸上やりたいだけなのにーっ!!」


「そういうとこだよ」


 まあでも、希望は見えた。


 別に急かさなきゃいけないわけでもないしな。




 ゆっくり……三葉のペースでやればいいさ。


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