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第17話 憧れと最適解

 整列し、クラスの男子全員で終礼をして。興奮冷めないままに、体育館から飛び出す。


 七限が始まるまでその場で休憩する者、お手洗いに行く者、水分補給をしに行く者などそれぞれが三者三様の過ごし方をする中。


 俺たちだけが、運動場へと向かっていた。


 体育館シューズを脱ぎ、階段を駆け下り、土足に履き替えて。未だ測定を続けている奴らと、一旦記録が終わりさっきの俺たちのようにくつろいでいる奴らがまばらに散らばっているそこで。視界の端に捉えた三葉に駆け寄ろうとーーーー


「ねえ佐渡さん! 陸上部入りなよ! 帰宅部なんて勿体無いって、ねぇ!!」


「え、いや……あの……」


「こんな子が同じクラスにいるなんて思いもしなかった! 私たちいいライバルになれるよ! 一緒に高めあおうって!!」


「わ、私、部活は……」


「お〜ね〜が〜い〜!!!」


 して、止まる。


(えっと……?)


 さっきと同一人物、だよな?


 走る前と走っている最中のピリついたあの雰囲気はどこへやら。


 俺たちの前で三葉の手を掴み、ぶんぶんと上下に揺らすその人ーーーー中山さんは、キラキラとした目で、三葉を勧誘していた。


 同じクラスとはいえ、俺と中山さんはほとんど面識が無い。


 だからさっきのが唯一の印象に残っている部分で、それゆえにもっとこう……ピリピリサバサバしたザ•アスリートって感じの人なのだろうと想像していたのだが。


「あっ……た、助けてしゅー君」


「え?」


「ああっ! 逃げないでよぉ!!」


 そうして、ぽかんと軽くフリーズしてしまう俺の存在を発見し、助け舟とでも思ったのか。目にも止まらぬ速さで背後に回ると、俺を盾にして中山さんと距離をとった。


「って……なんで男子がここに? 雨宮と、佐渡さんの彼氏の……」


「ああえと、市川です」


「そうだ、市川君! 確か話すのは初めてだよね。私は中山梓。よろしくね〜」


「こ、こちらこそ」


 いやちょっと待て。なんだこの状況。


 こちらこそ、じゃないんだわ。なんか流れで自己紹介しちゃったけどさ。


「た、体育会系陽キャは無理。苦手……」


「おい、隠れんなって。普通にいい人そうだろ」


「怖い……」


 ぎゅっ。俺の服の裾を掴みながら、三葉は呟くように言う。


 まあ確かに……三葉は苦手なタイプだろうな。


 元々陰か陽で言えば陰なタイプなうえ、そもそもが激しい人見知りをするコイツのことだ。きっといきなりガツガツ来られて怖かったはず。逃げてしまうのも無理はない。


 ただ、俺を盾にされてもな……。


「おい駿。イチャイチャしに来たんじゃないだろ。なんのために全速力で降りてきたんだ?」


「え? ああ、そうだった!」


「? 何か目的があって来たの?」


「目的なんて一つしかねえだろ! 中山と佐渡さん……どっちが勝ったんだ!?」


「……ああ、なんだ。そういうこと」


 すっかり失念していた。


 そうだ。俺たちは結果を聞きに来たのだ。


 中山さん対三葉。あの熱い激闘の結果を。


「そっか、見られてたんだねぇ。確かに、体育館から見てたなら結果は上手く見えなかったか」


「御託はいいって! 早く結果を教えてくれよ!」


「ふふんっ。いいでしょう、教えてあげる。勝ったのはーーーー」


 むふんっ。鼻息荒く、自慢げに。少しニヤついた様子の中山さんは、口を開く。


「勝ったのは、私。0.2秒差だよ」


「っ……!」


 そう、か。


 なんとなく、表情で察しはついていたけれど。やっぱりこの人が勝ったのか。


 0.2秒差。それが陸上競技上においてどれほどの″差″を意味しているのかは分からない。


 けど、三葉は負けた。あの三葉が……。


 中山さんの口から直接聞いても、いまだに信じられない。そして自分のことでもないのに、悔しい。


 三葉も同じ……いや、当事者なのだからそれ以上だろうか。


「三葉」


「別に悔しくなんてない。忍術を使えば私が勝ってた」


「……あんまり落ち込むなよ」


 俺が言おうとしていることを先取りして言い返して来た三葉の頭を、そっと撫でる。


 相変わらずの負けず嫌いだ。口ではそう言っていても、表情に悔しさが残っている。


 俺がしてやれるのはこれくらいだが……せめてもの励ましになるといいな。


「落ち込むとか、しない。私は陸上選手じゃないから」


「じゃあもう、なでなではいらないか?」


「……」


 ぐいっ。つま先立ちになって身体を伸ばした三葉の頭が、より手のひらに強く収まっていく。


 全く。素直になればいいものを。


 まあ三葉のことだ。落ち込むといってもそんなに深刻なものじゃない。きっとすぐに立ち直るだろうけどな。


 仕方ない。もう少しなでなでは継続だ。


「いやあ、でも実際さ。結構ガチで接戦だったよな? 例えば佐渡さんが中山みたいにガチガチのフォーム身につけたりしたら、結果は分かんなかったんじゃねえか?」


「ふふっ、どうかなー。少なくとも私はそうは思わないけど」


「ムカッ」


「ああいや、違うよ。多分佐渡さんの思ってる意味合いじゃない。私が言いたいのは、″今のフォーム″が佐渡さんの最適解なんじゃないかってこと」


「えっと……どういうことだ?」


 さっきまで怖がってたくせに。挑発とも取れる中山さんの発言を聞いてぼそっと怒りを露わにした三葉を抑えながら、聞き返す。


 俺には……恐らく三葉と雨宮にも。今の発言は、そんな小細工をしたところで私には勝てないと言いたげなものに感じた。


 けど、そうじゃないらしい。なら一体、どういう意味なのだろう。三葉の今のフォームーーーー俗に言う忍者走りが最適解だというのは。




「だってさ。佐渡さんのそのフォーム……相当練習して、憧れを形にしたものでしょ?」

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