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第16話 勝負の行方

「位置について! よーい!」


 女子の体育を担当している先生の大きな声が、体育館から覗く俺たちの耳へと届く。


 それとともに三葉、中山さん、その他三人の女子が全員クラウチングスタートの構えを取り、振り上げられた先生の手が降ろされる瞬間を待つ。


 ゴクリ、と喉が鳴った。


 俺と、そして雨宮。そのどちらもが、恐らくこれから走る二人よりも緊張していて。瞬きすらせず強張った身体で、ただ一点を見つめる。


 そしてーーーー


「ドンッッ!!」


 勢いよく、スタートが切られた。


「うおっ!? やっぱ速ぇ!!」


 スタートで先頭に出たのは中山さん。


 反射神経か……いや、きっとこなした場数の差なのだろう。


 フライングを取られるか取られないか、そのスレスレを綺麗に狙って駆け出している。あれは一般人には到底真似のできない芸当だ。


(だけどな……)


 だが、そんな完璧なスタートを決めてみるみるうちに加速していく彼女に追いつかんばかりの女子が、一人。


「って、佐渡さんも……なんだあの走り方!? エ◯リア学園!? いや、ナ◯トか!?」


「ナ◯トだな。アイツ大ファンだし」


 なにも、真似できない芸当を身につけているのは中山さんだけではない。


 綺麗なフォームで腕を振り、脚を回す堂々とした走り方をする彼女に対抗する三葉の行く道は、王道とは外れた邪道。


 腕は振るのではなく後ろに伸ばし、背筋を曲げて限界まで前傾姿勢となったその走り方は、決して誰にも真似できないものでありーーーーそして、三葉の抱いた憧れの形そのものだ。


「えっ、佐渡さんヤバくない!? 一緒に走ってるのって中山さんだよね!?」


「嘘……なんか互角なんだけど……」


「てか何あの走り方!?」


 いやあ、それにしても目立つなあの走り方。


 まあ当然か。あれってせいぜい男子が小学生の時に真似するかどうかのレベルで、高校生になっても尚続けてる奴なんていないもんな。なんなら女子からすれば見覚えすら無いか。


 でも、だからこそ。三葉の与えたインパクトは強烈だったようだ。


 陸上部期待の新星とほぼ横並びで風になったアイツに女子一同がまとめて釘付けになり、やがて黄色い声援が上がる。


 まさに互角。一進一退の攻防と呼ぶに相応しい走りを見せた二人は、五十メートル地点へ。


 僅か。ほんの僅かだが、未だ中山さんリードだろうか。


 だが、いつ三葉の身体が前に出てもおかしくない。


 そして同じことを中山さんも感じ取っているのだろう。少しだけ横に向いた目元から、電撃のような火花が散った。


 さぞかし鬱陶しいことだろう。陸上にを捧げ、努力を繰り返し、推薦を勝ち取って。そんな努力の上にある走りに今、追いつかんとされているのだから。


「いけッ、三葉!!」


 六秒……七秒……八秒。


 とても長く感じられる一秒を繰り返し、積み重ねて。俺たちの視線の動きと共に右から左へと加速していった二人は、やがて背中しか見えなくなっていく。


 それでも俺は、気づけば声を上げていた。


 きっと当てられたのだ。二人の纏うオーラと、その熱気に。


 中山さんという絶対的強者と、ジャイアントキリングを狙うダークホースの三葉。まるでスポーツ漫画のような二人の、激闘に。


 だが、いつまでも続いて欲しいと思えるほどのその熱狂も、永遠には続かない。


 終わりはーーーーすぐにやってくる。


「ゴール……行った! 勝ったのどっちだ!?」


「よく見えなかった! ほぼ同時だってのは分かったけど……」


 時間にして十数秒。体感にして数十秒。


 二人の身体はゴールの白線を抜け、恐らく今、測定していた女子生徒によってタイムを告げられているところだ。


 どっちが勝ったのかは……分からない。俺たちはただでさえ距離があったし、そもそもあまりにも接戦だったからな。


「おい駿、どっちが勝ったか確認しに行くぞ!」


「おう……って、はぁ!? 確認しにって、今授業中だぞ!?」


「だあっ!? くそぉ、あと何分も待てねえって! そうだ、ならこっから二人に大声でーーーー」


「いやだから授業中だって! 先生に怒られるに決まってんだろ!」


「ならどうすんだよ!? 気になるってぇ!!」


「うぬぐぐ……」


 気持ちは俺も同じだ。凄く気になる。


 けど、俺たちはあくまで授業中の空き時間に勝手に観戦していただけ。今は先生が他の生徒の測定諸々に手いっぱいだからこちらに気づかれてはいないだろうが、大声なんて出そうもんならそうはいかない。俺たちの担当の先生にも、下手すれば女子の担当教諭にまで怒られかねない。


「そうだ。なら二人の表情を読み取ればーーーー」


「見えねえって遠いって! そもそもこっち向いてねえし!」


 ああクソ、俺ももう気になってしょうがない。


 できることなら今すぐ三葉を呼んで確かめたい。


 けど……


「おーいお前ら。何してんだ」


「「うえっ!?」」


 なにか方法はないか。二人して頭を抱えながら悶えていた、その時。いつの間に背後に立っていたのか、先生から二人同時に肩を叩かれる。


 ビクンッッ、と過剰な反応を見せた俺たちに、逆に先生の方がびっくりしていた。


「全員測定終わったから、一旦休憩入るぞ。整列」


「へ? 授業終わりすか!?」


「? そう言ってるだろ。まあどうせあと数分で休み時間だし、ちょっと早く終わるだけの話だけどな」


「「〜〜っっ!!」」


 もしかしたら怒られるのでは……なんて思考が一瞬よぎったが、やがてそれはかき消えて。




 先生の言葉に俺たちは、ガッツポーズした。


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