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第15話 彼氏として

 窓とは反対方向に座って首だけを向けていた体勢から一度立ち上がり、雨宮と並んでしっかりと身体ごと運動場に向く。


「やっぱ俺のイチオシは長野かなぁ。ほれ、あそこでちょうど走ってる奴」


「長野……ああ、委員長の」


「そそ! 三つ編みおさげがあのサイズを持ってるって、唆らね?」


「……否定はしない」


 百メートル走でたわわなものを揺らしている長野を視線で追いながら、雨宮は次第に鼻息が荒くなっていく。


 言いたいことは非常によくわかる。


 あの地味目な委員長が……ってのもギャップがあるし、そのうえ俺の記憶が正しければ、制服の時の彼女は今ほどのレベルには見えなかった。


 つまり着痩せしていたのだ。それが体操服という薄着になることで露わになった。まさにギャップ萌えというやつだな。


 そういうのは、俺たち単純な男子高校生にはかなり刺さるものがある。需要の塊だ。


「で、駿のイチオシはどの子だよ?」


「え? 俺か?」


「駿って名前がこの場でお前以外誰かいるかよ。ほれ、俺たちの仲だろ。誰にも言わないから言ってみろって」


「うぅむ……」


 長野さんの百メートル走が終わり、次の走者がスタートラインにつく中。改めて、全体を見渡す。


 イチオシ、か。まさかそんなふうに話が振られるとは思ってもみなかった。


「って、聞くまでもないか。お前は普通に考えて一択だよな」


「っ……そ、それは分かんねえだろ」


「いーや分かるね。お、噂をすれば」


「へ?」


 ニヤリと笑った雨宮の視線の先で百メートル走のスタート地点に立ったのはーーーー三葉だ。


 他の女子生徒同様、半袖パンの体操服を見に纏い、涼しい顔をしながら。ゆっくりとのびをしている。


(俺の……イチオシ……)


 口ではああ言ったが、俺も心のどこかで三葉を探していたような気がする。


「やっぱ可愛いよな〜佐渡さん。運動神経も良いんだっけ?」


「……まあ、そうだな。走りで誰かに負けてるところは見たことないかも」


「ほうほう。あーでも、今回はその無敗記録も破れるかもしんないぜ」


「? どういうことだよ?」


 無敗記録が破れる。つまり、三葉より速いやつがあの同じスタートラインに立っていると。そういうことだろうか。


 正直、信じられない。何せあの三葉だ。忍術云々を抜きにしてもフィジカルお化けだし、中学の時は陸上部にだって負けなかった。


 うちの中学の陸上部は特別強かったわけじゃないが、かといって弱かったわけでもない。つまりよっぽどの奴が相手じゃない限り、三葉の負けはまず無いと思っていいはずだ。


「あの褐色ショートカットの女子、見えるか?」


「ああ。いるな」


「アイツ、中山っつって、陸上の推薦枠でうちに来てるんだよ。あ、ちなみに知らないかもしれないけど、うちの陸上部って毎年全国出場してるレベルの強豪だぞ」


「……マジか」


「大マジ」


 そういえば。今は無いが、ここを受験した時、学校には大きな横断幕のようなものが吊るされていた。


 思えばあれには陸上部がなんとかって書いてた気がする。もしかしてそれがどこかの大会出場とか、記録を残したとかそういう類のものだったのだろうか。


 そして今雨宮が指差した奴は、そんな生徒を輩出している陸上部に推薦されて入学している。


 なるほど。確かに強敵だ。


 しかし、だ。


「ま、それでも三葉は負けないと思うけどな」


 三葉だって負けちゃあいない。


 中学時点で陸上部より速く、そのうえ忍者修行で日頃から身体を虐め抜いているアイツは、きっとまだ発展途上だ。俺が最後に見た時より速くなっている可能性は大いにある。


 そして何より。そんな三葉の勝ち続ける姿を見てきた俺だからこそ。勝利を信じて疑うことはない。


「うっわ。後方腕組み彼氏面じゃねえか」


「面っていうか、彼氏だし」


「ああそう」


 仮の、とは言わないでおこう。話がややこしくなる。


「まあでも、マジで勝ったらちょっとした伝説だな。推薦で来た奴が帰宅部に負けるってのも、それはそれで面白そうだ」


 気づけばさっきまでの男子高校生丸出しの会話はどこへやら。俺たちの目線は違う意味で二人に釘付けとなり、今か今かとスタートの時を待ち侘びる。


「……あっ」


 そして。


ーーーー目が合った。


 三葉の一見冷ややかな雰囲気を纏いつつも優しい、そんな視線が。俺と交錯する。


 しまった。見ているのを勘付かれるつもりはなかったんだがな。


 これも日々忍者になるため修行を繰り返している成果なのだろうか。周りは誰一人俺たちに気づいていないというのに。ただ一人、三葉だけが。じぃっ、としばらく俺を見つめ、小さく手を振る。


「クソッ。イチャイチャしやがって。やっぱり負けちまえ」


「うるせえっ」


 振り返すか悩んだが、恥ずかしいのでやめた。


 それに……三葉は、すぐに前を向いたから。


 俺を見る優しい目から一変。まるで陸上選手がスタート寸前に集中力を高めた時の真剣百パーセントのような表情になったアイツから読み取れたのは、「見ていてくれ」とでも言わんばかりのオーラ。


 アイツは、勝つ気だ。


(やっぱり、心配なんていらなさそうだな)


 三葉がその気なら、俺はその勇姿をしかと見届けるとしよう。




 幼なじみとして。そしてーーーー彼氏として。


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