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第14話 運動音痴とスポーツテスト

「よし。それじゃあ各自さっき割り振った順番で各種目を回って行ってくれ。授業内で終わらせないと次に持ち越しになるからテキパキなー」


 憂鬱な時間がやってきた。


 水曜日六限、七限。週に一度のみ存在する七限の時間まで続けて行われる今日の体育はいつもと少し違う。


「いやぁ、俺何気に結構好きなんだよな〜これ。普段できないことも多いし」


「……それを言えるのは運動神経良いやつだけだっつの」


 内容はズバリ、スポーツテストである。


 これは中学、高校で毎年春に行われるいわば身体能力測定のようなもので、「百メートル走」、「ハンドボール投げ」、「握力」、「反復横跳び」、「長座体前屈」、「立ち幅跳び」の計六種目で数値を出し、運動能力を可視化するといったもの。


 そりゃあ雨宮のように見るからに運動が出来そうな奴からすれば楽しいイベントだろうな。中学の時も結果の紙が返ってきた時、クラスの陽キャたちがワイワイしていたのをよく覚えているし。


 けど、俺のような奴にとっては別だ。


「運動音痴からすればただの公開処刑だろ。しかも結果の紙が返ってきたら数値でも殴られるってどんな拷問だよ」


「卑屈だなぁ。つーかそこまで運動苦手そうには見えないんだけど?」


「まあ……見てれば分かるって」


 言うまでもなく。俺は運動が苦手だ。


 なんなら嫌いまである。できることなら体育なんて受けたくない。このスポーツテストだって、受けなきゃ成績が大幅に下げられるから仕方なくだ。


「一番、雨宮。左右二回ずつな」


「ほーい。……ふんッッ!!」


 出席番号順に行う種目の順番が決められ、俺たちが最初に割り振られたのは「握力」の測定。


 何やらグリップのようなものを握り、その力を測るわけだが。


「えーと、良い方のを記録するから、右は五十二キロ、左が四十七キロだな」


「っしゃあ! 記録更新〜!」


 え、怖。五十キロ? ゴリラかよ。


 たしか中三の時の記憶だと、五十キロ超えって野球部でくらいしか見たことないんだが。いくら成長期とはいえ高校生になった瞬間そこまでみんな強くなるものなのか?


(もしかしたら、俺も……)


 ピピッ、ピピッ、と機械案が鳴り、雨宮の出した数値が消えてゼロに戻ると、次は俺の番だ。


 先生に手渡されたそれを腕を伸ばした状態で握りーーーー力を込める。


「えと……市川? それで全力か?」


「…………はい」


「そ、そうか。もっと食って力つけないとな」


 プルプルと腕を振るわせながら全力で叩き出した記録は、二十五キロと二十二キロ。


 どうやら少しでも期待した俺が馬鹿だったようだ。


 ああ、先生の哀れみの目が痛い。やめてくれ。肩ポンポンってしないでくれ……。


 そしてその記録は左右あと一回ずつのやり直しを経ても覆ることはなく。早速一つめのゴミ記録が記される。


「ま、まああれだよな! 握力なんてあっても大して良いことないしな! 次行こうぜ次!」


「はは。はははは」


 もう、乾いた笑いしか出ない。


(早く終わんねえかな……)


 出席番号一番、二番の俺たちはそのまま移動し、長座体前屈、反復横跳びへと進む。


 この六限に体育館で測定する記録は残り二つ。あとの三つは今運動場を使っている女子と入れ替わり、七限に行うこととなる。


 正直体育館の三つがまだ一番マシだ。反復横跳びは若干キツいが、まああまり他との差は見えづらいし。長座体前屈なんて気にする必要もない。


 しかし、運動場での三つは全てがしんどい。投げ方でもう運動音痴が露見してしまうハンドボール投げに、飛翔力が低いと変な感じになる立ち幅跳び。そして最も代表格であり、かつ分かりやすく指標となる百メートル走。


 どれをとっても地獄だ。きっと今、俺と同じように運動音痴な女子はさぞ苦しんでいることだろう。


 なんて。そんなことを考えながら渋々残りのテストも終わらせ、体育館の端に腰を下ろす。


 え? 残りの二種目はどうしたって? ……描写する必要も無いくらい酷かったんだよ。言わせないでくれ。


「ふぅーっ。お疲れ、駿。やっと前半分終わったなー。って、すげえ汗だな」


「お前はお疲れって感じじゃないな。流石チャラ男」


「チャラ男を運動神経良い奴の総称みたいに言うなって。一応これでも元バスケ部なんだぜ?」


「なるほど。だからチャラいのか」


「しれっとバスケ部にも飛び火した……」


 俺たちは出席番号の関係上、周りよりも少し終わりが早い。


 六限が終わるまであと十分。二階に位置するここで小窓から入る風を受けながら休めるのは正直かなりありがたい。


「元気出せって。ほら、とっておきの薬があるぞ」


「はぁ? エナドリでも持ってきてんのか?」


「ばーか。んなわけねえだろ? 男ならそんなもんよりもっと元気になれるもんあるから。ほれ、あれ」


「元気になれる、ねぇ」


 一対何のことを言っているのかさっぱりながらも、「見てみろ」と言わんばかりの雨宮の指さす方に視線を向ける。


 すると……


「……そういうことか」


「ふひひっ。言ったろ? 元気になれる薬だって」


 視線の先にいたのは、運動場で俺たちと同じようにスポーツテスト中の女子クラスメイトたち。


 一年生とはいえ、高校生だ。当然その中には発育の良い生徒もいるわけで……


「ん〜っ、たまらん!!」


 雨宮のことを最低だと思いつつも、俺も男だ。


 見れるものは見ておこう。これくらいのご褒美があってもいいくらいには、頑張ったしな。


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