「はい、あ〜ん」
「むぐっ」
口元に運ばれた唐揚げを咀嚼し、飲み込む。
「あ〜ん」
「はぐっ」
卵焼きを咀嚼し、飲み込む。
「あ〜ん」
「ふごごっ」
流し込まれたお茶を、飲み込む。
そうして、立て続けに口元に運ばれてくるものをただ何も考えずに全て飲み込んで。呟いた。
「満足したか?」
「……なんか違う。これ、イチャイチャじゃなくて餌付けみたい」
「お前が招いた状況なんだが?」
縛られて身動きが取れなくなった状況での「あーん」。
こんなの、イチャイチャでもなんでもない。本当にただの餌付けだ。
三葉もようやくそのことに気づいてくれたらしく、気づけば縄は解かれていた。
全く。好き放題やってくれた挙句にこれか。ちょっとワガママが過ぎるぞ。
「なにか言うことは?」
「……ごめんなさい」
「はぁ。分かったならいいけどさ」
こういう時、素直に謝ることができるのは三葉の良いところだ。
暴走する時も多いが、ちゃんと自分が悪い時には反省し、謝る。それをされるだけでこちらとしては怒りも消えるというものだ。
まあ……今回は変に意固地になって断り続けてた俺にも比はあるしな。
……仕方ない。
「三葉」
「な、なに? ーーーーんむぐっ!?」
一番大きな個体のかぼちゃを箸で摘み、しゅんとした様子の三葉の唇に当てがう。
結局のところ、三葉の行動原理の根っこの部分は「俺とイチャイチャしたい」というだけの純粋な気持ちだ。悪気があったわけじゃないのは分かってる。
それに、いざ一度してみると……恥ずかしくはあったが、正直悪くはなかった。
あ、いや縛られながらのさっきのやつはごめんだけどな。俺が言ってるのはその前の方。
あんなの、バカップルのただの見せつけ行為だと思っていたのに。
たしかにそこには、幸福感があった。
ただおかずを交換し合うだけ。ただ間接キスで食べさせあいっこするだけ。
たったそれだけのことだが、それを自分に好意を向けてくれる彼女とするというのは……他の何にも変え難い価値を孕んでいたように思える。
――――結局のところ、俺も楽しかったのだ。
「……いいの?」
「まあ、あれだ。一応苦手なもの食べてもらってるわけだし。これくらいのお礼は、な」
不安そうに尋ねてきた三葉の頭をそっと撫でながら、答える。
心の中で思っていたことを全て伝えるのはーーーー流石にまだ、できないけれど。
せめてお礼という形で、今日はこれを続けるとしよう。
「はっ! そっか。しゅー君のお弁当に苦手なものが入っていれば、毎日あーんしてもらえる。……おばさんに毎日かぼちゃ入れてもらうようお願いしなきゃ」
「鬼畜かお前」
「全部私が食べるから問題ない。対価にこっちのお弁当の中身全部差し出せるくらいの覚悟もある」
「おばさんギャン泣きすんぞ」
本当にブレないなぁ。コイツは。
むふんっ、と鼻息荒く自慢げに言う三葉に、最後のかぼちゃを食べさせながら。心の中で呟く。
「でも本当にそれくらい、嬉しかった。また、やりたい」
「……気が向いたらな」
「ん」
ことんっ。
魅惑のあーんタイムが終了し、三葉の小さな頭が俺の肩にもたれかかる。
めちゃくちゃ満足した、と顔に書いてあるな。何よりだ。
「ずっとこうしてたい。昼休み終わっても、二人きりで……」
「まだ五限と六限が残ってるぞー」
「んん……」
風が心地いい。気を抜くとこのまま眠ってしまいそうだ。
春、青空、ほどよい風。
座っているからまだなんとかなるが、きっとシートの上に寝転がってしまえばすぐに眠りの世界へと落ちてしまうことだろう。それほどまでにこの屋上は居心地がいいのだ。
四限までの授業で蓄積された疲れと、お弁当を食べきったことによる満腹感もある。さっきまでは激しく迫られたり縛られたりとで眠くなる余地なんて無かったが、今は心も落ち着いて完全に条件が整ってしまった。
「お腹いっぱい。おやすみ」
「おい寝るなって。さっきまでの元気どこいった」
「じゃあ寝ちゃわないよう、甘やかして」
「甘やかすって……それ、睡眠導入剤になりかねなくないか?」
「……バレた」
「そりゃバレるだろ。さては眠そうにしてたのも演技か?」
「んーん。眠いのは本当。甘やかして欲しいのも、本当」
「っ……」
すりっ。すりすりっ。もにゅっ。
柔らかいものを腕に押し当て続けながら。頭を乗せていた肩に何度か頬擦りすると、少しとろんとした瞳が俺を見つめる。
可愛……いや、流されるな。
ここでこの求愛に身を任せてしまえば、確実にダメになる。
分かっている。分かっているけれど……
「どの道そろそろ充電切れ。しゅー君エネルギーをチャージしないと」
「燃費悪いなぁ」
「定期的にエネルギーをチャージしないと生きていけない身体にしたのは……しゅー君だよ?」
ああもう。やっぱ可愛いなクソッ!!
だってこんなのズルいだろ!? 好き好きオーラを全開にして頬擦りして、こんな台詞吐くなんて……
ダメだ。なでなでしたい欲が抑えられそうにないッ! 甘やかして喜ばせてやりたいッッッ!!
理性を抑えていた心のダムにヒビが入り、嫌な音を立てて少しずつ水が溢れ出していく。
ミシッ、ミシッ……と聞こえてくるこの音は、理性崩壊の狼煙を上げる合図だ。
「責任、取って?」
ーーーーピシッ。
そして。とどめの一言と言わんばかりの最上級台詞をぶつけられた、その瞬間。俺の手は無意識に、三葉の頭へとーーーー
「「あっ」」
キーンコーンカーンコーン。
向かおうとして、止まる。
俺たちの耳に同時に届いたのは、昼休み終了五分前を告げる予鈴。
いつの間にそんなに時間が経っていたのだろう。昼休みは四十五分もあるというのに。
「えっと……教室、戻るか」
「むぅ。あとちょっとだったのに」
あ、危なかった。
もし今のタイミングで予鈴が俺の頭を覚まさせてくれなかったら俺は、このまま……。
「でもこの調子なら、しゅー君が私のこと大好きになってメロメロ彼氏さんになる日も近いかも」
「……」
言い返したいが……言い返せない。
思えばいつもいつも、三葉の思う通りに事が運んでいる気がする。
(もしかして俺、チョロいのか?)
いやいや、まさか。
まさか……な。