「どうだ?」
「おいひい。大好物の味付け」
「母さんが聞いたら大喜びしそうだな。ま、食べてもらったのバレるから言わせねえけど」
もきゅっ。もきゅもきゅっ。こくんっ。
数回の咀嚼の後、細い喉が鳴って。完全にかぼちゃを飲み込むと、三葉はゆっくりと箸から口を離した。
「……」
間接キス。昔は何の気無しに出来ていたことだが、今となっては意識せざるをえない。
なにせもうお互いに高校生。そのうえ三葉の容姿レベルは急上昇し、今となっては(仮)とはいえ恋人関係なのだから。
しかし、ついにしてしまった。しかも「あーん」なんていかにもイチャついてばかりのバカップルがするようなシチュエーションで。
(これ、想像以上に……)
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
間接キスという行為そのものにも、シチュエーションとして付いてきた「あーん」にも。そして、それをする三葉に視線を惹きつけられ、釘付けになってしまったことにも。
恥ずかしすぎて、顔から火が出そうなほどだ。
「やっとあーんしてくれた。ここまで、長かった……」
「いや、断ったのせいぜい数回だろ。長かったも何も、あっという間に押し切ってみせたじゃねえか」
「押し切っただなんて人聞き悪い。私はただ恥ずかしがり屋さんの背中を押しただけ」
「おいちょっと待て。その言い方だと俺がこれをしたかったみたいだろ」
「違うの?」
「なんでそんな純粋な目で言えるんだよ……」
まるで不思議な物でも見るかのように。きょとん、と首を傾げながら、問いかけてくる。
よくもまあこの流れでそんなことが言えたもんだ。本当、図太いというかなんというか……くそぅ、可愛いじゃねえか。
だが、そんなことを考えたのも束の間。何かを悟ったらしい三葉の頭に、ぴこんっ、と電球の光が灯る。
「あ、そっか」
「なんだよ」
凄く嫌な予感がする。ここまでの一連の流れを見た後で、とてもじゃないがまともな発言をするとは思えない。
「これじゃ、私だけ。まだ半分しかできてない」
「……?」
半分? どういうことだ?
言葉足らずな説明に頭を悩ませる俺を横目に、彼女は動く。
風呂敷からお弁当箱とお箸を取り出し、すぐに蓋を開けて。一体何をするのかと思えば……
「次は私がしゅー君にする番。ほら、口開けて」
「へっ!? 半分ってそういう!?」
「ん」
「ん、じゃないが!? 俺はいいって!」
「でも、これじゃ交換っこにならない。それにしゅー君だけあーんするの、ズルい」
「ズルいってなんだよぉおおっ!?」
ぐいぐいっ。箸で摘んだ唐揚げを持ち上げると、俺の口元に近づけてきて、そのまま押し倒さんばかりの勢いで迫ってくる。
咄嗟に身を引いて逃げようとしたが、そんな小手先の抵抗は三葉には通用しない。
(力、強っ……!!)
男として本当に情けないこと極まりない話なのだが、俺は三葉と比べて圧倒的に力が弱い。
というか三葉が強すぎるのだ。忍術を身につけるためのフィジカルを鍛える修行を欠かさなかった結果なのだろう。一般人のひ弱な俺ではもう、コイツの力には太刀打ちできない。
「私はただイチャイチャしたいだけ。愛しの彼女さんの言うことは素直に聞くべき」
「イチャイチャってパワーじゃないんだよぉ……ッ!」
「抵抗しないで。身を任せれば楽になれる」
「それ、もう人を殺める時の台詞だからな!?」
分かっていた。分かってはいたが……ここまでか。
三葉の細い腕を掴んで押し返そうとどれだけ力を込めても、じわじわと押し戻されてしまう。
一体この身体のどこにそんな筋力が詰まってるっていうんだ。簡単に折れそうなほど細いくせに!!
「しゅー君がその気なら、私も強引な手を使わないといけなくなる。だから早く諦めて!」
「い〜や〜だ〜っ! なんかここは男として引いちゃいけない気がするっ!!」
「むぅ。強情……」
口ではそう言い返してはみたものの、ダメだ。本当に限界だこれ。
腕がミシミシいってる。このままじゃへし折られかねない。
(もう、無理……っ!)
そうして。苦渋の決断で手を離そうとした、その時。
「マジで待て! もう降参するかrーーーー」
「忍法•捕り縄の術」
「ふぁっ!?」
バシュッ。シュバババババッ!
刹那。三葉の袖元から発射された紐のようなものが俺の身体を捉え、巻く。
目にも止まらぬ早業だ。気づけばさっきまで押し合っていた俺の腕は身体と共にぐるぐる巻きになり、なす術もなくその場に倒れ込む。
これは……凧糸だろうか。くそぅ、紐自体はめちゃくちゃ細くて簡単に取れそうなものなのに、びっくりするくらい身動きが取れない。完全に芋虫状態だ。
ーーーーって、冷静に考えてる場合じゃない!
「おま、何すんだ!?」
「だって……しゅー君が抵抗するから」
「だからってぐるぐる巻きに縛る奴があるか!!」
「でも、こうすれば抵抗はできない。効率的」
「ぐぬぬぬぬぬ……」
それでもなんとか糸を解こうともがくが、ぴこぴこ動いても自分が抵抗できないということを示すだけになってしまい、すぐにやめた。
「大丈夫。痛い拘束はしてないし、やることやったらすぐに解く」
「い、痛い拘束もできるのかよ」
「もちろん。忍者だから」
それで済まされるものなのか……。
ま、まあ三葉の中に俺への敵意が無いうちはそれを使われることはないのだろうが。怖すぎるからあまり怒らせないようにしよう。
「では、改めまして。イチャイチャしよう、しゅー君」
「……もう好きにしてくれ」
少なくともこの場で、もう俺に抵抗できる余地はない。
ーーーー完敗だ。