「……もういい。お昼ご飯食べよ」
「相変わらず分かりやすいよなぁ。すぐ赤くなるし」
「う、うるさい。バカ」
恥ずかしがるとすぐに赤くなる耳。これは三葉にとって昔からの″体質″のようなものだ。
恥ずかしがると顔が赤くなる。これは全人類共通だろう。三葉だって頻繁に赤くなる。
だが、それよりももっと早く。そして強制的に。どれだけ本人が照れ隠しをしようとしても、耳の紅潮だけは止めることができない。
そして赤くなっていることそのものにも気付けないため、指摘されてから今みたいに耳を手で覆って隠す姿がなんとも……。これはあれだな。所謂″萌える″ってやつだな。
「そんないじわるするしゅー君とはおかず交換してあげない。今日はそのお弁当の中に苦手なかぼちゃが入ってるって知ってるけど、見て見ぬ振りする」
「えっ? 今日かぼちゃ入ってんの? マジで?」
「信じるか信じないかはしゅー君次第」
本当、なのだろうか。だとすればまずい。
かぼちゃは俺の苦手な食べ物トップ五本指に入るレベルの強敵だ。そして反対に、三葉にとっては大好物。おばさんの激ウマおかずを手に入れるためのカードとしてはこれほど切り捨てやすい物もない。
だからもし、本当に入っているのなら。ここで三葉の機嫌を損ねるのはよろしくない。交換してもらえない場合、我慢して食べるか、残して怒られるかの二択ーーーーいや、実質的に我慢して食べるの一択を叩きつけられるわけだからな。
あわよくば、これが嘘であればいいのだが。
「……ガチで入ってんじゃねえか」
「ん。だから言った」
恐る恐るお弁当箱を開けると。そこには憎たらしいくらいぷりっぷりなかぼちゃの煮付けのようなものが、一段目の三分の一ほどを占領して悪魔のようにほくそ笑んでいた。いた。
「なんで俺の弁当の中身知ってんだよ。怖えよ」
「ルートは秘密。情報網を漏らさないのは忍の鉄則だから」
さて、どうしましょう。
薄らそうなんだろうとは思っていたが、まさか本当に入ってるなんてな。
かぼちゃなんてひとかけら食べるだけでも辛いってのに。こんな量食べたら確実に体調を崩す。母さんめ、俺がかぼちゃ苦手なの知ってるくせに。嫌がらせか?
とはいえ、文句ばかり垂れていても仕方ない。なんとかして三葉にコイツらを処理してもらわねば。
「えーと、三葉さん? どうしたら交換していただけるんですかね。これ、流石に致死量なんで助けてほしいんですが」
「……言わないと、分からない?」
「う゛っ」
三葉の瞳が怪しげに光る。
これから求められることが何なのか。俺はその答えを知っている。
それは、ここで一緒にお昼ご飯を食べるようになってから、求められては何かと理由をつけて断り続けていることだ。
「本当にやるのか? めっちゃくちゃ恥ずかしいんですけど」
「大丈夫。ここには私たちしかいないし、第一私たちはもう彼氏と彼女。これくらい、どうってことない」
「そんなこと言ってもなぁ」
「どちみち、やってくれなきゃ交換はしない。苦手なかぼちゃを食べる方が楽ならそれでもいい。ただ……」
「ただ?」
「……私とするのがそんなに嫌なんだって、ちょっと凹むかもしれない」
「う゛う゛っ」
コイツ、脅しと罪悪感付与のダブルパンチで殴ってきやがった。
恥ずかしいから、と断れるうちはまだ抵抗のしようがあった。かぼちゃのことも、もしかしたら他の解決策が浮かぶかも、と。
だが、こうなっては話が別だ。
三葉のこの言葉を聞いた後に断るということは、今言われたことを肯定することになってしまう。
そしてそれは同時に、コイツを傷つけることになるだろう。
そんなことは望んじゃいない。断っていたのは本当に恥ずかしいからというだけだ。三葉とするのが嫌だからとか、そんなのは決してない。
でも、それを証明する方法は今。たったの一つしか用意されてはいないのだ。
「ズルいぞ。言葉巧みに誘導しやがって」
「私はしゅー君を信じただけ。私の好きな人は不器用だけど、誰より優しいから。私を悲しませることは絶対しない」
「……」
ぐうの音も出ないとは、まさにこのことだな。
俺は優しい奴だから、なんてひけらかすつもりはないが。三葉の言う通り、俺は多分コイツを悲しませることはできない。事実、こうやって簡単に折れてしまっている。
「あ、照れた」
「うるっせぇ! ったく……もういいよ。分かったから」
「やった」
ぱぁっ。三葉の顔が明るくなっていく。
本当、普段人前では仏頂面なくせに分かりやすい奴だ。二人きりの時だけ表情豊かになりやがって。
まあでも……それだけ嬉しいと思われて、悪い気はしないが。
「早く、早くっ」
急かされながら、箸を取り出す。
そして落とさないよう、しっかりとかぼちゃの一欠片を挟んで。持ち上げた。
「あ〜」
「っ……」
心臓がうるさい。
緊張してるからか?
いや、違うな。
コイツの顔が無駄に良いせいだ。そしてその整った顔を無防備に突き出し、目を閉じて口を開けながら待っているのが妙に……
ダメだ。考えてはいけない。
無心だ。無心で行こう。
猫の餌付けだとでも考えればいい。変なことなど考えず、このまま……
「んっ!」
そして。箸の先を三葉の口に近づけた、その瞬間。我慢できないと言わんばかりに飛びつかれると、箸の一部ごと口で咥えられ、その拍子に開いた瞳と……視線が、交錯する。
(こんなに可愛い猫、いるわけねえだろ……)
そこにいた生き物はどんな猫より、どんな人間よりも可愛くて。
ーーーー愛おしかった。