「しゅー君しゅー君。お昼行こ。お腹すいた」
「はいはい。準備するからちょっと待てって」
四限が終わり、昼休み開始のチャイムが鳴った途端。三葉は即座にお弁当箱を取り出して俺のもとへ駆け寄る。
もうお昼か。朝起きる時は学校が始まるのが憂鬱だったが、なんだかんだで四限ってあっという間なんだよな。
「なーなー。そういえば二人ってどこで昼飯食ってんの? 食堂?」
「え? あー……」
「内緒。二人だけの特別な場所だから」
「二人きりの特別な……なんかラブコメみてぇ!」
「みたいじゃない。私たちの日常は立派にラブコメ」
「堂々と言うのやめてくれ。恥ずかしいから」
昼休みに学生がご飯を食べる場所といえば、大体は自分の教室、もしくは食堂だろう。
だが俺たちはそのどちらとも違う。
というのも、入学して数日が経った頃。三葉がどうしても二人きりでイチャイチャしながらお昼を過ごせる場所が欲しいと駄々をこね、そしてあろうことか自分で見つけてきたのである。
初めは教室か食堂でいいと言うつもりだった俺も、流石に場所まで見つけてこられると反論しづらい。というかあまり男子たちの前で三葉とくっついていると俺の身が危ないため、どうせ二人で過ごすことが確定しているならむしろありがたかった。
てなわけで。その日以来、お昼はそこで二人だ。
「早く行こ? 二人きりでいられる時間……少しも無駄にしたくない」
「っ!? お、おう」
ひゅう、と口笛を鳴らしながら茶化してくる雨宮を置いて。例の場所へと向かう。
階段を上がり、立ち入り禁止の札が立ててある踊り場のその先。その場所の正体はーーーー
「忍法•ピッキングの術」
「なあ。もう今更かもしれないけど、これヤバくないか? バレたら下手すりゃ停学だろ」
「大丈夫。お昼にここに来るような先生はいないし、昼休みが終わった頃には私が鍵を閉め直してる。カメラが無いのも確認済み」
「……これ、もう忍者ってより泥棒の絵面だろ」
「むっ。例えしゅー君でもそれは聞き捨てならない。忍者だって侵入術は心得てる」
「ああ、そう。なんかすまん」
「ん。分かってくれたならいい」
カチャカチャカチャカチャッ。
ついさっきまで頭につけていたヘアピンを器用に折り曲げ、形を調整しながら三葉が開けようとしているのは、少し埃の被った古い南京錠。
本当、こういうテクはどこで仕入れてくるのだろう。やっぱりインターネットか? 調べればなんでも出てくるなんて怖い時代になったもんだ。
「よし、開いた」
「早っ」
「ふふん。これもしゅー君への愛の力が成せる技」
「左様で」
照れてしまいそうなので軽く流しつつ。ガチャッ、と金属音と共に開いた南京錠を手渡され、ポケットにしまう。
そして流れるように。扉を開けた。
「相変わらず、だだっ広いなぁ」
「風が気持ちいい。天気も良いし、気持ちよく食べられそう」
「だな」
枠で仕切るようにフェンスに囲まれた、物すら置いていない青空の下のだだっ広いだけのスペース。
そう、屋上である。
漫画やアニメではよく人が出入りしているが、あれはフィクションだ。実際は落下などの危険があることから屋上を開放している学校など現代には無い。小学校、中学校もそうだったし、ここも入学したてで教室の位置等の説明をされた時に屋上への立ち入りは禁止だとアナウンスされた。
まさか、入学一ヶ月もせずにピッキングで侵入してる生徒がいるなんて思いもしないだろうな。
「ほら、しゅー君。隣来て」
「んじゃ失礼して」
なんて、そんなことを考えているうちに。手際良くあっという間におでかけシートを床に敷いた三葉が、早く隣に来いと手招く。
もう完全に屋上を私物化してしまっているな。まあ、今更か。
靴を脱ぎ、正座をしている三葉の隣であぐらをかく。
お行儀が悪いという指摘はやめていただけると嬉しい。正座は昔から苦手なんだ。
「えへへ……」
「充電か?」
「ん♡」
ぎゅっ。俺の腕に巻きついて頭を肩にすりすりさせてくる三葉のこの行動は、本人曰く「充電」らしい。
なんでも三葉の勉強を頑張るモチベーションは、今や「しゅー君エネルギー」なる未知のエネルギー源から来ているんだとか。そしてそれは俺に甘えたり甘やかされたりすることでチャージされるらしい。
まあ色々言ったが、ようするにやっと二人きりになれたから甘えたいってことだ。
「私、四限までちゃんと頑張った。だからその……いっぱいなでなで、してほしい」
クソッ、可愛い。
は? マジで何なんだよこの生き物。この見た目で甘えんぼしてくるのはズルいだろ。こんなおねだりされて無視できる男なんているのか??
「あっ……ふにゃ……ぁ」
否。いるわけがない。
小さな頭を、さらさらツヤツヤな毛並みに沿って撫でる。
まるで猫を撫でているかのようだ。毛並み然り、反応然り。
ダメだ。思いっきり甘やかしたくなってしまう。
「どうしよ。しゅー君への好きが高まりすぎて発情しそう……」
「発情言うな」
「しゅー君は? 私で発情、しない?」
「しない」
「嘘つき。チラチラおっぱい見てるの、私は気づいてる」
「う゛っ。そ、それはお前が当ててるからだろ……」
「だってこうしないと、限界までぎゅっ、てできない」
「……」
むぎゅっ。むにゅむにゅ、もにゅんっ。
どれだけ意識しないように努めても、腕を包む幸せな感覚が頭から離れない。
いや発情はしてないけどな。ただ……この感触は、いささか男子高校生には刺激が強い。
「……って、恥ずかしいならするなよ」
「は、恥ずかしくなんてない!」
「耳、真っ赤だぞ」
「〜〜っ!?」
だが、恥ずかしいと思っていたのはどうやら俺だけではないらしく。
俺を揶揄うような表情をしていても、耳だけは真っ赤になっていた。