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第9話 かまってちゃん

 昔から三葉は、突発的に「かまってちゃん」を発動する時がある。


 というか、根本の部分がそうなのだ。言ってしまえば甘えんぼもその一部。基本的には甘えられた時俺はすぐに甘やかしてしまうからこうなることは無いけれど。かまってほしい時にかまってもらえないと、こうなる。


「なんだよ。怒ってたんじゃないのか?」


「かまってもらえないともっと怒る。あとねり消しの発射威力を上げる」


「や、やめろ。地味に痛いんだぞこれ」


 ぴぴぴっ、と器用に親指で飛ばしてくるこれ、実はまあまあの威力がある。


 そうだな。近いものを挙げるなら百均のエアガンくらいだろうか。こんな軟弱な弾でも、三葉の手にかかればそれなりの武器になるというのは中々に恐ろしい。パチンコ玉で同じことをやられればぽっくり逝ってしまうほどの威力になるんじゃなかろうか。


 しかもこれでまだ威力を上げられるらしいからな。流石にやめさせないと俺の身がーーーーいや、命が危ない。


「じゃあかまって。……無視されたら、寂しい」


「っっ……分かったよ」


 どうしてこう、コイツは。そうも簡単に無意識の可愛さを振り撒けるんだ。天然物のそれは破壊力が高すぎるぞ。


「で、かまうって具体的には何するんだ? してほしいことでもあるのか?」


 飛んできた二十個ほどのねり消しの破片を全て一箇所に集めながら。小さな声で問いかける。


 かまう、と言っても色々ある。先生にバレない程度のこととも考えると実現できないものも多いし、無理なものは無理だと言わせてもらうぞ。


「ん」


「ん……?」


 しかし、返ってきたのは言葉ではなく。


 先ほどのように、今度は輪ゴムを使って飛ばしてきたそれは、折り畳まれた紙。


 ああ、なるほど。ここからは筆談か。まあ確かに喋るってなるとそれだけでバレかねないしな。けどこれなら先生が別のところを向いてさえいればやりとりができる。


 で? 一体何だって?


『絵しりとりしよ。しゅー君から好きな文字で始めていいよ』


「……」


 絵しりとり、ねぇ。


 まあ、そうだな。授業中に隠れてやる遊びとしてはこれくらいがちょうどいいかもしれない。


 幸い絵しりとり程度なら授業を聞きながらでもできる。仕方ない、付き合ってやるか。


 一度三葉に目配せし、無言で了承の意を伝えて。シャーペンを握る。


 好きな文字からと書いてあったが、しりとりとなればやはり最初は「り」からだな。


(りんご……っと)


 俺はあまり絵心がある方ではない。美術の成績もなんとか三に滑り込めるくらいのものだ。


 だからとりあえず、しばらくは何も見ないで書けそうな言葉に絞ろう。りんごなんてまさに最適だな。


 絵しりとりとは文字を書かず、絵だけでお題を伝えあうもの。そのため始まりの文字である「り」だけを書き、横に矢印とりんごの絵を描いてから、紙を返した。


 まありんごなら簡単に伝わるだろうし、何か別のものと勘違いする事もないだろう。


(お、早いな)


 そしてそんな予想通り。すぐに俺の描いたものが伝わったらしい三葉はさらさらっと何かを描くと、再び輪ゴムで紙を飛ばした。


 しりとりの序盤の方にはそれなりのセオリーがある。「り」から始まれば大体最初はりんごだし、その次はゴリラか……絵しりとりで考えたら楽な胡麻とか? この速度感なら後者だろうか。


 さてさて、一体何が描かれて……


(……はい?)


 ペラッ。紙をめくった俺は、フリーズした。


 そこに描かれていたのは一つの絵。だがそれはゴリラでも、ましてや胡麻でもなく。


(五方、手裏剣……?)


 星型で真ん中に穴の空いた、俺も作ってやったことのある手裏剣だった。


 いやいや、これ何かの間違いか? 俺たちがやってたのってしりとりだよな。最後に「ん」が付いたら負けなんだが。


 言っても三葉は負けず嫌いだ。わざと負けるようなことはしない気がする。となるとこれは五方手裏剣以外の何かなのか? いや、しかし……


 駄目だ。見れば見るほどそれでしかない。この形に真ん中に開いた穴、そして黒塗り。役満だろ。


「おい、三葉。これ」


「( ✌︎'ω')✌︎」


 意図が分からず、我慢できずに声をかけようと振り向いたその時。俺の目に映ったのは、五方手裏剣を手に持ちながらドヤ顔でピースする三葉の顔。


「……」


 ピキッ。無意識のうちに頭に血が上り血管の浮き出た俺は、一度ため息を吐いて。紙を折りたたむ。


 俺は輪ゴムやヘアゴム等、簡単に紙を飛ばせる道具を持っていない。それゆえにさっきまでは手で適当に投げていたのだが。


「ぴぎゃっ!?」


 使ったのはシャーペン。弾力性があるわけではないためしなりはしないものの、指と指の間に挟んで力を込め、その先端に紙を置いて飛ばすとそれなりの威力が出た。


「へっ? ふぇ……?」


 刹那。とてつもない勢いで飛んでいった紙は瞬く間に空を切り、三葉の額に直撃した。


 何が起きたのか分からないって顔だな。まあ俺も思っていたより威力が出てびっくりしたが。


 そうだな。負けた罰ゲームだとでも思ってもらえればいい。これでしばらくは静かになるだろう。


「……ふんっ!」


「んがっ!?」


 ーーーーなんて。そんなわけがなかった。


 やり返し、とでも言わんばかりに俺の額にめり込んだのは、大きさ数センチのねり消し。


 さっきまでよりさらに大きく、そしてさらに強く。弾丸のように放たれた一撃はこれまでのものと比べ物にならない威力で被弾し、俺の怒りのボルテージを上げていく。


 そして、今が授業中だという事も忘れて。声を荒げようとしたその瞬間。


「お前、いい加減にーーーーっ!!」


「いい加減にしなさい、二人とも」


「「……へ?」」 


 そこでようやく。先生が俺たちの前に立っていることに気づいた。


 全身から血の気が引いていく。あれ? よく見るとクラス全員が俺たちに視線を集めているような……。


 も、もしかして。見られてたのか?


「せ、先生? これはその、違ってですね。三葉が……」


「悪いのはしゅー君です。痛いことされました」


「ちょっ!?」


「はぁ……。二人とも、廊下に立ってなさい」


 まずい。まずいまずい! せっかく優等生でやっていこうと思ってたのに! これじゃ雨宮と一緒じゃねえか!?


 なんとか今からでも弁解の余地は無いものか。必死で頭を回すが、何も浮かばない。


 なにせ現場を目の前で見られてしまっている。クソッ、三葉が変なことしなければ……ッ!!


「ぷぷっ。問題児〜」


「あと雨宮君も」


「なんで!? 俺関係なくね!?」


「いいから」


「えぇ……」


 そうして。クスクスと周りから笑われ、大恥をかきながら。三葉、そして雨宮と三人で教室を出る。


「何で俺がこんな目に……」


「それ、俺の台詞な」


「……すまん」


 人生で初めて廊下に立たされた十分間。


 それはそれは、小っ恥ずかしいものだった。


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