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第8話 ねり消し

「えー、ですからここは現在進行形ではなく、過去進行形にするためにこうするわけです。では雨宮君。この問題の時はどちらか分かりますか?」


「全然分かりませ〜ん! あ、でも麗美ちゃん先生の連絡先教えてもらえるなら分かりそうで〜す!」


「……雨宮君。廊下に立ってなさい」


 四限。新人教師らしい若月先生の英語の授業を受けながら、ノートを取る。


 まずいな。元々英語は苦手だったが、高校に入ってもっと分からなくなってきた。


「じゃあ後ろの、市川君。分かる?」


「えっ!? あ、えと……すみません。分からないです」


「もぉ。正解は現在進行形よ。ちゃんと聞いててね」


「……すみません」


 聞いてたんだよ。聞いてた上で分からなかったんだ。


 てか何も答えられず怒られるくらいなら、一か八か二分の一を当てに行けばよかったな。クソ、雨宮め。アイツのせいで俺までとばっちりだ。


 雨宮は出席番号一番で、俺は二番。ただでさえ目立つアイツは先生に当てられがちで、しかも大体まともに答えやしない。そのせいで被弾した回数はもう数え切れないレベルになりつつある。


「ぷぷっ。現在進行形に決まってんだろ〜。はあ、それにしても今日も麗美ちゃんせんせ、マジで可愛いなぁ〜」


「……」


 そしてもっと腹が立つのは、本人が全く反省も悪びれもしていないところである。


 廊下に立たされ、本来なら反省していなければいけない時間だろうに。こっそりと窓の隙間から顔を見せた雨宮は、目をハートにして呟いた。


 コイツがチャラいのは見た目だけではない。その所作もだ。


 どうやら若月先生のことが好きらしい雨宮はこの授業の時だけさっきみたいなことを繰り返し、何度も廊下と教室を行き来する日々を送っている。ただ本人曰く「怒ってる麗美ちゃんせんせ、萌えるわ〜」とのことで、立たされては俺の隣に顔を出して惚気のように語りかけてくるのだ。


 全くもって目障りだ。ぶん殴りたい。


 が、一度握った拳をぐっと堪えて。俺はそっと手を挙げた。


「先生、雨宮が全く反省してません」


「なっ!? おま、なにチクッてーーーー」


「へぇ。相変わらずいい度胸してるわね。これからは廊下じゃなくてグラウンドに立たせようかしら」


「ひえっ!?」


 全く。大人しく授業を受けていればいいものを。


 まあとはいえ……ふざけているのは、コイツ一人ではないけどな。


「で、お前は何してるんだよ」


「ねり消し作ってる」


「小学生かよ」


 隣の席ーーーーといっても高校からはこれまでのように隣の人と机をくっつける文化が無いため、人一人通れるくらいの隙間は空いているが。実質的な隣の席と呼べる場所にいる三葉もまた、授業をまともに聞いてはいなかった。


 何も書かれていない真っ白なノート。そこに消しゴムを何度も擦って消しカスを生み出し、全部集めてねり消しにしている。よく小学生がやってるやつだ。

 しかもふざけているだけで普通に頭は良い雨宮と違い、多分三葉の方は本当に授業内容を聞いてない上理解もできていない。怒られるべきは俺じゃなくコイツだろ。


「ったく。もう宿題見せてやんねえぞ」


「っ!? それは困る。えっと……ねり消し半分、いる?」


「なんでそれで釣れると思ったんだお前」


「男の子はみんなこういうの好きなはず。しゅー君も昔は作ってたし」


「昔は、な」


 そりゃ、男子でねり消しが嫌いな奴はそういない。大抵みんな一度は作ったことがあるだろう。


 とはいえあくまでもそれは昔の話。高校生にもなって作ってるのはバカ男子高校生と三葉くらいなもんだ。


「むっ。今心の中で馬鹿にされた気がする」


「お、よく分かったな。大当たりだぞ」


「……ぶぅ」


 ぷくっ。三葉のもちもちな頬がフグのように膨れる。


 なんだそれ可愛いな。怒ってるのか? 全く怖くないぞ。


 ツンツンしたくなる見事なぷくり顔を見せつけられ、思わず笑いそうになりながら。雨宮への説教が終わり、授業が再開されたところで。再び前を向く。


 だが、そんな俺の頬にーーーー


「いてっ」


 黒い小さな塊が、撃ち込まれた。


 その正体は考えるまでもなく。ノートの上に落ちたそれは、三葉がさっきまで使っていたねり消しの破片であった。


「なにすんだよ」


「……別に」


 もう授業は再開された。不真面目な三葉と違って俺はちゃんとメモまで取ってるからな。これ以上かまってる暇はない。


「じゃあ次のページ。ここからはーーーー」


 しっかりと怒られて少ししゅんとしている雨宮には目もくれず。口頭での説明とともに黒板に板書されていく文字をノートに書き写していく。


 丸写しではない。自分で必要無いと思った時は写さず、反対に説明を見てもなお分からないと思ったところは印を付けて後から復習しやすいように。これは持論だが、綺麗で見やすいノート作りは勉強の第一歩なのだ。


 三葉は今頃へそを曲げているだろうか。まあでも、俺の真面目な姿を見れば少しは勉強に精を出すだろう。


 普段はこんなだが、根は真面目なのだ。受験の時だってつきっきりで勉強を教えていた時はちゃんとしていたし、点数ギリギリだったとはいえこの高校に入学することもできた。


 そうだよ。やればできる子なんだ。なら俺がすべきは甘やかすことではなく、勉強に対する正しい姿勢の見本を見せることでーーーー


「……あの、三葉さん」


「かまって。かまってかまってかまって」


 ぺちっ。ぺちちちちちちちっ。




(面倒くさぁ……)

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