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第7話 殺意と吐瀉物にまみれる朝

「う、うぷっ……」


「やった、成功した! 褒めてしゅー君。なでなでして!」


「ま、待て。今身体揺らされたら……おぷっ」


 学校が目前となり三葉の背中から降りると、視界が軽く揺れる。


 忍法•ス◯イダーマンもどき。このふざけた命名から、一体俺がどんな経験をしたのか。想像に難くないだろう。


 二本の紐付き苦無を俺たちの前方に位置する電柱や建物等々に固定し、強い力で引く。この忍術はそれを繰り返しながら移動するものだった。


 いくらローラーシューズを履いているからといってそんなに上手くいくものなのかって? まあ無理だろうな。常人なら。


 だがこれを三葉の人間離れした力と体幹で繰り返せば、そこら辺の車を抜き去るくらいの速度を出すのは容易い。しかもコイツの場合速度や向きの微調整が完璧だからな。カーブなどで減速することもなかった。


 そうして振り落とされれば終わりの高速バイクに乗るような感覚を続けること五分。無事、学校までたどり着くことができたのである。


 ただ、酷く酔った。三葉はピンピンしているが、やはり人類にはまだ早い移動方法だったようだ。怖すぎて心臓は未だうるさいし、激しい揺れで三半規管も限界を迎えている。


「ぐぞっ、こんなことなら遅刻しとけばよがっだ。マジで吐きそう……」


「薬、飲む?」


「……飲む」


 酔い止めがあったなら出発前に渡してくれ、と思いつつも。そんなツッコミを入れる余裕もなく、手渡された錠剤と水の入った水筒を受け取る。


 これ、酔った後でも飲めば効果があるのだろうか。まあ飲まないよりマシか……


 朝の最も通学者の多い時間帯。周りの目もある中こんな学校の目の前で吐くなんてごめんだからな。


 ただでさえ俺たちはまだ入学して間もないのだ。そんなところをクラス連中に見られたら何を言われるかーーーー


「はい、あとこれ」


「……袋?」


「必要でしょ。これから吐くなら」


「へ?」


 冷や汗が額を伝うとともに、身体が熱くなっていく。


 ん? あれ、おかしいな。なんかどんどん気分が悪くなっていくんだが。こう、身体の奥底から何かが込み上げてくる感じというか。なんか我慢してるもの、全部出そうなんだが?


「俺が飲んだの、酔い止めだよな?」


「違う。それは嘔吐剤。私お手製の気持ちよく吐けるやつ」


「……」


 ああ、駄目だ。もう我慢するための力すら入らない。


「う゛っ」


「安心して。この風呂敷でこれからしゅー君の身体を包む。音も遮断するから、存分に吐いていい。周りには絶対バレない」


 ああ……どうして油断してしまったのだろう。


 普通あの状況で薬を渡してくるなら酔い止めだと思うじゃないか。それがまさか嘔吐剤なんて。


 クソッ、しかもなんでこんなにフォローが手厚いんだ。これじゃ怒るに怒れないじゃないか。


 というかもう、そんなこと考える余裕も……


「それじゃあ、いってらっしゃい。終わったらなでなでしてね」


「@#/_#i_/g/_#_c!!!(自主規制)」


 俺が絶対に阻止したかった、全力疾走で汗だくになる朝。


 まさかそれを簡単に超えてくるこんなに最低な朝があったなんてな。


(知りたく……なかったなぁ)


 袋に顔を埋めながら。


 静かに、泣いた。


◇◆◇◆


 俺たちの通う高校は、至って普通の私立高校である。


 学年は三学年、生徒の総数はおよそ七百。一学年ごとに六クラスで構成されている。


 そしてそんな中、俺と三葉の所属するクラスは一年三組。これで幼稚園の頃から含めて何度目の同じクラスだろうか。もはや何か特別な力が働いているとさえ思えるな。


「ねえ、あの子さ」


「見た見た。なんかとんでもない速度で走ってた子でしょ? えーと、佐渡さん……だっけ?」


「びっくりしたよねー。あと隣の男子。彼氏なのかな? おんぶされてたけど」


「どうなんだろ〜」


 うわ、もう噂になってる。


 彼氏彼女って話はまあ一旦置いておいて。やっぱり三葉のあれ、見られてたか。


 まあ当然か。俺たち、別に人に見られないよう気をつけたりとかもしなかったもんな。ここの生徒が何十人も通る通学路を駆け抜けてきたのだ。見られてない方がおかしな話だ。あんな異常な速度をしていれば尚更。


「おっす〜。今日はちょっと遅いじゃん。さてはイチャイチャのしすぎで……って、駿なんか顔色悪くね?」


「うるせぇ。色々あったんだよ」


「ほ〜ん。でも佐渡さんはほっぺツヤツヤだね」


「ん。いっぱいなでなでしてもらったから……」


「相変わらずのバカップルですな〜」


 俺の前の席ーーーー厳密に言うと出席番号一番の座る席である教室の右端最前列から声をかけられ、ため息混じりにその一つ後ろの席へ腰掛ける。


 コイツの名は雨宮雄介。一応、友達である。


 茶髪の少し跳ねた髪、紐のブレスレットを腕に三本、制服のズボンにカラビナでいくつかのキーホルダーと……まあ色々とチャラチャラした奴だが、悪い奴ではない。


 仲良くなったのは体育の時だ。普段はいつも三葉といるが、男女別の体育でもというわけにはいかないからな。出席番号も前後だし、何より人当たりのいい性格だ。仲良くなるまでにそう時間はかからなかった。


「って、なんかみんな二人の噂してね? あ、もしかして登校しながら手繋ぎデートでもしてたとか?」


「いや……あー、うん。まあそんなとこだ」


「やっぱし!」


 もう否定するのもしんどい。そういうことにしておこう。


 ちなみにだが、俺と三葉の関係を知っているのは雨宮のみである。幼なじみだということも恋人だということも、しつこく聞いてきたコイツ以外には話していない。


 と、いうのも。これには理由があってだな。


「オイ聞いたか。アイツ佐渡さんと手繋ぎデートしたらしいぞ」


「俺はおんぶして仲良く駆け回ってたって聞いた」


「あと仲良く買い物もな」


「「「ギルティ」」」


 そう。これだ。


 三葉は容姿端麗のどこに出しても恥ずかしくない美少女。彼女が変人であることを知らない男子連中からすれば高嶺の花というわけだ。


 が、そんな女子と仲が良く、いつも一緒にいる奴がいる。


 要するに俺は、嫉妬の殺意を向けられる対象となってしまったのだ。最悪殺されかねないし、本当に付き合っているだなんて言えるはずもない。


 しかもこれのタチが悪いところは……


「しゅー君、次の授業の宿題見せて。やってくるの忘れた」


「あ、おい……」


 ガタッ。すすすすっ。もにゅんっ。


「あと今日はまだあんまりくっつけてないから。一限始まる前に充電」


「「「「「よし、アイツ◯そう」」」」」


「わーお……」




 当の本人である三葉に……その自覚が、全く足りないことだ。

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