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第6話 ス〇イダーマンもどき

 現在時刻、八時十八分。遅刻まであと、十二分。


「急ごうしゅー君。まだ間に合う」


「どの口が言ってんだ……」


 正直に言おう。


 俺はもう、遅刻を受け入れつつある。


 確かに三葉の言う通り、決して絶対に間に合わないという時間帯ではない。あと十二分なら俺の脚力でもワンチャンはあるだろう。


 しかし、だ。俺にはそこまでのモチベーションは無い。


 別にたかが一回遅刻するだけのことだ。優等生を目指しているわけでもない俺にとって、その遅刻はただ少し怒られそうで嫌だなぁくらいのもの。中学の時に経験したが、皆勤賞の表彰って結構恥ずかしいしな。


 第一間に合うならそれに越したことはないのだろうが、そのために汗だくになって全力疾走できるかと言われれば、な。答えはノーだ。


「ちょっとくらい遅刻したってなにも変わらないって。もう諦めてゆっくり行こうぜ」


「で、でも。先生に怒られる」


「……お前、意外とそういうところ真面目だよな」


 三葉のことだ。普段の言動を聞いていれば「どうせならこのままサボって遊びに行こう」とか言い出しかねないと思っていたが。


(そういえばコイツが遅刻したり欠席したりするところ、一回も見たことないな……)


 幼なじみの俺が言うのだ。つまりその記憶は幼稚園から中学までの全ての日程ということになる。


 寝坊することも、体調を崩すこともなく。三葉は毎日家に来て、俺を学校へと連れ出していた。


 ……なんだろう。罪悪感が凄い。先に一人で行けって言っても聞かないだろうし、俺がここで遅刻することを選択すれば三葉は確実に道連れになる。


 まあその原因を作ったのがコイツ自身だということは一旦置いておいて。十年以上続いているその記録を俺の怠惰で途切れさせてしまうのはなんかこう、モヤっとするな。


 仕方ない……か。


「分かったよ。走ればいいんだろ走れば。だけど絶対間に合うなんて言えないからな。ただでさえ運動不足なんだし」


 俺の運動能力はお世辞にも高いとは言えない。多分クラスでランキング付けするなら中の下ってところだろう。


 そんな俺が全力疾走したところで、必ず間に合うなんて約束はできない。まあ一度決めたことだ。全力は尽くすけどな。


 覚悟を決めた俺がそう言うと、三葉はどこか嬉しそうな表情を向けてくる。


 やっとやる気になってくれたか、とでも言わんばかりだ。あまり過度な期待はしないでほしいんだが……。


「安心して。しゅー君は走る必要なんてない。私が間に合わせる」


「……え?」


「ちょうど昨日、新しい忍術を習得したところ。これを使えば全力疾走より速く移動できる」


「マジ?」


「ん。大マジ」


 三葉さんッッ!! 流石は現代に舞い降りた忍者! 正直心のどこかでそう言ってくれるのを期待してたッッ!!


 心の中でガッツポーズしたのと同時に、三葉もまた。見せびらかせるのが嬉しいと言わんばかりにふんすっ、と鼻息を荒くする。


 一体どんな忍術が飛び出てくるのだろう。この場合だとやはり移動速度を上げる何かなのだろうが。生憎と俺はその類の道具なんて作ってやった覚えはないからな。完全にノーヒントだ。


「てれててってて〜。ローラーシューズ〜」


「おおっ! ……おぉ?」


 だが、そんな期待とは裏腹に。三葉が某青だぬきのようなフレーズを口ずさみながら見せてきたのは、靴の裏に取り付けられた車輪だった。


 いや、なにがてれててってて〜だ。秘密道具でもなんでもないだろこれ。子供がよく履いてるやつじゃねえか。


「あの、まさかそれで間に合わせるつもりで?」


「ふふんっ。驚いた?」


「あ、あぁ。別の意味で」


 ローラーシューズ。俺の記憶が正しければ、子供の頃よく女子が遊んでいたおもちゃ靴だ。


 一見すると普通のスニーカーなのだが、足の裏には車輪が埋め込まれており、ローラースケートのようにして滑りながらの移動をすることができる。


 だが、その速度はせいぜい小走り程度。一見速く移動できるように見えるが、あれは速さを求めて作られたのではなくあくまで楽しさや移動の楽さを目的に置いている節があるからな。本物のローラースケートならまた話は変わってくるのだろうが。


 とにかく、いくら三葉でもあれで間に合わせるのは無理だ。というかそもそも履いてるのはコイツだけで、俺のは普通の運動靴だし。


「じゃあ早速行こ。しゅー君、背中に乗って」


「……はい?」


「おんぶする。大丈夫、安心して。しゅー君一人分くらいの重量が加わったくらいじゃほとんど速度は変わらない」


 なんて……考えていたのだけれど。


 三葉は全く諦めた様子などない。それどころか自信満々だ。


 てか、おんぶ? 普通それって俺が下では? いやまあ、身体能力を考えればこっちの方が最適なのか……?


 しかし、なんだろうこの敗北感は。男としてのプライドをへし折られたような気がする。


「早く」


「あ、はい」


 とはいえ他に選択肢もない。言われるがままその華奢な背中に身体を預けると、大人しくおんぶに応じた。


(うおっ、ほんとに細いなコイツ……)


 分かってはいたつもりだが、やはりあり得ないくらい細く、弱々しい体付きだ。


 肩幅は俺より一回り小さく、腕も簡単に折れてしまいそうなほど細い。そして目の前にある頭もまた、毛量のある髪の毛込みでちょっと怖くなるくらい小ぶりだった。


 まあ一点だけ……その身体にそぐわない大きさで聳え立っているものもあるが。


「手、ちゃんと回しててね。その……しゅー君なら、どこ触っても怒らないから」


「〜〜っ!? お、お前な! 言われたら逆に意識しちゃうだろ!?」


「い、意識してくれるんだ。えへへ……」


「〜〜〜〜〜ッッ!!」


 コイツ、ほんとにッッ!! せっかく人が意識しないようにってしてんのに!!


 いいのか!? 次第にゃガチで触っちまうぞ!? いや、そんな度胸ないけど!!!


 首元からあと十数センチも手の位置を下せば触れることのできる″巨峰″。その誘惑に思わず呑まれそうになりながらも、俺は必死に目を逸らして脚にのみ力を込める。


 おんぶとはいっても、三葉は両手でゴソゴソとまだ何かを取り出そうとしている。どちらかと言えばこれはしがみついてる、って感じだろうか。


「手もだけど、足もちゃんとね。私は両手塞がるから支えてあげられない」


「わ、分かった。……って、苦無? それで何する気だよ?」


「見てれば分かる」


 スッ。三葉は取り出した二つの苦無をそれぞれ両手で一本ずつ構えると、目にも止まらぬ速度で放つ。


 紐で微調整しながら着弾させた先は、二本の電柱。それぞれ上手く巻きつけて、手で軽く引くことでしっかりと固定できていることを確認しているようだ。


「大丈夫そう。これなら練習どおり、高速移動できる」


「……あの、三葉さん。なんか凄く嫌な予感がするんですけど。これ俺、下手したら死にません?」

「振り落とされなければ問題ない」


「ちょっと待て! 俺やっぱり降りーーーー」


「忍法•ス◯イダーマンもどき」


「ぎぃやぁぁぁぁあっっ!?!?」


 その瞬間。




――――音を、置き去りにした。

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