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第4話 一生大事に

「? しゅー君、なんかスッキリした顔してる?」


「……顔洗ったからな」


 虚しい時間を終えて。無駄に鋭い三葉の発言にビクッとさせられつつ、勉強机の椅子に腰掛ける。


 部屋は綺麗になっていた。なんやかんやと言っていたが結局ちゃんと掃除はしたようだ。


「朝ご飯、食べていくだろ。母さんが三葉の分も用意するって」


「ほんと? えへへ、おばさんのご飯美味しいから好き」


「その発言、二葉さんが聞いたら泣きそうだな」


「大丈夫。お母さんの料理もちゃんと同じくらい好き」


「左様で」


 佐渡二葉さん。三葉の実のお母さんだ。容姿は三葉をそのまま成長させた感じの生き写しっぷりなものの、性格は随分と違ってかなり明るい。


 そして何より三葉のことをこれでもかってくらい甘やかし、溺愛しているからな。うちの母さんの料理の方が美味いなんて直接言われたら本当に泣き出しかねない。


「じゃあとりあえず、おばさんに呼ばれるまで遊ぼ。何する? 忍者ごっこ?」


「しねぇよ。というかお前の場合はもうごっこのレベルを超えてるだろ」


「・:*+.\(( °ω° ))/.:+」


「あ、いや。褒めたわけじゃないんだけどな……」


 忍者ごっこ。三葉が小さい頃からおままごとと同じ感覚で俺にねだってくる遊びだ。


 やることは名前通りで、忍者のごっこ遊び。忍者どうしのバトルとか、命令をこなすミッションを与えてそれを達成するとか。


 しかし歳をとるに連れて、俺はその遊びを断るようになった。


 理由は単純明快。もう三葉の忍術は″ごっこ″などという言葉で表せるレベルを超えているからである。


 ミッションの達成が彼女にとって容易すぎることは言わずもがな。今のコイツとバトルなんてしたら下手すりゃ生命の危機だ。たとえおもちゃの暗器であったとしても、三葉が本気を出せば俺は五秒と持たない。加減を間違えられれば本当に死んでしまう。


「あ、そうだ。代わりと言っちゃなんだけど、前に頼まれてたあれ。できてるぞ」


「え? ほんと!?」


「お、おう。ちょっと待ってろ」


 三葉の目が光り輝き、腰掛けていた俺のベッドの上でその細い身体がぴょんっ、と跳ねる。


(たしかこの辺に……)


 忍者には道具が必要である。


 手裏剣、苦無、刀、防具等々……多種多様の動画を使いこなすことが忍術であり、忍者としての有り様なのだ。


 しかしここは戦国時代でもなければ、凶器の所持が許されている物騒な国でもない。だからそういった道具はそう簡単に手に入れることができず、仮に手に入ったとしてもそれを持っているところを誰かに見られでもしたら逮捕案件だ。


 だから三葉がそういったものに手を出す前に、俺はそれらの自作を買って出た。


 幸い手先は器用な方だ。最初は全くそれらしいものが出来なかったものの、今ではもうすっかりこ慣れてきて。三葉のリクエストにも応えられるようになってきた。


「ほい。折りたたみ十字手裏剣」


「……っ!」


 折りたたみ十字手裏剣。その名の通り、折りたたむことのできる十字手裏剣のことである。


 あ、いや普通の人は十字手裏剣が何か分からないか。


 手裏剣には多くの種類があって、主にその用途や形状で名前がつけられている。


 たとえば恐らく一番メジャーであろう形をしているのが四方手裏剣。刺さる角部分が四つあるあれだ。その他星形のものは五方手裏剣なんて呼ばれ方をする。


 その中で十字手裏剣は、型でいえば四方手裏剣にかなり近いな。ただ違うのは、角の部分に矢印のような形の「通し」がついていること。これにより刺さった場合の相手へのダメージが増すうえ、抜こうとするとその部分が返きのようになって皮膚に食い込むといったーーーーって、なんかこれじゃ俺まで忍者オタクみたいじゃないか。


 違うからな? あくまで俺は三葉にリクエストしたものを作る過程で色々調べたってだけだ。


 んで、続きを話すと折りたたみ十字手裏剣っていうのはこれまた少しややこしい話にはなるんだが、「通し」が付いていないものの十字手裏剣という名前を介している折りたたみの手裏剣となる。


 長細い刃を二枚重ね、真ん中で止めることでよりコンパクトな形状となっている。投げる時には重なった二枚の刃をズラして十字の形に変形させてから使うわけだ。


「凄い……相変わらずしゅー君の作る暗器は再現度が高い。かっこいい!」


「気に入ってもらえたようでよかったよ。一応念を押しておくけど、他のと同様人に向けて投げるなよ」


「ん!」


 今回の折りたたみ十字手裏剣、そしてこれまでに作った苦無や四方手裏剣等々。俺の作る暗器は全てあくまでレプリカ。素材は基本的に厚紙やゴムを用いており、ある程度の本物感は出しつつも人に危害が及ばない作りにはしてある。


 だが、それはあくまで使い手が普通の人間だった場合に限った話だ。


 三葉はもはや普通の人間とカテゴライズするべき状態じゃない。コイツの暗器捌きならこれでも充分に人を傷つけられてしまう。


 まあ……それが分かっていてこれを渡すのは、それでもコイツならそんなことはしないだろうと信頼しているからなんだけども。


「しゅー君」


「なんだ?」


 ぎゅっ。渡した折りたたみ十字手裏剣をそっと両手で抱きながら。恍惚とした表情で、三葉は俺に告げる。


「一生、大事にするね」


「……おぅ」




 そんな表情でそんな言葉……ズルだ。

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