カサッ。ゴソゴソゴソ。ゴトンッ。
「んぁ……?」
朝。微かな物音で目を覚ました俺は、枕元のスマホに手を伸ばす。
時刻は午前六時五十分。アラームをかけている時間より十分早い。
「……で、何してんだ」
「ビクッ」
「いや、違うな。どうやって入った」
学校に行く朝、いつも三葉は決まって俺の家のインターホンを鳴らす。
その時刻は七時半。だから俺はアラームを七時に設定し、朝の諸々の準備を済ませてから扉を開けるのだが。
何故か俺の目覚めより早く、三葉は部屋にいた。それも何やら椅子や漫画、教科書等を積み上げて遊んでいる。
「に、忍術で侵入した」
「嘘つけ。窓の鍵はちゃんとかけてる」
「……おばさんに開けてもらった」
「はぁ……。母さんめ。思春期の息子の部屋に朝イチで人を入れるのがどれだけ危険か、分かってないのか?」
「?」
「ああいや、こっちの話」
三葉の運動神経は人並みを外れている。
それゆえに憧れの忍術もそれなりに会得できているわけだ。昨日の苦無捌きしかり、前には吸盤みたいなものを使って部屋の窓に外から張り付いていたこともあったっけ。
だからもしかしたら……とも思ったが。ちゃんと正面から入ってきたようでよかった。
いやよくない。多感な男子高校生の朝一だぞ。生々しすぎるから詳細は伏せるが、とにかく勝手に布団を捲られていたらこの作品の対象年齢が上がるところだった。
「じゃあ次。それは何してるんだ」
「べ、別に何も。暇だから遊んでただけ」
「で、本当は?」
「……寝起きで天井に私が張り付いてたら、びっくりするかなって。登ろうとしてた」
「本当に何してんだお前は」
そんなくだらないことのためにわざわざ早起きして、母さんに扉を開けてもらった……と。
なんというやる気の無駄遣いだ。というか天井に張り付くて。ドッキリ超えて軽くホラーだろそれは。
「とりあえず片付けてくれ。横着せずにちゃんと全部元々あった位置に戻せよ」
「うぅ。あとちょっとだったのに」
「返事は?」
「……はい」
ったく、油断も隙もあったもんじゃない。
一応俺たち彼氏彼女だぞ? 彼女が早起きして彼氏の家に来たならもっとこう……ラブコメ的なさ。あるだろ、色々。
しゅんとした顔で散らかしたものを元に戻していく三葉の背中を眺めながら、ため息を吐く。
もう一度スマホを開き、通知等を確認してから。画面を暗くして自分を映す。
酷い顔だ。寝癖も爆発に遭った直後のようになっている。とてもじゃないが仮にも彼女に見せられるような姿じゃないな。
「俺は準備諸々してくるから。三葉はここにいてくれ。すぐ戻ってくる」
「私も行く」
「なんでだよ」
「お背中お流しします」
「いや、シャワーは浴びないぞ? というか浴びるとしても入れないけども」
「なんだ……じゃあいい。ここで遊んで待ってる」
「遊ぶな。片付けろ」
ったく、コイツ本当分かってるんだろうな。もし戻ってきた時に部屋が片付いてなかったら拳骨お見舞いしてやるぞ。
というか……ちょっと待て。なんださっきの会話。お背中お流ししますって言ったのか? 反射的に言い返したが、三葉は俺と一緒に風呂に入ることに抵抗が無いと?
(いやいや。まさかな)
俺たちは幼なじみ。当然一緒に風呂に入ったことくらいある。
だがそれは十年以上も前の話。小学生になってからは覚えている限りだと一度もそんなことはなかったし、それは今だって。
アイツなりの冗談だな。よし、そう思うことにしよう。
仮に。もし仮に、だ。アイツが俺とお風呂に入ることになんの抵抗もなかったとして。恐らくだが俺の方が耐えられない。
なにせ俺も三葉ももう高校生。とくに三葉は周りの高校一年生を置いてけぼりにするほどの発育の良さをしているからな。おまけに無駄に顔も良いし。
もし、一緒にお風呂なんてことになったら……
「……あぁクソ。なんか屈辱だなこれ」
男子高校生とは正直なもので。たとえついさっき奇行を見せつけてきたばかりの三葉が相手であったとしても、一度妄想してしまえば容易に″そういう気持ち″になってしまう生き物らしい。
だが理性はある。たった今屈辱だと感じ、収めようとしているのがその証拠だ。
そう。これはただの生理現象。多感な男子高校生ゆえに仕方なのないことなのだ。
自分にそう言い聞かせ、ぶんぶんと首を横に振って雑念を取り払っていく。
「よし」
階段を降り、洗面台でぱしゃぱしゃと顔を洗って。いつもより歯磨き粉を多めにつけて歯を磨く。
いつものルーティーンに目を預けていると心がクリアになっていくのを感じる。髪も軽く濡らして整えた頃にはすっかりいつもの自分に戻り、三葉のことなんて頭から消えてーーーー
『忍法•あわあわの術。私の身体を石鹸にして、しゅー君♡』
「………………」
一度は収まったもののすぐに元気になった″それ″を見て、呆然と立ち尽くす。
何も消えちゃいなかった。どうやら男子高校生の役の強さをナメていたようだ。
我ながらなんという元気っぷり。流石に放置したままではもうどうになりそうにない。
「……トイレ、行くか」
心の底から。屈辱だ。