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第2話 イチャイチャアピール

「私、しゅー君のことが好きみたい」


「…………ん?」


 その日。いつものように俺の部屋に侵入してベッドに腰掛けていた三葉が、まるで日常の会話の延長線上かのように。呟いた。


(今コイツ、なんて言った?)


 好き。たしかにそう聞こえた。


 聞き間違いかと思い振り返ると、三葉の顔は茹蛸のように真っ赤になっている。


 どうやら、聞き間違いなどではなかったようだ。


 が。万が一ということもある。勘違いだったら恥ずかしすぎるし、少し揺さぶってみるか。


「そりゃどうも。俺も好きだぞ、三葉のこと。一緒にいて気が楽だしな」


「ち、違っ……そういう好きじゃ、なくて」


「じゃあどんなだ?」


 三葉は元々何を考えているのかよく分からない節がある。


 所謂天然というやつで、突拍子のないことを言ったりしたりするのも日常茶飯事なのだ。


 だから今回も……なんて。そう、思っていたんだけれど。


 彼女の表情を見ていれば分かる。


 あれは、″本気″だ。


「お、男の子として。異性として、好き」


 震える声でそう告げる三葉には、もはやいつものような余裕は無い。


 伝わってくるのはかつてないほどの緊張と、その気持ちの本気具合だけ。


「そう……か」


 幼い頃からずっと一緒にいた幼なじみ。これまでもこれからもなんとなく、このままの関係でずっと一緒にいるのだろうと。そう、思っていたのに。


 関係が変わるのは突然だった。


 三葉の本気の気持ちを受け取った今、もうこれまでと同じようにとはいかない。


 こんな美少女を相手に何を……なんて思うかもしれないけれど。俺が三葉を異性として初めて見たのは、これが初めてだった。


 そして、初めてだったからこそ。三葉の本気に応えられるほどの気持ちが俺の中に宿っているのか分からなくて。黙り込んでしまった。


 三葉は思いを告げた。だから俺もありのままの気持ちを返さなければいけない。


 そう考えれば考えるほど、何を言えばいいのか分からなくなってしまった。


 俺は三葉のことをどう思っている? ちゃんと異性として好きだと、胸を張って言えるのか? 言えないなら、ここであやふやなまま気持ちに応えようとするのは失礼なんじゃないのか?


 脳内を幾多の思考が錯綜する。悩み、迷い、沈黙の時間だけが過ぎていく。


 結局俺は、答えを出すことができなかった。告白してきたということは、きっと三葉は幼なじみ以上の関係になることを望んでいる。そしてそのことが嫌だなんてこれっぽっちも感じはしない。


 けど、自分の気持ちに自信が持てないまま関係だけが先に進むことは……本当に三葉が望んでいることなのかって。


「俺は……」


「大丈夫。分かってるから」


「え?」


 自分でなんと答えようとしたのかも分からないまま口を開いた俺を遮って。三葉は先に言葉を紡ぐ。


「しゅー君は私のこと、ただの幼なじみとしか思ってない」


「っ!?」


「だから、好きになるのは付き合ってからでいい」


「えっと?」


「とりあえず付き合って。いらなくなったらぽいってしていいから」


「な、なんか軽いな!?」


「軽くなんてない。しゅー君のことは本気で大好き」


「……」


 俺なんかのどこにそれだけ思いを寄せてくれたのかは分からない。この先、俺の三葉への気持ちがどう変化していくのかも。……分からない。


 けど、三葉の気持ちに応えたいと思うこの感情が、今の俺の全てだと思った。


 だから……


「三葉。俺はーーーー」


◇◆◇◆


「もっと。もっとなでなで」


「だぁもう! そろそろいいだろ!? ここ公衆の面前なんだわ! 恥ずかしいって!!」


「恥ずかしくなんてない。むしろイチャイチャカップルだってアピールすべき」


「誰に!?」


 通りすがりの主婦さんたちに笑われながら。かごを片手に持ち、おねだりされるがままになでなでを繰り返す。


 かれこれ数分は経ったんじゃないだろうか。だが未だに三葉が俺の手を離してくれる様子はなく、そのうえアピールは強くなるばかりだ。


「男が狼なら女はハイエナ。しゅー君には私という彼女がいるんだってアピールしておかないと横取りされる」


「あの、三葉さん。まわり中々にお年を召した主婦さんばかりなんですが」


「世は多様性の時代。何が起こるか分からない」


「……そうですか」


 三葉と付き合い始めてからは、ずっとこうだ。


 元々スキンシップは激しい方だったし、たまにドキッとさせられるレベルでパーソナルスペースも近かったけれど。


 それにしても彼氏彼女の関係となってから、甘えられる機会がめちゃくちゃ増えた。


 本人曰く「いち早く好きになってもらうためにいっぱいアピールする」だそうだけれど、これ完全に欲望のまま甘えられてるだけじゃないだろうか。


 そして正直な話、これを嫌だと思えない自分がいるからなんとも。


「と、とりあえずお会計しませんか」


「あとちょっと」


「部屋でならもっともっとしてあげられるのになぁ」


「っ!」


 ピコンッ。俺の言葉に反応し、まるで頭の上で電球でも光ったみたいな分かりやすい反応を見せた三葉は、一瞬躊躇しながらも。俺の手をそっと離す。


 分かってもらえたみたいで何よりだ。まあこの感じだと部屋で更に甘えられること間違いなしだが、その時はその時で考えるとしよう。


「早くお会計。モタモタしないで」


「どの口が言ってんだか……」


 目をキラキラさせながら服の裾を引っ張ってくる三葉に、半ば強引に連れて行かれるようにして。レジでお会計を済ませ、エコバッグに手に入れた特売品を詰め込んでいく。


 エコバッグは軽い。まあ今日は特売品の四つしか買ってないからな。肩にかければ余裕で……


「ん」


「……一人で持てるぞ?」


「私も半分持つ」


「いや、あの。本当これめちゃくちゃ軽いから。全然一人で充分だから」


「重さは関係ない。こういうのは二人で持つのがお約束なはず」


 何も言わずエコバッグの持ち手を右肩にかけようとした、その時。ぐいっ、と引っ張られ、無理やり外された。


 お約束。三葉のいうそれが何なのかは大方検討がつく。というかついているからこそ何も言わずにとっとと一人で持ってしまおうと思っていたのに。


 どうやら、そんな魂胆はお見通しだったようだ。そして当然のように見逃してくれるつもりもないらしい。


「二人で……半分ずつ持つやつ、やりたい」


 やりたいというか、絶対やるというか。意地でもやらせるという気持ちが滲み出てるというか。


 こうなったらまた押し問答だ。


 仕方ない……


「分かった。分かったよ。特別だからな」


「……なんだかんだで優しい。好き」


「うるさい」

 二人でエコバッグの持ち手を片方ずつ持ち、手を繋ぐような感覚で間に挟んで。並んで歩く。


 こんなのまるで、新婚みたいじゃないか。


 ほら見ろ。また周りからチラチラ見られてる。本当、恥ずかしいったらない。


(ワガママな彼女さんだな……ほんと)




 今日も今日とて。三葉さんは絶好調だ。

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