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第七十七話【ヒーローは遅れてやって来る模様】

 大魔王はまだ名乗っただけだ。それなのに、フリーダさんは目に涙を浮かべて負けを悟った様な顔をしている。

「良い人生でしたわ…」

 ザックザック。

 フリーダさんは、足元の土をアイテムボックスに詰めて持ち帰ろうとしている。何がしたいのか分からないが、敗者の取る行動の一種である事は理解出来た。

「私達は頑張りましたわ。負けて悔い無しですわ」

「しっかりしてよフリーダさん!まだ始まってすら無いよ!」

「だって、ドナベさんの正体がまさかの、あの武者小路梢ですわよ!只のプレイヤーでは無いのは気付いてましたわ。でも、精々開発スタッフの一人ぐらいと思ってましたのに」

  むしゃのこーじ・こずえ?記憶の奥底から何とか思い出せそうな名前だ。どこで、聞いたんだっけ。

「フリーダさん、あの武者小路梢って、どの武者小路梢?」

「声優の武者小路梢ですわ。貴女とサフランさんと魔王と寮母とグロリアを担当してましたわ。ちなみに、彼女のそっくりさんとして、モノマネ芸人の無駄野小路梢とAV女優の村野小路梢が居ましたわ」

 思い出した。ずっと前にドナベさんが言ってた、ゲームで私の声を演じていた人だ。

「この乙女ゲームの世界で、武者小路梢と戦って勝てる訳ありませんわ!うわーん!ここまで来てこんなのって無いですわー!」

 転生者では無い私にはピンと来ないんだけど、武者小路梢って、名前を聞いた時点でフリーダさんが負けを認める程の存在なんだろうか。というか、ドナベさんが武者小路梢をベタ褒めしていたけれど、あれはただの自画自賛だったんだ。

 …って、そんな事よりもフリーダさんを落ち着かせないと!

「フリーダさん、しっかりしてよ!このゲームの知識があるという点で言えば、フリーダさんも一緒なんでしょ?」

「一緒にしないでくださるっっ!所詮は一プレイヤーでしか無い私とムッシー様では、S級冒険者とF級冒険者ぐれーの差があるのですわ!」

 フリーダさんに何故か怒られてしまった。理由は分からないが、武者小路梢って人は、フリーダさんにとって恐怖を超えて崇拝の対象にまでなってるみたいだ。後、彼女の通称はムッシーらしい。

「はわわっ、今までムッシー様に私の未熟なプレイングを見られていたと思うと…、恥ずかしさで死にたいですわぁ〜!」

 震えていたと思ったら、今度は顔を真っ赤にして下を向くフリーダさん。

 これはアカン。フリーダさんは当分は戦力として期待出来ない。

「ブーン様、フリーダさんが一種の幼児退行してるみたいなんで、ちょっと見ていて貰って良いですか?」

 私は、婚約者であるブーン様にフリーダさんのケアを丸投げする。正直、私じゃどーしようも無さそうだ。

「ああ、私が何とかするしか無い様だ。ヨシヨシ」

 ブーン様がフリーダさんの頭を撫でて落ち着かせている頃、ムッシーはお尻をボリボリかきながらアクビをしていた。

「ファ〜、フリーダには結構期待してたんだけどなあ。まあ仕方ない、オマケ共と遊んでやるよ。ちちんぷいぷい!」

 そう言い、ムッシーが指を振ると、あちこちから黒い霧が集まって、見覚えのある魔物の姿へと変化していった。

「あ、あれは魔将軍シュビトゥバですか!?いや、彼は今はフリーダ様が尋問室に監禁してるはず」

「こいつは私に寄生していた女魔族そっくりね。全身黒っぽいのを除けばそっくりじゃない」

「ケンタワロスの女王みてえのも居るじゃねえか!どーなってんだよ!」

 ロストマンが変化したのは、魔族の大ボスと呼んで良い存在達だった。

「驚いたかい?こいつらは、幹部達のデータを学習させて作った特別なロストマンさ。時間が無かったから見た目は黒一色にしちゃったけど、性能は本物に引けを取らない。くぅ〜、燃えて来ないかい?やっぱラスボス戦をするなら、過去のボスも復活させないとね?」

「ふざけんな馬鹿!お前本当に倒されたいのなら、大人しく私達にリンチされてろ!」

「倒されたいよ?最善を尽くした末にね?」

 私は抗議の声をムッシーは一蹴する。コイツ、マジでドナベさんの悪い所を煮詰めた様な存在だな!

「そんじゃ行くよ。パメラコピー、サフランを足止めして。君なら出来るでしょ?」

「大魔王様の御心のままになのじゃ!」

 おっかさんのボデーに寄生してた女のそっくりさんが、おっかさんに向かっていく。

「ワロエナスコピー、君はそこのマッチョとメガネを頼む」

「男とかwwワロスww」

 ウマ娘はタフガイとリー君を相手取る。この偽物も男性魅了スキルを持っているとするなら、苦戦は免れないだろう。

「シュビトゥバコピー、分かってるね?」

「ははーっ、我が因縁に決着をつけてきます!」

 でかツノはガクガクしてるフリーダさんとそれを庇うブーン様に向かっていった。本物のでかツノはデール先生と融合してアホみたいに弱体化していたけど、このコピーが本来のでかツノと同じスペックなら、本調子のフリーダさんでギリ勝てるぐらいのはず。決着はブーン様次第だろう。

「…あれ?私の相手は?」

「雑炊の相手は僕だよ」

「そっかー、私今からラスボスとタイマンやるんだー。…っておい!」

 他の対戦カートを冷静に分析してる場合じゃ無かった!私が一番勝ち目無いじゃない!

「すみませーん!ここだけ明らかにマッチアップおかしいでーす!せめて、あと一人誰か来てー!」

 私は仲間に助けを求めたが、どいつもこいつもいっぱいいっぱいで、私を助けようとしたら、そこから均衡な崩れそうな感じだった。

「チクショー!他の戦場が片付くまで私一人でやるっきゃ無さそうだ!おい、ムッシー!お前どのくらい強いの?後、攻略のヒントくれ!」

「当然僕は強いよ。君が今まで戦ってきたボスよりも確実に強い。そして、僕の攻略は戦いながら君自信の手で見つけるんだ!」

「でしょうね!お前ならそう言うと思ったよ!後一つだけ聞いて良いかな…死ねええ!!」

 スカッ!

 私の不意打ちはムッシーの身体を貫通した。いや、すり抜けて無効化された様だ。ムッシーは攻撃が当たる瞬間だけ、部分的に身体の密度を薄くして私の攻撃のダメージを無くしていた。

「君のやり口は、二年近く見て来た。そんな不意打ちは僕には通じないよ。んじゃ、僕のターン。喰らえ、ホンワカパッ波〜」

「あぶなっ!」

 ムッシーの右手から放たれた光を、私は前転でギリギリ躱した。

「私だって、ドナベさんと長い事付き合って来てたんだ!その気になれば、ホンワカパッ波は回避出来る」

 とはいえ、マジで危なかった。あの光線は浴びてじまったら、最低でも数秒、長ければ数十分意識を持って行かれる。実践の最中にそんな隙を見せたら間違いなく致命傷だ。

 一発でも貰ったら終わる!そして、その恐怖と戦ってるのは私だけでは無かった。

「取り憑かれたら終わる!」

 おっかさんは得意の豪快な攻めが出来ず、身を縮こめてチクチクと相手を削っていた。

「「目を合わせたら終わる!」」

 リー君とタフガイは相手を直接見れないという厳しい戦いを強いられていた。

「フリーダが立ち直らんと終わる!」

 ブーン様はショック状態のフリーダさんを庇い、防御で手一杯だった。

 このままじゃ、誰かがやられてしまう。そしたら、そこから崩れて全滅だ。私達も必死に攻撃を避けながら反撃をするが、霧の集合体である彼らにどの程度ダメージが入っているのか判断出来ず、焦りが積もっていく。相手の損傷の程度が目に見えないし、どいつもこいつも致命傷になり得る一撃を持っているから、一か八かの突撃も迂闊に出来ない。


 ピチョン、ピチョン。

 いつしか、私の顔から汗が流れ出し、床を濡らしていた。肉体の疲労からでは無い。一回のミスで終わってしまう状況がずっと続いている事から来る精神的な疲れからの汗だった。

「へいへーい、雑炊お疲れ〜?どうしたどうした、君はもっとやれる子だろ?そーれ、ホンワカパッ波〜!」

 ムッシーは元気にこちらを挑発したがら、目や手や口からホンワカパッ波してくる。今度は尻から出してきやがった。

「フレーフレー、ぞーすい!土鍋を踏んで空中二段ジャンプした時や、便座で高速移動を思い付いた時の様な僕をあっと驚かす逆転のアイデアをそろそろ見せてよ!がんばれ♡がんばれ♡」

「そんなん言われても、今この場で思いつく訳無いでしょ!」

 汗が止まらない。床に更に雫が落ちる。既に床には無数の汗の跡が…、いや、違う。


 ピチョン、ピチョン。

「これは…雨?」

 床を濡らしているのは、私の汗だけでは無かった。屋内にも関わらず、雨がポツポツと降っており、最初は気付くか気付かないかぐらいの小雨だったのが、あっという間に土砂降りになった。

「のじゃあああ!!!」

 突如、おっかさんと戦っていたロストマンが悲鳴を上げて苦しみだす。そいつだけじゃ無い、ムッシーの配下全員が雨を浴びてから苦しみだして、明らかに弱まっている。

「あ、これダメな奴だ。キッツ」 

 ムッシーも配下程では無いが、辛そうな顔をして、軽口を叩く余裕を無くしていた。私はこの雨を知っている。生者には活力を、死者には終焉を与えるこの雨と、それの使い手を知っている。

「どんだけ強くても、ロストマンなら、これが効くんだよな」

 雨に濡れながら、そいつは悠々と歩き、私達の前に姿を現した。

「カトちゃん、助けに来たぜ」

「スグニ…?アンタ一人でどうやって」

「こんな場所、彼一人で来られる訳無いでしょ!アタシが手伝ってあげたのよ」

 スグニの頭がモコモコと動き、髪の毛の隙間から小さな女の子が顔を出した。

「ちょ!グロちゃん出てきちゃダメだろ!」

「もう隠さなくてもいいでしょ。カトちゃん、助けてやったんだから、後でペペロンソーダ奢りね」

「グロリア!」

 この時、私の中で分からないまま放置していた複数のモヤモヤが一気に晴れていった。

 スグニがゲームと違い生存出来た理由、グロリアはどこから私達を監視していたのか、私の消えた主役補正はどこへ行ってしまったのか、スグニは何で原作以上に絡んできたのか、それらの点が明らかになり、線で繋がった。

 だが、二人に関してまだ分からない事が一つ残ってる。

「グロリア、こんなブサイクな奴とよく契約出来たよね」

「ハア?ニンゲンなんて年齢と性別と魔力以外は大体皆似たり寄ったりでしょ?それに、彼とはアンタより前に契約してたのよ!」

「ゑ?」

 私はグロリアの言葉の意味が分からず首を傾げた。グロリアが人間を顔で判断してないのは良いとして、私より先にスグニと契約していた?それはあり得ない。

「グロリア、私に会った時に契約は先着一名って言って無かった?先にスグニと契約してたなら、私と契約出来ないよね?」

「それは、アタシがあの机の引き出しで眠った後の話。アタシが彼と契約したのは、引き出しに入る前よ」

「でも、それって何百年も前の話だし、グロリアがその時契約したのって…」

「だーかーら!彼がテリウスよ!見りゃ分かるでしょ!」

 グロリアの爆弾発言で、一瞬で場が静まり、雨の音だけが響いていた。




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