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第七十四話【土鍋レッド&妖精グリーンだった模様】

「雑炊さん、無事に痩せましたのね。プリンちゃんのおかげですわね」

「うん」

 確かにプリンちゃんのおかげだ。あの日、私がやぶ蛇をつついた結果、聞かなきゃ良かった事を色々と聞かされて全く食事が喉を通らなくなった。

「正直元の体重より減ってると思う。でも、軽い分には問題無いよね?」

「元気が有りませんわよ。何かあったのですわ?話して貰えますわ?つーか、隠し事は無しと言ったのはテメーですわ」

 あー、フリーダさんが疑いの目で見てる。そうだ、彼女には嘘が通じないのだった。

「実はこんな事があって…」

 私がプリンちゃんとのやり取りを一部始終話すと、フリーダさんは顔を真っ赤にして怒り出した。

「そんな大事な話は、もっとはよ言えですわ!」

「プリンちゃんを責めないであげて。彼女はフリーダさん達みたいに私を理解する基盤を持ってないから仕方が無い事なんだよ」

「私が怒ってるのは、グロリアが生きてたのを黙ってた事ですわ!」

「え?そっち?私達に直接関わろうとして来なかったんだし、別に放置で良くない?」

 私はそう言ったが、フリーダさんは更にヒートアップした。

「なーんも分かって無いですわね!いいですわ?ゲームで貴女がヒロインだった理由の大部分を占めるのが、妖精グロリアの契約者になった事ですわ。だから、仮にプリンちゃんさんがグロリアと出会い契約していたなら、プリンちゃんさんがヒロインになりますわ。ここまでは理解出来ますわね?」

「うん。でも何の話してるの?」

「黙って聞きやがれですわ。グロリアと契約した人がヒロイン。しかし、ドナベさんが現れてグロリアの立ち位置を奪った。その結果、ドナベさんと契約した貴女がヒロインという図式が生まれた。ですが、グロリアが生きていて、別の人に助けられたらどうなりますわ?」

 私は、坐禅を組み目を閉じて答えを考えた。

 ポクポクポク、チーン。

「私がヒロインじゃ無くなるの!?」

「いえ、好感度やしぶとさについては発現しているから、完全にヒロイン失格という訳ではありませんわ。でも、雑炊さんは未だにステータスオープンもアイテムボックスも使えないでしょ?」

 そうだ。ドナベさんと一緒に居た頃は、それのせいでしょっちゅう私が本当に主人公なのかを疑われていた。

「それじゃあ、私の主人公パワーは…」

「半分ぐらいはグロリアとペアになった人の所へ流れて行ってしまったというのが、私の予想ですわ」

「この世界、ドナベさんのせいでダブル主人公制になってたって事!?」

「ですわ。さしずめ、『冒険乙女、土鍋レッド&妖精グリーン』と言った所ですわ」

 タイトルの意味は分からんが、とにかく凄いダブル主人公感だ。

「じゃあ、私は一生主人公として中途半端な存在って事?やだー!グロリア、カムバックー!」

 いくら叫んでもグロリアは帰って来ない。恐らく、グロリアとそのパートナーに行ってしまった主人公力が私に帰って来る事は無いのだろう。根拠は無いが、直感的にそう思った。

「まあ、ここで無いものねだりしてても仕方ないですわ。行きますわよ。エレベーターに乗って、大魔王に会いに行きますわ」

「急に自信無くなってきた。帰りたい」

「はよ来いですわ」

 自分が主人公だから、どんなピンチも割と何とかなるという万能感。そんなモノは無かったと知ってしまい、不安がマックス。…私、本当に大魔王に勝てるのかなあ?


「フリーダよ、雑炊に何かあったのか?さっきから震えて何も言わないのだが」

 エレベーターに一番最後に乗り込み、顔を下に向けている私を見て、ブーン様でさえ心配している。それだけ、私の不安は表に出てしまっている様だった。

「ほっとけばその内元気になりますわ。今までもそうだったでしょう?」

「フリーダ、お前もおかしいぞ。一体、何をそんなに怒っているのだ?」

「別に」

 ああー、やっぱりフリーダさん機嫌悪いよ。そりゃあ、散々大事な事を報告しろって言ってた私本人が、凄く大事な事を黙ってたんだもん。グロリアは静かに暮らしたいだろうからって勝手に判断してフリーダさんに報告して無かった過去の私にダークサンダーしたい。

 ええい、しっかりしろ私!この私は乙女ゲームのヒロイン、カトリーヌン・ライス様だぞ!…と、強がりたいけど、実際の私は乙女ゲーム風世界の主人公その1・雑炊でしか無いのだと思うと勇気半減だ。

「フリーダよ、これから最後にして最強の敵とやりあう可能性が高いのだ。『別に』では無く、何かあったのなら私達にも説明を頼む」

「そうですわね。ホウレンソウはしっかりと、ですわよね?雑炊さん?」

「…うん、説明してあげて」

 フリーダさんが、私が不完全な主人公である可能性について述べると、ブーン様は頭を抱え、リー君は何故か納得した顔をし、タフガイは頭にでっかいハテナマークを出し、おっかさんは終始分かってるフリをして頷いていた。

「ダイジョブダイジョブ〜、カトちゃんだって成長期になればもっと大きくなれるわ」

「おっかさん、私もう十八歳だよ?それに、そーゆー話じゃ無いの」

 私は、この世界の主人公が私じゃ無くなっていた事を説明すると、おっかさんは理解したかの様に頷いた。

「カトちゃん、私にもそんな時期があったわ。世界は自分を中心に回ってるってのは、誰だって子供の頃はそう思うの。でも、世界は皆のものと知って人は大人になるのよ。カトちゃんもその時が来ただけだから、恥ずかしからなくていいのよ」

「だーかーら、そんな話をして無いって言ってるでしょ!簡単に言うと、戦力に不安が出て来たって話なの!」

「それにしても、この場所懐かしいわね。お母さん、色々と思い出してきちゃった」

 私の言葉を無視して、おっかさんはエレベーターから降りた先の景色を見て興奮している。

「魔王に寄生されてた時、夢の中でこんな景色を見たのよ。そうそう、こんな家が並んでいたわ」

「それじゃあここは、魔界?私達、人類では辿り着けないとされていた別次元に本当に来ちゃったんだ」

 魔界の思われる場所では、家が建っていて、舗装された道路があって、冒険マートみたいな場所で魔族が買い物をしていた。

「フリーダさん、何か思ってた場所と違うんだけど」

「私も、このダンジョンの先がどうなってるかは知りませんでしたわ。でも、考えてみれば賢い魔族達は文化的な生活をしていて当然ですわよね」

「で、どいつから倒すんだ?」

「「「「「待て待て待て待て待て」」」」」

 腕まくりをするタフガイを、彼以外の全員で止める。

「タフガイさん、ここはちょっと様子をみましょう」

「どーしたんだよ、リー君?気付かれる前に数減らした方がいーだろ?」

「見た感じ、ここに居る魔族は今まで戦って来た連中と違います」

「そんじゃ、一度戦って実力を把握しねーとな」

 話が通じてる様で通じてない。

 忘れてた。こいつ脳筋キャラだったわ。今までは、フリーダさんが先を見越して行動指示をしていたから理性的マッチョだったのかもだけど、フリーダさんが手綱握らないと戦闘狂丸出しになってしまう。

「フリーダさん、ブーン様、早く指示出してよ。このままじゃ、非戦闘員にタフガイが突っ込んで行きそうだよ」

「そうは言われましても…、この平和な町並みこそが大魔王が私達に仕掛けた罠かも知れませんし…」

「う、うむ。タフガイ、フリーダが何か思いつくまで待機を」


 社会生活を行う魔族達を見せ付けられ、フリーダさんもブーン様も強い決断を下す事は出来ない。そんな彼らを見て、タフガイは次第に苛立って来る。どちらの気持ちも分かる。けれど、どちらが正解かは分からない。

「み、皆どうしよう?」

 主人公もどきの私には、全員の意見を纏める様なリーダーシップなんて取れない。ドナベさんが頭の上に居たらまた違ったんだけど。

「知らねえ魔物が居たなら、取り敢えず殴れば何とかなるもんだろ?フリーダさんが迷ってるなら、オレが切り込んでくぞ」

「お待ちなさいタフガイ君。ここは私に一番槍を任せて貰えないかしら?」

 暴走寸前のタフガイを止めたのはおっかさんだった。こーゆー時、なんやかんやで大人は頼りになるなあ。

「じゃあ、行ってきまーす。おーい、皆ー、ワシじゃー!魔王様じゃよー!」

 おっかさんは大胆にも、魔王のフリをして通行人に話し掛けた。それは悪手やろおっかさん。まあ、考え無しに殴るタフガイ案よりかは百倍マシだけど。

「魔王なのじゃ!ワシは誰が何と言おーとも魔王なのじゃ!そこのお主、最近の景気はどうなのじゃ?」

「あ、魔王様が寄生していた冒険者さんですよね?」

 おっかさんの下手な演技は秒でバレた。町中の魔族とのバトルを覚悟した私達は武器と便座を構えるが、次に魔族が発した言葉は意外なものだった。

「後ろに居るのは、娘の雑炊さんに悪役令嬢フリーダさん、そして攻略対象の三人ですよね?大魔王様の所まで案内しますよ」

 友好的であり、私達を知り尽くしている魔族に面食らう。おっかさんが話し掛けた魔族以外も、こちらへ気付くと会釈して親しげに語り掛けてきた。

「あんたら、若いのによーここまで来たねー。これ、人間界から持ち帰った芋から作った団子。食べてみーよ」

 老婆みたいな顔のケンタワロスから団子を手渡され、反射的に口へ入れると、ちゃんとオイモの味がした。

「モグモグ、タフガイ、魔族の食べ物は迂闊に口に入れちゃダメだよ」

「おめえが真っ先に食ってるじゃねえか。オレも一つ貰うぞ。お、中々うめぇな。けど、砂糖とかもっと使った方がいいぞ」

 さっきまで、殴って解決しようとしていたのも忘れ、タフガイは団子ババアに感謝とアドバイスの言葉を送っていた。私とタフガイが二人で残りの団子を頬張っていると、真剣な顔付きのフリーダさんが私のホッペタをツンツンと突付く。

「ごめんね。全部二人で食べちゃった」

「それ食べたら、大魔王の所行きますわよ」

「フリーダさん、魔族の案内信じて大丈夫なの?モグモグ」

「今の雑炊さんにだけは、言われたくありませんわ。まあ、大魔王の居場所については彼らは嘘は言ってないと思いますわ。何せ…」

 フリーダさんは案内された方向を指差す。その道には、私が今まで見た事も無い物が所狭しと並べられていた。

 雷門と書いてある真っ赤なランタン。丸メガネを掛け、太鼓を打つピエロの人形。おっかさんの倍ぐらいありそうな、顔の無い女性の像。子供が書いたお星様みたいなものがくっついている塔。半裸で頭にシカのツノが生えた小太りの少年のパネル。そんな良く分からない物が道路の両脇にびっしりと並んでいた。

「フリーダさん、ナニコレ?…ナニコレ!」

「この道の脇に設置されているのは、全部日本の名物。そして、それを置いたのは大魔王に違いありませんわ」

「えっ?それじゃあ、大魔王も転生者なの?」

「ですわ。そして、私の考えが間違って無いのなら…、まあ、行けば直ぐに分かりますわ」

 フリーダさんは臆する事無く、怪しいアイテムがお出迎えする道を進んで行く。私も、恐る恐る最後尾を着いていくと、暫くしてフリーダさんの家ぐらい大きな屋敷が見えてきた。

「開いてますので、遠慮せずお入り下さい。では、私はこれで」

 案内をしていた魔族は商店街の方へ帰って行くのを見届けると、フリーダさんは一切迷わず、扉を開けて中へと進んだ。人間みたいな生活を送る魔族達を見て戸惑っていたフリーダさんはそこには居なかった。いつも通りの、全て予習済みかの様に自信満々に振る舞うフリーダさんの後を追うと、玉座と、それに座る女性が視界に入る。

「こんにちは、僕大魔王です」

「やっぱり、そうなのですわね。貴女が、大魔王でしたのね」

 どこかで聞いた様な自己紹介をする大魔王。彼女は水色の髪をして水色のパーカーを着ていた。

「ドナベさーん!」

 私は思わず叫ぶ。大魔王はどう見ても、ドナベさんだった。見た目の年齢こそ、おっかさんぐらいだけど、間違いなくあれは年取ったドナベさんだ。

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