「あの時は、すみませんでしだー!」
私は秒で土下座した。殺してゴミとして処理したはずの相手が、生きて目の前に現れたのだ。しかも、相手は勇者の相棒をしていた伝説の妖精である。彼女が真実を暴露すれば、私が今まで積み上げてきた学園生活は全て終わってしまう。
いや、待てよ?今度こそ完全に殺して口封じしてしまえば良いのでは?私、一応魔王倒してるし、お助け妖精の一人や二人…あ、やっぱ無理だ。ドナベさんの無敵ぶりがグロリアの立ち位置由来だから、グロリアも多分無敵なれる。彼女の立ち位置を奪ったドナベさんだからこそ、半殺しまで持っていけた可能性が高い。どうする?よし、謝り続けよう。
「あの時は、ドナベさんに従うしか無かったんです!私は洗脳されて、言われるがままに死体をゴミとして出しただけなので、復讐ならドナベさんの方へお願いしまーす!」
死人に口無し作戦発動。私は、全部の責任をドナベさんに押し付けようとしたが、グロリアの反応は冷ややかだった。
「あのねぇ、アタシしっかり見て来たのよ?アンタとドナベさん、どー見ても対等の友人だったわよ?だから、ドナベさんの責任はアンタの責任よ」
「はひー!許して下さい。漸く人生の楽しみを探そうと思った所なんです!青春を楽しみたい!」
「まあ、許すけど」
「そりゃそうですよね!許す訳が…、え、さっき許すって言った?」
「悪いと思ってるなら、取り敢えず何か甘い飲み物くれない?」
私は料理用に買いだめしていた砂糖といくつかの調味料を水に溶かして提供する。
「はい、カトちゃん特製ペペロンソーダだよ」
グロリアはストローを取り出してチューチュー吸うと、次第にうっとりとした顔に変わっていった。
「おいしーい!何コレ?こんなの初めて飲んだわ!」
「ドナベさんから教わった料理だよ」
「はー、やっぱりアイツ、アタシより優秀だわ。悔しいけど、カトちゃんがここまで何でも出来る様になったのは、アイツのおかげね」
グロリアは不満げな顔をしながらも、その口ぶりからはドナベさんに対する憎しみは感じられなかった。流石、超長生き。私達とは死生観が違うのだろう。
「グロリアは、今までどこで何をしていたの?」
「アンタ達が、ちゃんと魔王退治を目指しているのか見張ってたのよ。アンタにはバレない様にね。今日、あの引き出しに隠れてたのも、それが目的。カトちゃん、おかわりちょうだい」
グロリアは二杯目のペペロンソーダに口を付けながら、説明を続けた。
「あの日、ゴミとして捨てられたアタシは辛うじて生きていた。通り掛かったニンゲンに拾われ、治療を受けたアタシはドナベさんの真意を探る為にバレない様に気をつけながら観察してたわ」
「どこから見てたのか知らないけど、リー君の使い魔やドナベさん相手に、良くバレなかったね」
「アタシが死んでいるという思い込みが、アイツらにはあった。そのおかげね。後、アタシって人の目から逃れる魔法が得意なのよ。実際、アタシの代役をしていたドナベさんも堂々とアンタの頭の上に居たけど、タネを知ってる人以外は気にして無かったでしょ?」
ああ、そうだ。入学して間も無い頃に、ドナベさんが言っていた。モブ達に気付かれないのは、原作のグロリアがそうだったからって。
「それでアンタ達の話をコッソリ聞いてたら、転生者だとか乙女ゲームの世界とかの話が出てくるじゃない?ここら辺の話を耳にした時に、もうアタシじゃあカトちゃんのパートナーに相応しくないって諦めた訳よ」
「その判断は正しかったと思うよ。フリーダさんとの和解も、本来より早い魔王との決戦も綱渡りだったもん」
終わってみれば、最高に近い結果だったが、そこに至るまでに詰んだと思った事が何度もあった。もし、そこに『逆襲のグロリア編』まで追加されていたら、収拾がつかずグダグダの内にバッドエンドになっていた可能性が高かっただろう。
「アドバイザーとして役に立てないなら、せめて見届けよう。そう決めたアタシは、カトちゃんやフリーダの近くで今まで見守って来たのよ」
成る程、それなら私達に見つからずに観察する事も…、いや待て。何かこの話おかしくない?そうだ、確かグロリアは初めて会った時にこんな事を…。
(ホワンホワンホワ〜ン)
「アタシはね、王国の危機に備えてここで眠っていた、とってもえらーい妖精様なのよ!本来なら王国一の冒険者と共にダンジョンを巡るはずだったのに…何でアンタみたいな見習い以下が起こしに来たのよ!!」
「す、すみません!」
何だか分からないけど、妖精さんは強い人を待っていたみたい。でも、それなら今から外へ出て強い人を探せば良いんじゃあないかな?
「アタシはね、この引き出しから出してくれた人と契約しなきゃいけないのよ」
「そ、そうなんですか」
(ホワンホワンホワ〜ン)
うん、やっぱりそうだ。さっきの話では説明が付かない所がある。
「グロリアさあ」
「グロちゃんって呼んで」
「グロちゃんって、引き出しの封印を解いた私以外とは行動出来ない縛り無かった?その辺は、どうやってクリアしたの?」
「もし、その縛りが機能してるなら、ゴミ袋に入った死にかけの状態でアンタの行く先に着いていく羽目になってたと思うわ」
私はゴミ捨て場に捨てたグロリアが何度捨てても帰って来るのをイメージしてみた。イメージしてみた結果は、怖いやら面白いやらだった。
「でも、実際アタシはあの日から今日まで結構自由に動けている。ドナベさんがアタシの立場を奪った時に、カトちゃんとの契約もアタシから引き継いたんだと思うわ」
「ドナベさんが来た時点て私とグロリアの契約は白紙になっていたって事?」
「前例の無い事態だから断定出来ないけど、そう考えて良いんじゃない?さてと」
ペペロンソーダを飲み終わったグロリアは立ち上がり、出口の方を見る。
「もう出ていくの?」
「そーね。アンタのプライベートを覗き見るのはこれで最後にする。それでお互い過去は水に流しましょう。それでいい?」
「うん。許してくれてありがとうね」
「魔王も思ったより早く倒されたし、アタシも自由な生き方を探してみようと思う。まあ、暫くはアタシを拾って手当てしてくれたニンゲンの所で過ごすつもり」
「その人間って?」
「誰が言うもんか!言ったら、アンタの口からフリーダに伝わって絶対面倒な事になるからね」
そりゃそうだ。私をこっそり観察していた人間だもの。ここまでグロリアが名前を出さなかったのなら、本人も正体を隠していたいと言う事なのだろう。
「グロちゃん、繰り返しになるけどホントごめん」
「もう良いって言ってるでしょ。アタシもアタシを助けてくれたニンゲンも、アンタやフリーダに手出ししない。そちらも、アタシ達を追求しない。それで良いでしょ?」
「またジュース飲みたくなったら遊びに来てね」
「行けたら行く」
こうして、グロリアは私に別れを告げて出て行った。彼女が生きていた事も、これまでずっと監視していた事も驚いたけれど、心の奥底にしまっていた不安が解消されたのは嬉しい誤算だった。まあ、グロリアが誰に助けられたのかという新たな謎が生まれたけれど。以前からのモヤモヤに比べたら小さなものだ。
これで、『冒険乙女カトリーヌン』のお話は今度こそおしまい。これから先の私の人生がどうなるかは、女神様にも転生者にも分からない。だけど、先の展開が分からなくても不安なんてどこにも無い。私は頼もしい仲間達と一緒にあれだけの大事件を乗り越えたのだから。
そんな風に考えていた時期が私にもありました。まだ根本的な問題は何も解決してない事を私が知るのは、グロリアと別れてから一ヶ月後。仕事の給料が出たから、二人でゴハン食べないかとおっかさんに誘われた時だった。
「いっただきまーす」
ラスダン内にある社食で焼き魚定食を食べる。支払いはおっかさん。昔、他人のお金で食べるゴハンは美味しいって力説した事のある私だが、家族と食べるゴハンがやっぱり一番美味しい。
「おっかさん、私先月、喧嘩別れして音信不通だった友人と会えたんだ。まあ、友人と言っても再会する前は五分ぐらい会話しただけなんだけど」
「それって友人なの?」
「この前会った時も、三十分ぐらいで帰っちゃったけれど、間違い無くフリーダさんやドナベさんと並ぶ、私にとって大切な人だったんだ」
「良く分からないけど、それは良かったわねえ」
分からないなりに、おっかさんは私の顔を見て嬉しそうに相槌を打ってくれた。私が子供の頃もこんな感じの会話をしてたなあと、昔を思い出す。
「おっかさんの方は、お仕事どうなの?」
「ちょうど今日、原稿が完成する予定よ。ゴハン食べたら見せてあげる」
と言う訳で、ゴハンの後に私は『オフィスさっちゃん(旧名魔王の間)』へとやって来た。
「ここへ来るのも三度目…六度目かぁ。おっかさん、原稿は?」
「ハイ、これが今まで書いた原稿よ」
おっかさんから原稿を受け取った私は、珍しい魔物のページを読み進める。
【味噌ゴーレム】
ゴーレムコアに味噌を塗りたくり、人型にした物。戦力兼非常食であり、こいつがダンジョン入口近くに出現したら、スタンピード注意報。
【塩ゴーレム】
味噌の代わりに岩塩を纏ったゴーレム。固いけど脆く、味噌ゴーレムとは栄養素含めて一長一短。
【とんこつゴーレム】
固形化した油を使ったゴーレム。おいしさに特化した結果、保存性と戦闘力が犠牲となり、シュビトゥバは頭を抱えた。
【塩とんこつゴーレム】
とんこつゴーレムの弱点を補う為に、魔将軍シュビトゥバが塩ゴーレムにとんこつスープの素を練り込んだ。強いしおいしい。でも、コストが高くなり過ぎたから、非常食として使うのは勿体ない。
【次郎ゴーレム】
これまでのレシピを無視して具材を大量にぶちこんだ結果、ニンニク臭とモヤシの量がヤバすぎてお蔵入りになった幻のゴーレム。その為、人間界には出現しない。
「ふむふむ、世の中には、まだまだ私の知らない魔物が一杯いるんだなあ。ジュルリ」
「カトちゃん、ヨダレ出てるわよ」
「だって、こんな情報見せられたら、誰だって次郎ゴーレムの料理食べたくなっちゃうよ。おっかさん、ちょっと魔界行って次郎ゴーレム捕まえて来てよ」
「おけ!開けーゴマ!なーんちゃって」
別次元にある魔界と人間界を自由に行き来出来るのは、魔王のみ。おっかさんが元魔王の寄生体だとしても、あっちとこっちのゲートが開いたりはしない。
だが、その時オフィス内に謎のアナウンスが響いた。
『エクストラダンジョン・冒険の終着点の解放条件を満たしました。どこかで、ダンジョンの入口が開いた様です』
パカッ!
「きゃあ!」
「うっひゃー!」
アナウンスが終わると同時に、足元の床が開き、私とおっかさんは真下へと落ちていった。