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第六十七話【おっかさんの面接な模様】

 魔王が倒された事が発表され、この国は色んな事が変わった。魔王は別の次元から魔物に指示を出して、人間社会への侵略を行っていた。その魔王が不在となった事で、ダンジョンの魔物の数は急激に減っていった。

 平和になったのは良い事だけど、新たな問題が発生した。魔物が居なくなるという事は、魔物の死体から取っていた『魔素』の入手量が大幅に減ったという事だ。また、ダンジョン内の一部の植物や鉱物は、魔物が住み着く事で育っていた面もあり、王国の今後のダンジョン資源採取量は右肩下がりとなると言われている。

 これに伴い、冒険者の旨味も減っていった。既に冒険者だった者は食えなくなる前に新たな職業を探し、まだ冒険者になっていない学生も別の職業を目指したり、他国で働く事を視野に入れたりする様になっていった。


 そして、ここにも再就職先を探さなきゃならない一人の女が居た。

「おつかさん、いー加減働いてよ」

「やだ」

 サフラン・ライス三十七歳無職。この人は怪我が完治して退院後、私の部屋に住み着いていた。最初は嬉しかったが、働きもせず一日中ゴロゴロし、痩せていた身体が元以上に丸くなった頃、私にも我慢の限界が訪れた。

「働け」

「うう〜っ、娘が厳しいよぉ…。私がここへ来た時は『ゆっくりしていってね!』って喜んでたのに」

「ゆっくりし過ぎた結果がこれだよ!家賃は二人分になったし、部屋はどんどん汚れるし、食費で貯金は消し飛ぶし!もう元気になったのなら、男爵領の実家に帰って!」

「残念だったわねカトちゃん。あの家はゲオルグ君が所有権持ってたから、彼が男爵クビになった時点で差し押さえられてまーす!」

「チクショー!」

 ああ、思い返せば、ドナベさんは生活費は要らなかったし、土鍋一個分のスペースがあれば十分だったし、自分では稼がなくても金策を用意し、勉強も手伝ってくれたし、居候としてはかなりマシだったんだなあ。まさか、おっかさんが駄目過ぎてドナベさんの評価が上がるとは思わなかった。

「おっかさんが働きたく無いって言うのなら、仕事をくれる場所まで無理やりでも連れて行くからね」

「やれるもんなら、やってみなさい!体重550キロある私が本気を出したら、テコでも動かないわよ!」

「グラビティレス」

 フリーダさんから教わった重さを無くす魔法を掛けた後、おっかさんを転がして仕事くれそうな所に辿り着いた。

「雑炊さん、お久しぶりですわね」

「フリーダさん、この人に出来る仕事何か有るかな?」

 公爵家に来た私は、フリーダさんに仕事の相談をした。十年近く無職で見た目魔王のおっかさんを雇ってくれそうな所なんて、ここぐらいしか思いつかなかった。

「ふむふむ、事情は分かりましたわ。それでは、どんな仕事を任せられるかを判断する為に、簡単な面接を行いますわ」

 談話室へと移動し、ニートおばさんの娘同伴での就職面接が始まった。

「それでは、まずは簡単な自己紹介をお願いしますわ」

「サフラン・ライス二十九歳。身長310センチ体重300キロ。現在の職業は男爵夫人です」

「セイッ!」

 スパーン!

 嘘だらけ自己紹介をしたおっかさんの頭を、私はジャンピングビンタした。

「フリーダさん、さっきこの人が言ってた自己紹介は、名前以外全部嘘だよ」

「でしょうね。では、本当の事を言って下さい」

「…やだもん」

 おっかさんがダンマリしてしまったので、私が代わりに一つずつ訂正していく。

「さっき、おっかさんは二十九歳と言ってたけど、エレン先生と同い年の三十七歳だよ」

「心はまだ二十代だもん!魔王に支配されて意識無かった時期はカウントしないでよ!」

「うっせえ!触手先輩だって触手先輩になっても現在十九歳だし、おっかさんと違って真面目に働いてるんだよ!大体、二十代と言うなら、それこそ真面目に働く意思を見せるべきでしょ!」

 私にド正論を抉り込まれ、おっかさんは黙った。その隙に、残りの部分も訂正していく。

「身長は305センチで体重は今朝550キロって言ってました」

「カトちゃん、やめてよ!身長5センチぐらいサバ読みするのは誰でもやってるわよ!」

「体重を250キロもサバ読んでる事を怒ってるんだよ!」

「それくらい、仕事には影響無いでしょ?見逃してよ」

「勤務先の床が、おっかさんの嘘のせいで穴が空いたりするから、訂正しなさい!」

 実際、私だって人前では身長は多めに体重は少なめに申告しているが、それにも限度がある。つーか、身長サバ読む意味無いだろ。

「最後に、男爵夫人と言ってたけどおっかさんは社交界に出た事無いし、男爵様とは結婚して無いし、その男爵様もハコレン騒動で平民だよ。男爵様だって教師として頑張ってるんだから、おっかさんも頑張って欲しいよ」

 私がそう言うと、おっかさんはプシューと音を立てて小さくなっていった。

「サフランさん、雑炊さんの言った内容で間違いありませんわね?」

「ハイ、テケトーな事言ってすみませんでした」

「では、ここからは本格的な面接をしますわ。まずは貴女の長所と短所を教えて下さい」

「長所は何でも食べる所、短所はトイレが近い事です!」

「では、その長所を使ってどんな仕事が出来ると思いますか?」

「人前で色んな物をいっぱい食べる仕事!」

 スパーン!

 私のツッコミビンタが炸裂した。

「カトちゃん、痛い。私は、自分に向いてそうな仕事言っただけなのに〜」

「んな仕事ねえよ!あったら、私が就職するわ!」

「…コホン、面接を続けますわ。以前はどの様な仕事をしておりましたか?」

「男爵領の近くのギルドで冒険者してたわ。地元じゃ負け知らずだったけど、魔王と一緒に居る間にライセンス更新期限が来て、資格失っちゃったのよ」

「成る程、大体分かりましたわ。では、最後に何か質問はありませんか?」

「特にありま」

 スパーン!

「痛いー!」

「おっかさん!こーゆー時は、何でも良いから、最低一つは質問するの!…あ、もしかして、働きたく無いから自己紹介で嘘付いたり、質問に適当に返事してるの?」

 ドクン、ドクン、ドクン。

「誤解よ〜、私はいつまでもカトちゃんのお世話になってるのは流石にマズイと思って、働かなきゃって思ってるわよ」

「絶対嘘だ」

「ですわね。顔が下手な嘘付いてる時の雑炊さんと同じですわ」

「ええっ!?私、あんな顔してたの!?」

 私が自分の変顔を指摘されてショックを受けていると、おっかさんは『えーと』と顎に手を当てて考えこんでから、質問を切り出した。

「フリーダさん、二つ程質問思いついたんだけど、聞いて良いかしら?」

「どうぞですわ」

「そんじゃ聞くけど、ドナベさんってどんな人だったの?私を命懸けで助けてくれた恩人って娘からは聞いてるんだけど、どーも娘からの話だけじゃあイメージが湧いてこなくて」

 残念な事に、おっかさんの質問は就職とは全く関係無いものだった。でも、フリーダさんはちゃんと答えてくれた。親切。

「ドナベさんは、この乙女ゲームの世界にやって来た転生者なのですわ」

「乙女ゲーム?転生者?」

「彼女は雑炊さんに隠しダンジョンや好感度についての知識を与え」

「隠しダンジョン?好感度?」

「空中ダッシュや前転無敵を授けたのですわ」

「あー、そーゆー事ね。完全に理解した」

 おっかさん、絶対分かってないわ。まあ、フリーダさんも、相手が分かららないだろう事を前提で話したんだろうけど。

「サフランさん。それで、二つ目の質問は?」

「何で皆、カトちゃんの事を雑炊って呼んでるの?」

「…物語の強制力ですわ。私も意識すればカトちゃんと呼べますけれど、そうで無い場合は自然と雑炊呼びになってしまいますわ」

「ナニソレ?私は、昔から今まで、娘の事はカトちゃん呼びなんだけど」

「それは…えっと」

 フリーダさんが説明に詰まっている。仕方無いので、私が答えてあげよう。

「おっかさん、多分なんだけど、私が雑炊と言うニックネームを付けられる以前から、他のあだ名とかで呼んでた人には強制力が働かないんだと思う。男爵様も、学校では雑炊呼びだけど、二人きりの時はカトリーヌンって名前で呼ぶし」

 実際の所、こういった話こそドナベさんの知識が役に立つのだけど、残念ながらもう彼女に話を聞く事は出来ない。

「うんうん、そーゆー事ね。うん、理解したわ」

 おっかさん、やっぱ理解してないわこれ。

「フリーダさん、質問は以上でーす」

「ありがとうございます。それでは、サフランさんにピッタリの職業が見つかりましたら案内しますので、今日はお帰り下さい。貴女の健闘をお祈りしてますわ」

「やったよカトちゃん!健闘を祈って貰えたわよ!これは合格間違いナッシン!」

 あれで合格出来ると本気で思い込んでるおっかさんを見て、私は本当にこの人と血が繋がってるのか不安になってきた。


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