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第六十六話【転生者にさよならを言う模様】

「何でワシが死ななあかんのじゃ…。こんな世界、絶対間違ってるのじゃ…」

「それな」

 自身の不幸を嘆きながら魔王は力尽きた。この人、ゲームの通りなら部下を使い人間社会を引っ掻き回し、おっかさんの姿を借りて満を持して登場するはずだったんだよね。魔王が活躍しなかったのは良い事だけど、この世界が間違ってるのには、心から同意する。

「へへーん、僕を倒そうなんてするから負けたんだよ。僕にはマトモな攻撃手段が無いから、僕を無視して雑炊にトドメを刺してれば勝ち目があったのに」

 世界の歪みの原因たるドナベさんが、消し炭となった魔王を見下ろし勝ち誇る。

「ドナベさん、魔王の攻撃を引き受けてくれてありがとう。でも、そういう仕事が出来るなら、もっと早く教えて欲しかったな」

「それは出来ないよ。だって」

 ビシッ。

 突然、私の頭上で何かが割れる音がした。何事かと思い、頭の土鍋を外して確認すると、今までどれだけ乱暴に扱っても傷一つ無かった土鍋に大きなヒビが入っていた。

 ビシシッ。

 ヒビはみるみる広がって行き、土鍋は端の方から割れ始めた。そして、土鍋の崩壊に合わせてドナベさんの肉体も足元からスーッと消え始めていた。

「トナベさん!身体が!」

「あー、やっぱりこうなっちゃったか。これ、いつもやってる姿消すやつじゃなくて、本当に消えちゃうやつだね」

 自分の存在が徐々に消えているのに、ドナベさんはそれを受け入れ平然としていた。

「どうやら、与えられた役割を超えた活躍をしたから女神様から罰を受けちゃったみたいだね。魔王の一撃を、土鍋を動かして受け止めたのが不味かったんだと思う」

「そんな。それじゃあ、ドナベさんは私を庇ったせいで死んじゃうの?」

「気にしないで。元々、ハーレムルートを通り魔王を撃破すれば僕の役割は終わりだったんだ。この肉体だって、ただのアバターだから僕自身が死ぬ訳じゃ無いんだよ」

 ドナベさんには散々煮え湯を飲まされてきた。しかし、それでも一年以上一緒に暮らしてきた仲間が消えてしまうのは寂しいものがある。

「まだ消えないでドナベさん!そ、そうだ!フリーダさんを起こそう!」

 私は、未だ起きないフリーダさんの胸倉を掴み、往復ビンタを放った。

 バシーン!バシーン!バシーン!

「フリーダさん起きろー!ドナベさんがお別れするってさー!」

 バシーン!バシーン!バシーン!

「いつまで寝てるんだコラー!ドナベさんがくたばる瞬間が見れるんだから、起きろー!」

「うう、私は一体…痛いですわ」

 魔王がやられた事で、皆に寄生していた魔王の欠片も力尽きたのだろう。フリーダさんはぐったりしたままだったが、目をうっすらと開き意識を取り戻した。

「ほら、フリーダさん見て!ドナベさん、もう頭だけしか無いの!何とかならないかな?」

「ゑ?ド、ドナベさんがマジで消えそうっぽい消え方してますわ!ナンデ?とりま、リザレクション!…駄目ですわ、回復の対象に取れませんわ」

 残念ながら、フリーダさんでもこうなったドナベさんを助けるのは無理そうだ。

「フリーダも、僕の事は気にしないで。今まで、戦闘では役に゙立たなかったから、本編ラストぐらいは手を貸そうって僕が勝手に思って、勝手にこうなった。自業自得の結果さ」

「なーにが、自業自得ですわ!悪いと思ってるなら、関係者全員に謝罪するまで、ダイジョブダイジョブ〜って言いながら、消えるの耐え続けろですわ」

「うん、それ無理。じゃあ僕は先に行ってるから、『冒険の終着点』にてまた会おう」

 ブーン様が言いそうな詩的な別れ言葉と共に、ドナベさんは完全に消え去り、彼女の本体とも言える土鍋も粉々に砕け散った。

「リザレクション!…すみません、駄目みたいですわ」

 フリーダさんが土鍋の破片にリザレクションをしたが、土鍋は元には戻らず、ドナベさんも戻って来なかった。

「フリーダさん気にしないで。ドナベさんの言う通り、お別れの時が来たんだよ。…そうだ!おっかさんは!?」

 魔王もドナベさんも消え、全てが終わったと安心してる場合じゃない。私は、おっかさんの方を見ると、気を取り戻した冒険者達に囲まれてるのを確認。

「ストーップ!タンマタンマ!この人は、私のおっかさんだってば!」

 武器や杖を構える人達とおっかさんの間に割って入り、私は彼らを説得する。

「魔王はあっちの普通の女性っぽい奴で、それを私が倒したから、皆もこうして目覚めたんだよ!ほら、フリーダさんも一緒に説得してよ!」

「そ、そうは言いましても…本当に魔族では無いのですわ?と言うか、女性なのですわ?」

 フリーダさんまで半信半疑だ。攻撃こそして来ないが、いつでも戦闘出来る様に身構えている。確かに、学校の授業を聞いてる内に、おっかさんの特徴魔族っぽいかなーって思った事もあるけど、ここまで私と世間の人達て感覚に差があるとは思わなかった。

「ウガァ!ガァー!」

「おっかさん、しっかりして!傷は浅いよ!」

 胸の肉をごつそり切除したのだから、傷は深いに決まってる。このままじゃあ、また命の危険がピンチだ。

「フリーダさん!見てないでリザレクションを…」

「ウガァ!」

「キャア!おっかさん、やめて!」

 突然おっかさんは私に飛びつき、スカートの中へ手を突っ込んだ。そして…、

「いただきマンモスー!」

 私がスカートのポケットに入れていたオイモバーを手にすると、一気に四本口の中へ放り込んだ。

「オイモー!オイモー!」

 何年も人間界の食事をして無かったであろう彼女は、オイモバーの味に歓喜し、直後特大のオナラをした。

 プピー!

「あ、オナラ出ちゃった!グヘヘヘ。ん?アレ?ここは誰、私はどこ?」

 喋れるぐらいに回復したおっかさんは、周囲を見渡し、自分の下敷きになっている私に気付く。

「はわわっ、誰だか知らないけれどごめんね!」

 プピー!

 おっかさんのオナラが私の鼻に直撃する。

「クッサー!」

「あっ、またオナラしちゃった!」

 プピー!

「おっかさん、早くどいて」

 プピー!

 おっかさんの重みでお腹が圧迫されて、私も大きなオナラをした。

「クッサ!…あれ?この臭い、ウチの子とそっくり」

「どうも。アンタの娘です。カトリーヌン・ライス。この間、十七歳になりました」

「え?ええっ?って事は…、私もう三十代後半じゃない!嘘でしょ!?」

 私とおっかさんが色々とズレたやり取りをしていると、冒険者達は納得したのか武器を降ろし、フリーダさんが近寄り回復してくれた。

「リザレクション…っ!はーっ、しんどいですわ。もう、魔力スッカラカンですわ」

「フリーダさん、お疲れ。そして、ありがとう。この人がおっかさんだって、信じてくれたんだね」

「その方の声、よーく聞いたら武者小路梢ボイスですからね。さあ、皆さん、取り敢えずここを出て休みましょう!」

「フリーダさん、待って」

 私は砂の様になった土鍋の破片をオイモバーの袋に詰めてポケットに入れた。

「うん、いいよ」

「それではこれにて…、魔王戦イベント攻略達成ですわー!」

「「「オオーッ!!」」」

 こうして、前世持ちの公爵令嬢フリーダによる、七年間の断罪回避活動は終わりを迎えた。彼女はその努力と決断力により、自分・父親・婚約者・他の攻略対象・ヒロイン・ヒロインの母、その全てを守り魔王を撃破したのだ。

 だが、フリーダさんと私は知っている。魔王との戦いの中、一人の協力者が命を落とした事を。


「穴の深さはこのぐらいで良いかな」

 魔王との戦いが一段落し、おっかさんも人間として認められ病院で元気にやっている。で、日常生活へと戻った私は、ごるびん師匠を埋めた場所にまた穴を掘っていた。

 勿論、今度はちゃんと寮母さんに許可を貰っている。

「じゃあね、ドナベさん」

 土鍋だった粉を地面に埋め、私は冒険者学園へ向かう。ドナベさんと過ごした学園生活は『やらなきゃいけない事』のオンパレードで、息をつく暇も無い忙しさだった。だから、まだ半分残ってる学生生活は『やりたい事』をして行こう。

 でも、ドナベさんとの一年半は大変だったなりに充実していたなあ。彼女抜きのこれからの生活で、あの充実感を得られるのかが今の私の一番の心配事だった。



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