もしかしたら、鏡の汚れかも知れない。そう思った私は鏡をお湯と石鹸で洗い、その後に自分の目も洗った。
「せーのっ」
顔をを上げてもう一度鏡を確認すると、やはり黒いハートはそこにあった。
「ドナベさん、このハートって」
「うん。トムやフリーダの頭に出てるのと同じ、僕と君にしか見えない好感度示唆のハートだよ」
「いやいや、おかしいでしょ!何で私が私に恋せにゃならんのよ!役割がシャッフルされたにしても流石にあり得ないでしょ!あ、まさか」
別の可能性に気付いた私は、土鍋を頭から外してお風呂場の床に置くと、ハートは私の頭上からスーッと離れて行った。
「やっぱそうだ!私じゃなくて、ドナベさんが攻略対象だったんだ!ほら、鏡!」
私は土鍋を手にして鏡の前に立つ。鏡に写った土鍋の上に間違いなく黒いハートが浮かんでいた。
「ワシが第三の攻略対象じゃー!」
鏡の前で変な事を叫ぶドナベさん。多分、ニホンの漫画の名セリフか何かなのだろう。
「いや〜、良かった良かった。まさかこの僕が攻略対象だとはねえ。完全に盲点だったよ」
「確かにそうだね。一番長く付き合いのあった人はドナベさんなのに、当たり前の様に候補から外していたよ」
「でもさ、何で最近までハートが出なかったんだろうね?僕がこの前お風呂入った時には、間違いなくハートは無かったよ」
「うーん」
私は、ドナベさんのハートが出るのが遅すぎた理由について考えてみた。すると、思い当たるフシが出るわ出るわ。
「あー…、コレは今まで出なくても仕方無かったのかも」
「雑炊、一人で納得してないで、説明してよ」
「あ、うん。まず、そもそも最初にハートが見える様になったのって、ドナベさんがハートについて言い出してからだよね?」
「そうそう」
「それまでの私、というか私とフリーダさん陣営って心を閉ざした状態だったじゃない?恋愛すんぞ!って鼻息荒くしていて恋愛どころじゃなかった」
恋しなきゃいけないと思っていたら恋なんて出来ない。それを気付かせてくれたのがトムで、それを解決してくれたのがフリーダさんだ。この二人からハートが出たのも、何か運命的なものを感じる。まあ、愛情ではなく友情とか感謝の思いだけど。
「要するに、君が自然体じゃ無かったからハートが出なかった。そして、攻略対象がシャッフルされていたのに気付かなかったから、ハートが出るのが遅れた。ここまでは分かるけど、僕がトムやフリーダより遅かったのは何でだろう?」
「それは、ハートの出る場所の性もあると思う」
私は、土鍋を頭に乗せた状態で周囲を見渡す。
「ほら、私達普段こんな位置関係だから、私には頭上のドナベさんのハートが見えないし、ドナベさんも自分のハートが見えない。他の人はそもそもハート自体見えない。だから発見が遅れた」
「でも、こないだお風呂で鏡見た時は無かったのは間違い無いよ。少なくとも、僕はフリーダより後なのは確実だ」
「それは、ドナベさんが私をおちょくったり、ホンワカパッ波で洗脳したりで全く信頼出来なかったからだよ」
「それを言うなら、君だって僕の土鍋を土に埋めたり洗ってない靴下を入れたりしたじゃないか!」
「何だと、やんのかオラァ!」
「上等じゃボケェ!」
その夜、私とドナベさんは今までの不満をぶちまけあい、寮母さんに叱られるまでの間本気で悪口を言い合った。
「…で、ハートがピンク一色になるまでは、土鍋を大切に扱うって約束を交わしたって訳」
「僕も雑炊で遊ばないと誓ったよ」
「ふえ〜、それは尊いですわ」
翌日の放課後、フリーダさん家で昨日あった事を話すと、彼女はキラキラした目でこちらを見ていた。何かいつもと様子が違う。
「雑炊さん、それってつまり雑炊×ドナベさんって事ですわよね?ジュルリ」
突然フリーダさんは謎の掛け算を言い出した。
「フリーダさんどうしたの?ヨダレ出てるよ」
「いえね、少し前世の事を思い出しましたわ。実はこのゲームには二次創作がありまして、そこではゲーム本編とは別のカップリングがされていたのですわ」
虹創作?エレン先生の必殺技かな?
「二次創作界隈では、ヒロインとお助け妖精のカップリングが一番人気でして、人間状態になった妖精とヒロインが世界を巡る話が特に有名で、私の推しのカップリングでしたわ。この世界は本家を元にしておりますし、妖精さんはドナベさんだしヒロインは雑炊だから見る事
は無いと諦めてたのですけど」
フリーダさんは勝手に喋り続けてどんどん早口になってくる。顔は貴族らしさが消え、鼻血を垂らしながら唾を飛ばして話し続けている。怖い。
「いやー、良かったですわ、えがったですわあー、これからはハートを染める為に二人共仲良く同じお布団で寝る事を推奨しますわ〜」
こいつ、フリーダさんに化けたスケベ忍者じゃね?そう思った私は、お喋りに夢中になってるフリーダさんの背後にそーっと回り込み、スカートの中を確認したが、屋上や下水道の時に見たのと同じ下着だった。ボンゴレは赤いふんどしだから、このフリーダさんは本物だ。
「ちょっと雑炊さん?何をやってますの?」
スカートの中に私が潜り込んた事で、流石にフリーダさんはこちらに気付いた。
「フリーダさんが変態忍者かも知れないと思ったから、確認してた。残念ながら本人なんだね。ちょっとショック」
「はわわ!こ、これは違うのですわ!ちょっと前世の記憶が暴走しただけで、私が腐ってる訳ではねえのですわ!」
「腐ってる?フリーダさんはアンデッドじゃないよね?」
「と、とにかく!攻略対象が確定したのなら、後はそのメンバーでダンジョン周回するのみですわ!」
自身の発言を誤魔化す為にか、フリーダさんは強引に話題を切り替えた。うん、さっきの話は聞かなかった事にしておこう。
「雑炊さん、ドナベさん、次回からは私・雑炊さん・トム・ドナベさんの四人でダンジョンを突破して、少しでも魔王戦の勝率を百パーに近付けていきますわよ」
「そうだね。好感度と経験値を着実に貯めて行こう。今は堅実なプレイをする時期だ。雑炊もそれで良いね?」
「…ううん、そのプランにはちょっと修正して欲しい部分がある」
私は、そろそろ言っておかなきゃならない事を切り出した。
「魔王の出るラストダンジョン、卒業の時までに、そこに一回行っておきたいんだけど」
「卒業前には入る許可を与え、私達と一緒に来て貰いますわ。それではいけませんの?」
「それよりも前に、魔王が現れる場所をこの目で確かめたいって言ってるの」
私は、フリーダさんに真剣にお願いした。
「…確か、イベントフラグでは…うーん」
フリーダさんはいつもの真面目な悪役令嬢顔に戻り、色々と考え込んでいた。
「もし好感度が足りない状態でルート確定イベントが発生してしまったら、いいえ、それ以前に進行不能バグが起こるケースも想定しないと」
またしても、私に分からない言葉を言い出すフリーダさん。でも、虹を創作するとか言っていた時とは違い、真剣だ。
「本来の仲間であるブーン様達やハコレンの生死は、ラスダンで中ボスをしていたシュビトゥバの立ち位置に誰か別の魔族が来る可能性も…ドナベさんはどう思います?」
「そうだね、僕としてはラスダンはまだ早いと思う。でも、言い出しっぺの雑炊の意見も確認しよう」
フリーダさんに話を振られたドナベさんは、私に質問する。
「雑炊がラスダンに行きたいって言い出したのは、何故だい?…いや、当ててやろう。君は、今向かえばワンチャン母親を救えるかも知れないと考えているんだろ?」
「流石ドナベさんだね。そうだよ。攻略対象が確定したし、魔王が出る場所が分かってるなら、今行っても問題無いと思って」
「確かに、ゲームより一年も早く行けば君のおっかさんは助かるかも知れない。でもね、前にも言ったけど、魔王はラスダンの最奥の更に向こうの別次元に居て、あちらから来るまでは絶対に会えないんだよ」
それは知っている。フリーダさんの部下がラスダンの最奥を監視し続けている事も、そこにはまだ何も現れていない事も知っている。
「私がそこへ行っても何も起きないかも知れない、本来まだ行けない場所へ行く事で、悪い事が起きるかも知れない。でも、良い事だって起こるかも」
「それは、あり得る。良いイベントも悪いイベントも、進行不能になる最悪の事態も、卒業まで魔王が現れない平和なケースすらあり得る」
「なら、悩んでるよりも、今やれる事をやってみようよ!」
私の説得とも言えない無茶な提案。正直、これが通るとは思っていない。と言うか、私自身おっかさんに会う覚悟と準備がまだ不足していると思っている。でも、今直ぐは無理でも、ここで布石を打っておけば、卒業よりは早い時期に解決する事に繋がるかも。そんな思いの提案だったのだか。
「そこまて言うなら、今から行きますわ」
「だね。雑炊、四十秒で支度しな!」
「ゑ?」
通っちゃった。