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第六十話【男女の友情は成立する模様】

 二人目の攻略対象が判明した事を説明した時のブーン様の顔は、それはもう漏らしそうなぐらい怖かった。

「まさか、平民の女にフリーダを寝取られるとはな。これが他人事であったなら、詩の題材に出来たのだが」

「ひいーっ、高尚な怒り方をしてらっしゃる!」

「雑炊は修道院と鉱山どちらに行きたい?選ばせてやろう」

「どっちも嫌でしゅー!助けてフリーダさん!」

 私は攻略対象御本人に助けを求める。

「ブーン様、鉱山送りは浮気男の末路ですわよ。この場合は娼館送りを告げるのが正しいテンプレですわ」

「そうか、フリーダは賢いな」

「この、悪役令嬢と腹黒スパダリがぁー!」

 もう駄目だ。私は何も悪い事してないのに、存在自体が犯罪者になってしまった。そう思いながら、替えのパンツのストックについて考えていると、私を睨んでいた二人が突然笑い出した。

「…フッ、ククク」

「ブーン様!?」

「ホーッホッホッホ!冗談ですわよ雑炊さん!ドッキリ大成功って奴ですわ!大体、雑炊さんがバッドエンド迎えたら私達も高確率でログな目に遭わないのですから、今ここでざまぁするはず無いですわよ」

 こ、怖かった〜。パンツ替えてこよ。


「フリーダさん、ブーン様、ドナベさん。これから私はどうすれば良いの?」

 トイレから戻った私は、次にすべき事について三人に聞いた。

「まだ見つかっていない、三人目の攻略対象を見つける為に、他の候補者とコミュニケーションを取って行くべきでずわ」

「それに加え、魔王との決戦に挑める強さを得るのだ。貴様は、奇策込ならば我らにも届く実力者だが、魔王相手に小手先の技だけでは不十分だ」

「後は、既にハートが出ているフリーダやトムと仲良くしてね。あ、トムには僕達の事は秘密のままで。あいつは、真実を伝えなくても色々察して協力してくれるだろうからさ」

 結論、恋に冒険にレベリング、頑張れ。

「おけ!やってやる!」


 それから、私の猛特訓が始まった。まずは基礎戦闘力向上。寮の庭でドナベさんとトレーニングだ。

「雑炊、まずはサフランの杖を自在に使える様になるんだ」

「おっかさんの杖って、そんな名前だったんだね」

「この杖は、魔力・腕力・杖技能の全てが高水準で無いと扱えない。取り敢えず振ってみて」

 私は杖を手にして振るが、一回振っただけでバランスを崩して地面にぶっ倒れた。

「この杖、やっぱクソ重い!フリーダさんはこの杖どうやって扱ってたの!?」

「多分、重力操作だろうけど…今度本人に会った時に聞いておこう。今はこの杖をとにかく素振りして、足りないステータスを補うんだ」

「ふんがー!」

 魂焼覇気の後に、真実を告げられた時は火事場の馬鹿力みたいなものが湧いてきていくらでも振り回せたけど、あんな力は好きな時に出せるものじゃ無いし、そもそも魔法の杖としての使い方じゃ無い。

「ふんっ!ふんっ!ふんもっふ!」

 グキッ。

「腰かぁー!」

「ああっ、雑炊がヒロイン失格さ姿勢で地面に蹲った!」

 大丈夫か私?間に合うのか私?


 またある日は、トレーニングと攻略対象探しを兼ねてリー君やタフガイと一緒に訓練したりもした。

「ねえ、タフガイみたいに身体を大きくするにはどうすれば良いの?」

「肉食って、鍛えて、いいベッドで寝る!そんだけたぁ!」

「ドナベさんの言ってる事と一緒だね。ドナベさんもB級冒険者から上に行くなら、食事でステータスを上げないと厳しいって言っていたよ」

 逆に言うと、学園生活前半はお金は装備品の為に回して、ひたすら特訓しているのが正解だった。私の成長と時間の経過で訓練の最適解はその都度変化する。大事なのは、今必要な事を見極めて集中する事。

「ところで話変わるけどよぉ?オレやリー君の頭に『くれぇはぁと』とやらは見えたのかぁ?」

「ううん、全然。やっぱり攻略対象は三人共別人にシャッフルされたんだと思う。その豚肉ちょうだい」

「ウインナーと交換ならいいぞ」

 お互いの欲しい肉を交換して食べる。何と言うか、すっかり普通の友達になってしまったのだと思った。

 不思議なもので、攻略対象の目がほぼ完全に消えたからこそ、逆にタフガイと仲良くなった気がする。

「モグモグ。何かさー、一年生の時からは考えられないぐらい仲良くなった気がするよね」

「あん時は、お互い目的を隠して接していたからなぁ。そーゆーの向いて無かったんだな。オレもおめぇも」

「分かる」

 楽しい食事を終えたが、やはりタフガイの頭にはハートは浮かばなかった。

「すんませーん。お会計」

「私、半分出すね」

 ハートは出なかったが、それはそれとして、食事は楽しかった。

「タフガイ、あのさ」

「なんだ?」

「乙女ゲームのやらなきゃいけない事を全部済ませたらさ、またこのファミレスに来ない?」

「おう!それなら店を貸し切って全員呼ぶのはどうだ?」

「いいねそれ。私、タフガイ、フリーダさん、ブーン様、リー君。それからエレン先生と男爵様と寮母さんも呼んでいいかな?後は…トムと触手先輩も一応」

 おっかさんの名前が口から出そうになるのを、私は何とか誤魔化した。今はまだ、おっかさんの安否を考えただけで不安になるからだ。

「ファミレスで打ち上げするアイデア、フリーダさんにも話してみるぞ!そんじゃ、また明日学校でな!」

「うん!」

 タフガイと別れると、頭の上でカタカタと土鍋の蓋が鳴った。ドナベさんがご機嫌斜めなサインだ。

「なーにを、無駄に青春してるんだか」

「メンゴメンゴ。ドナベさんを打ち上げメンバーに入れるの、ナチュラルに忘れてた」

「僕が怒ってるのは、そこじゃ無いよ。あーいう、カワイイ女の子ムーブは攻略対象や攻略対象候補相手にやれって言いたいの」

「カワイイ?ドナベさん、今私の事カワイイって言った?」

 何かの聞き間違いだろうか。ドナベさんの口から、あり得ない評価が飛び出した。

「まあ、最近のタフガイやリーと友情トレーニングしている時の君は、割と原作っぽかった。雑炊じゃなくてカトちゃんって感じだったよ」

「カトちゃんかー。何だかすっごく懐かしい響き。もう一回言って」

「はいはい。カトちゃん」

「くーっ、テンション上がるーっ!もう一回」

「カトちゃん」

「アンコール!アンコール!もっとカトちゃんって呼んてー!愛を込めて!」

「カ・ト・ち・ゃ・ん♡」

 三度目に聞こえたのは、男の声だった。

「スグニィィ!!欠闘の約束はどうしたー!」

「いつものファミレスでチーズドリア食ってたら、カトちゃんとタフガイが来たんだよ。んで、店を出たら『カトちゃんって読んで』と一人で叫んでたから、俺様の事呼んでるのかなーって。最近、忙しそうだけど何かあったのか?」

「呼んでないし、お前には関係無い!帰れ!お巡りさん呼ぶよ!」

 こういう勘違い男には、ハッキリとお前は脈無しと言っておかねばならない。私が、毎度の如く拒絶すると、スグニはトボトボと去って行った。

「全く、馴れ馴れしいにも程があるよ!何で何度も無理って言ってるのに絡んでくるんだろうね?」

「多分、雑炊がタフガイとも仲良くなったから、自分も今ならイケるんじゃないかって浅はかな考えで近付いて来たんだよ」

「そうだね。きっとドナベさんの言う通りだよ。さあ、あんな奴の事は忘れて他の私と関わりの深い男を、何なら女も攻略対象か確認しにガンガン行くよ!」


 リー君!

「この僕が作ったエリキシルポショーンが認可されてポーションになるには、一定数の治験が必要です。なので、毎日の訓練後に飲んで下さい」

「まずい!もう一杯!」

 魔力が上がった!闇魔法技能が上がった!ハートは出なかった!


 (元)男爵様!

「C組の生徒が不登校になってな、不登校経験者のカトリーヌンの意見を聞かせてくれないか?」

「不登校じゃ無くて、休学って言ってるやろがい!」

 内申点が上がった!ハートは出なかった!


 プリンちゃん!

「ハアハア、や、やったあ〜。一人で一時間走る事が出来たよ〜」

「わ、私も一人で一時間で化粧出来るようになったよ〜」

 その他生徒からの評価が上がった!カワイイが上がった!ハートは出なかった!


 デール先生!

「最近は、水責めの水流で歯磨きとシャワーを済ませてます」

「ちょっと私も体験していい?」

 HPが上がった!氷属性に強くなった!何かに目覚めた!ハートは出なかった!


 エレン先生!

「さっちゃんが大食いチャレンジした店がまだあるけど、行ってみるのねん?」

「イクイクー!」

 体重が増えた!サフランの杖を少し扱えるようになった!ハートは出なかった!


 受付のお姉さん!

「B級ライセンスまで来ちゃったわね。学生としては、実質最上位よ」

「うっひゃー!金色のカードだ!ペロペロペロペロ」

 冒険者ランクが上がった!冒険マートが5%オフで買い物が出来る様になった!ハートは出なかった!


 ブーン様!

「来い」

「はい!」

 テリウス流剣術を通して魔王を想定した戦闘を経験した!全ステータスが上がった!ハートは出なかった!


「ドナベさん、私強くなったよ。皆との絆が私を強くしたよ」

「ああ、今の君なら辿り着くエンディングさえ考慮しなければラスボスに挑んでも問題無い強さになっている。けど…」

 トムとフリーダさんと、クエストや学園生活を通してハートが下半分ぐらいピンクになっても、三人目の攻略対象は見つからなかった。いや、候補はまだ一人居る。私との関わりで言うとかなり上位なんだけど後回しにしていたその最後の一人と今日一緒にダンジョンに行く。

「カトちゃん、やっと俺様の魅力が分かってくれたのか♡」

「語尾にハート付けんな!ちょっと確認したい事があるから、一回だけダンジョン付き合え!」

 私は後回しにしていたスグニを連れて、B級最難関ダンジョンの依頼を受けに行った。


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