攻略対象ではないトムの頭に、ハートが浮かんだという異常事態。ドナベさんと話していても埒が明かないから、私は頼れる方の転生者に相談しに行った。
「フリーダさん!私、黒いハート見たの!男の頭の上に!」
「そう…、苦節一年、遂に雑炊さんが攻略対象の好感度を上げるのに成功したのですわね。お赤飯炊きますわ。それで、お相手はリーさんとタフガイさんのどちら?」
「トムだよ!何か知らないけど、攻略対象にかすりもしない、ネームドモブのトムに好感度が表示されちゃったんだよ!」
「あ、そっちのパターンでしたのね。お赤飯炊きますわ」
フリーダさんは、こうなるケースを想定していたかの様に、リアクションが薄かった。
「フリーダさん?これ割とシャレにならない異常事態な気がするんだけど、何で落ち着いてるの?」
「私、こうなる可能性も想定してましたわよ。雑炊さん、これまでを思い返してみなさい。様々な役割がシャッフルされていたでしょ?」
確かに、触手先輩が触手先輩になったり、フリーダさんが味方でデール先生が敵になったり、ゲームの世界のイベントは発生しつつもキャストがズレていた。元のキャストを知らない私が言うのもアレだけど。
「雑炊さんがヒロインな事は間違い無いのですが、攻略対象があの三人のままなのかは分かりませんでしたわ。以前は好感度が上がらない様に、私が仕向けていましたけれど、協力関係を築いた今も一向に成果が出ないから、もしかしたらとは思ってましたわ」
「つ、つまり、三人の攻略対象の一人がトムになっちゃったって事?」
「その可能性は高いですわ。だって、貴女とトムって結構お似合いですもの。少なくとも、ブーン様よりは釣り合いがとれてますわ。よかったですわね〜」
フリーダさんは、めっちゃ嬉しそうだった。それはきっと、世界を救うハーレムルートの糸口が見つかったからだけでは無いのだろう。
「フリーダさん…、そんなに私とブーン様のフラグが消えたのが嬉しいの?」
「ホーッホッホッホ、あったり前ですわ!婚約者を平民に取られる未来を想像し、毎日夜しか寝られませんでしたわよ。もし、雑炊さんが後少しクズだったら、ハコレンごと潰そうと思ってましたわ」
「酷い!この悪役令嬢!」
「でも、まだ安心出来ませんわね。攻略対象が三人共別人になったのか、ブーン様・リーさん・タフガイさんの中から一人だけトムと入れ替わったのか分かりませんもの」
そうだ。今の状況は私の好みやフリーダさんの婚約云々で済む話では無い。もし、攻略対象が三人共全くの別人になっていた場合、フリーダさんとブーン様のカップルにとっては嬉しい事かも知れないが、私と世界がピンチだ。
「フリーダさん、後二人の攻略対象がどこの誰か分からないのってヤバく無い?」
「ヤバくてよ。ですが、ヒントはありますわ。攻略対象は、これまでの学園生活で貴女の傍をウロチョロしていた人物に絞って良いと思いますわ。ヒロインと攻略対象は惹かれ合うってヤツですわ」
確かに。思い返せば、モブであるトムが私と一番会話していたのも、攻略対象に選ばれていたからかも知れない。
「えーっと、タフガイ、デール先生、触手先輩、ブーン様、リー君、男爵様、モヒ、ボルト、ボンゴレ」
私は入学後に縁のが出来て名前を覚えている男性を順番に口にする。
「残り二人の攻略対象は、この中にいる!」
「その可能性は高いですわね。取り敢えず、さっき挙げた全員にアタックしていって、ハートを出して攻略対象を確定させて下さい。私は、全員ハズレだった時に備えて、他の候補者を探しておきますわ」
「おけ!」
こうして、次の方針が決まった。魔王復活まで後一年と十ヶ月。それまでに攻略対象が誰かをハッキリさせて、全員の頭のハートをどピンクに塗り替える!しかし、それには問題が一つある事に私は気付いた。
「フリーダさん、大変な事に気付いたよ!」
「何ですわ?」
「私の周りの男…ロクなの居ないよ!さっき挙げた連中の半分以上は、恋愛対象にしたくない奴!」
「え、えーと、付き合っていたら、その内に良い部分も見つかりますわよ。それでは、私はブーン様とダンジョン管理のお仕事があるので失礼しますわ〜。良い出会いをお祈りしてますわ、ホーッホッホッホ!」
こ、この野郎!他人事だと思って好き勝手ほざいて逃げやがった!メンタルを激しくやられた私は、このまま公爵家ゲストルームでスヤスヤしたかったが、世界の為、私自身の為に立ち上がらなきゃならない。
「世界の為にガンバルンバ!…いや、それじゃ駄目だ彼らの事を好きにならないと」
トムからの警告を思い出し、私は義務感では無く、彼らに友情や親愛を抱く為にいい所探しをするが、やっぱり好きになれる要素が皆無なのが何人か居た。辛いです。
「取り敢えず、可能性の低い奴から潰して行くか」
私は、候補者の中で絶対に無いわと思った三人をダンジョン攻略に誘う事にした。
そして迎えた休日。彼らは約束通りに冒険者ギルドに集まってくれた。
「ヒャッハー!ここは俺達の待ち合わせの場所だぜ〜?」
絶対無し男その1、モヒ・カーン。芋煮会スタンピード編で私に絡んできたプロ冒険者。見た目が雑魚だし、口臭いし、若ハゲだし、絶対無しと確信を持って言える。
「おいカス、今日の依頼手伝ったら、公爵家に紹介してくれるって、ホンマやろなぁ?」
絶対無し男その2、ボルト・フォン・アンペア。卒業シーズンだよ魂焼覇気編で私の一回戦の相手をした奴だ。無駄にプライドが高く、ストーカー気質というかストーカーで、魔族化してないのが不思議なぐらい性格が終わっている。無い。こいつも絶対に無い。
「ムッフ〜!拙者はおなごのコレクションが増えれば何でも良いでゴザル」
絶対無し男その3、ボンゴレマル・コーガ。私との絡みはボルトと同じく魂焼覇気の時のみ。好みの女の子をコピーしてそっくりに化ける変態。キモい。絶対に無い。
「雑炊殿ー!触らせて欲しいでゴザル!今度こそお主の身体を拙者の」
「稲妻キーック!」
グシャァ!
「アリガトウゴザイマス!」
股間を押さえて悶絶するボンゴレを視界に入れない様にして、私は皆に今回の冒険の説明をする。
「えー、まずは今日は私の為に集まってくれてありがとう。これから挑むダンジョンはC級冒険者で無いと厳しいボスを撃退して希少なダンジョン資源を取って来る仕事だよ。私一人じゃ厳しいから、皆の力が必要なの!」
「ヒャハー!お宝は貰ったぜぇー!」
「ワイが一番乗りやー!」
「美人の女魔族ー!」
私の話に聞く耳持たず、無し寄りの無しな三人は各自勝手に別方向へ走り出した。
そして、三人がいなくなった後、ドナベさんが私に話し掛けてきた。
「あいつら、揃いも揃って自分勝手だね」
「でも、おかげで作戦を実行出来るよ。ドナベさん、今回も案内宜しく」
「そだね。今の内にメンチカメレオンの所まで行こうか」
このダンジョンには、メンチカメレオンという冒険者そっくりに化けるレア魔物が存在する。情報無しに挑むとパーティを引っ掻き回すかなりやっかいな強敵となるのだが、種が割れていればそれ程恐ろしくは無い。そして、私ソックリに変身したメンチカメレオンを攻略対象と力を合わせ倒す事で好感度は大きく上昇するという。
「と言うかさぁ、好感度稼ぎに便利なこんなボスが居るなら、ブーン様達相手に使いたかったよ!」
「あの三人は、とっくにフリーダと一緒にこのイベント済ませてたみたいだからね…」
「ぐぬぬ、あの悪役令嬢めー!あ、この辺かな?」
ダンジョンの中で一際空気がどんよりとしている場所、そこに奴は居た。飛び出た目でこちらをじっと見つめている、巨大なトカゲ。このダンジョンのレアボス、メンチカメレオン。略してメンチンだ。
「雑炊、まずはコイツの体力を半分削るんだ。メンチンは、相手の方が強いと認めないと変身を使わない」
「おけ!きやがれ、メンチン!」
私はサンダーロッドを構え、メンチンに挑む。おっかさんの杖はまだ上手く扱えないから、相変わらずこちらが私のメイン武器だ。
「どすこいどすこいどすこーい!」
バチバチバチバチ!
「ギョゲー!」
メンチンの伸びるベロを避けながら、着実にダメージを与えていく。メンチンはC級クエストの隠しボスなだけあって、ごるびんを一回り強くした様なステータスだが、今の私なら第一段階は問題無いとのドナベさんのアドバイス通り、問題なく戦えている。しかし、本番はここからだ。
「ギョギョギョー!」
このままでは狩られると思ったメンチンが変身魔法を使い、私そっくりになった。そして、それを待っていたかの様に、好き勝手に探索していた三人がこちらに集まって来る。
「雑炊、どないしたんや?な、なんや?雑炊が二人」
「何と言う…何と言うエロスなシチュエーションでゴザルか!」
「ヒャッハー!本物は返事しやがれ!」
予定通り『絆確認イベント』の流れになって、私は心の中でガッツポーズした。これは、二人以上でこのダンジョンに入り、単独行動をした時にだけ発生する隠しイベントで、本物の私と私に変身したメンチンを仲間が見事当てたら好感度大幅上昇というものだ。もし、こいつらが正解したら、ハートがポンと出る事間違いナッシン!
「「皆ー、本物は私だよー!!」」
私と私に変身したメンチンの声が綺麗にハモる。だが、少し考えればどちらが本物かは一目瞭然だ。本物の私はサンダーロッドを持ち頭にはドナベさんの入った土鍋を乗せているが、偽物には無い。アホな事してる彼らだって、地頭は悪く無いのだから少し考えれば気付いてくれるハズだ。
「どうすべきか分かったてゴザル!」
そう言い、ボンゴレが真っ直ぐ私の方へ駆け寄った。そうそう、それで良い。そして、ボンゴレは私に触れると私ソックリに変身した!
「ちょ、何してんのアンタ!」
「双子が百合百合してるなら、その間に混ざって三つ子百合になるのが正解でゴザルよ」
意味の分からない事を言いながら、ボンゴレは私に抱きつき頬擦りをする。
「やめーい、キモイキモイキモ、あっ」
ドンガラガッシャン!
私はボンゴレを振り払おうとしてバランスを崩し、三人揃って地面に倒れた。その拍子に私の手を離れるサンダーロッドと土鍋。他人から見たら区別の付かない三つ子が完成してしまった。