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第五十四話【魔力マックスマジマンジな模様】

「お待たせしました!遂に決勝戦が始まります!かたや、ぶっちぎり一番人気フリーダ・フォン・ブルーレイ!かたや、大穴雑炊!誰がこの決勝戦を予想したでしょうか!飛び交うハズレ投票券が、このカードの意外性を証明してます!ゴミを投げないで下さいってば!」

 ハズレ投票券が宙を舞う。私は大会参加者だから買えなかったけど、もし勝者予想をしろと言われたら、皆と同じ様にフリーダさん対ブーン様の決勝を予想していただろう。

「それでは、キマイラの方角よりフリーダ選手、ケットシーの方角より雑炊の入場です!」

 私は静かにリングインして、フリーダさんを見つめる。大丈夫、落ち着け私。彼女へのグチャグチャな思いは今は忘れて集中するんだ。

「ホーッホッホッホ、良くぞ、良くぞここまで勝ち上がりましたね。勝負の前に回復して差し上げましょう!はいっ、リザレクション!」

 なんと、フリーダさんは戦いの前に私に回復魔法を使ってきた。開始前の攻撃や攻撃準備は反則だが、対戦相手を回復するのは反則にはならない。

「…何を考えてるの?」

「一回戦と二回戦の怪我が無かったら勝てたかも、とかそういう言い訳を無くしたかっただけですわ。後、こーゆームーブ昔からやってみたかったんですわよ。魔力回復のポシーョンもいかがですわ?」

 今度は私にポシーョンを差し出すフリーダさん。国から安全だと承認された飲み薬全般をポーションと呼ぶが、それに対し国からの承認を受けていない飲み薬はポシーョンと呼ばれている。

「ポシーョンって事は、これフリーダさんのオリジナルブレンド?」

「私が発案し、リーさんが調合した魔力マックスマジマンジポシーョンですわ」

 私はポシーョンの蓋を開けて、指を飲み口に突っ込み、指先に付いた少量の薬を味見する。

「毒は入ってないみたいだね」

「このフリーダ・フォン・ブルーレイは、そんな卑怯な手は使いませんわ。手は主にビンタで使いますわよ」

「そう言われても、信用し切れない。半分飲んで」

「よろしくてよ」

 フリーダさんにポシーョンを返すと、彼女は何のためらいも無くポシーョンをキッチリ半分だけ飲んてみせた。どうやら、本当に毒は入ってなくて、完全に善意でポシーョンをくれたみたい。

「ごめん」

 私は一言謝ると、ポシーョンの残り半分を飲み、リングサイドに居たプリンちゃん(本物。二回戦終了後、ボンゴレの控室で発見された)に空き瓶を渡す。

「双方宜しいか?では、始めィエエエエガアアアア!!」

「あ、タンマですわ」

 ポシーョンを飲み終わったのを見て、レフェリーが開始の合図をするが、フリーダさんがそれに待ったをかけた。

「決勝戦を始める前に、一つ提案がありますわ。この勝負、欠闘も兼ねませんこと?」

「まさか、フリーダさんからその提案をしてくるなんてね。フリーダさんが黙っていたら、私から頼んでいた所だよ」

 私は今、フリーダさんから欲しい物があるし、聞きたい事も一杯ある。

「雑炊さんが勝ったら、あの杖を差し上げますわ。後、杖を手に入れた経緯もお話しますわよ」

「私は何を対価とすれば良いの?」

「全部、隠してる事を私に話しなさい。全部ですわよ?そして、お友達になりましょう?」

 とても怖い笑顔でフリーダさんはそう言った。やはり、フリーダさんには嘘は通じない。ドナベさんには辿り着いていなくても、私が誰かの指示て動いてるで事ぐらいまでは気付いてるのだろう。

「雑炊、この提案乗っちゃ駄目だ。負けたら失う物が大き過ぎる」

 ドナベさんが提案に乗るなと囁く。しかし、私の答えは既に決まっていた。

「その提案、乗ったあ!これで、おっかさんの杖は私のものー!ゲーへへへ」

「雑炊、おい雑炊、僕の話聞いて」

「黙っててドナベさん、声を聞かれたら、それこそ終わりだよ。要は勝てばいーんでしょ」

 こうして、魂焼覇気一年の部決勝戦は互いの大事な物を賭けた欠闘も兼ねる事となった。私とフリーダさんは、開始の合図をしたくてウズウズしていたレフェリーに、目配せすると、彼はジャンピングチョップを繰り出しながら開始の合図をした。

「始めエエエエーバンゲリョオォオンンンンン!!」


 決勝を飾るに相応しい、過去一の奇声が響くと私とフリーダさんは同時に便座を取り出した。

「闇の精霊よ!」

「氷の精霊よ!」

 私は闇と光の属性の反発を利用し、フリーダさんは床を凍らせて摩擦を無くす事で便座を移動手段とした。

「ライトニング!」

「アイスショット!」

 杖で床を叩き高速移動をしつつ、魔法を放ち続ける。魔法の威力はフリーダさんが圧倒的だが、当たらなければどうって事は無い!

「やりますわね雑炊さん。この私のスビードに着いてこれているとは」

「熟練度の差だよ。私は杖をこの一年で何十本も折ってきた。だから、杖で地面を蹴って移動する勝負なら、フリーダさんにも負けないよ」

 加えて、フリーダさんは杖の形状でも不利になっていた。おっかさんの杖は多分この世界最強レベルの杖なんだろうけど、便座移動の補助に使うには大きくて重すぎる。

 お互いがリングの対角線上を移動し、中級魔法を撃ち合う勝負は、徐々に私の有利に傾いていった。

「くっ、私の便座はここまでの様ですわね」

 何度目かの被弾でとうとうフリーダさんの便座に限界が訪れ、粉々に砕け散る。フリーダさん本人には全くダメージは通って無さそうだが、これで私が一方的に…、そう思った瞬間、私の便座も一瞬で砕け散った。

「うひゃあ!な、何で私の便座も?」

「ホーッホッホッホ、便座って結構低温に弱いのですわよ。私は便座含めて全身を氷耐性のあるバリアで覆ってましたけれど、雑炊さんは冷気対策が不十分だったみたいですわね」

 フリーダさんは攻撃・移動・バリアの三つを同時にこなしていた様だが、私にはそんな器用な真似をするテクニックも魔力量も無かった。攻撃と移動の二つが限界。やっぱ、フリーダさんは凄いな。

「それでは、お互い便座を失った事ですし…そろそろ行きますわよ」

「来いや」

 お互いほぼ同時に高速移動の手段を失った私達は、インファイトに移行する。リング中央に辿り着いた所で、フリーダさんが右手を高く上げる。

 私を幾度となく苦しめてきたビンタと氷結魔法の二段攻撃だ。前回は前転でこれを回避しようとしたが、その結果はジリ貧になっての惨敗。前転ではこのビンタを攻略出来ない。ならば、どうする?


 こうする。


「「セイッ!!」」

 バシーン!バシーン!

 リング中央で二発のビンタ音が炸裂する。フリーダさんは私より背が高いがそこまで差は無い。フリーダさんのビンタが私の顔に届く時、私のビンタもフリーダさんに届くのだ。

「やった!遂にフリーダさんに一撃入れた!」

「…ふっ、どうやら恐怖を乗り越え正解に辿り着いたみたいですわね。ならば、ここからは我慢比べですわね。地獄のビンタラッシュに耐える覚悟はよくて?」

「そっちこそ、殴られ慣れて無いだろうから、泣いても知らないよ?」


 バシーン!バシーン!バシーン!バシーン!バシーン!バシーン!バシーン!バシーン!バシーン!バシーン!バシーン!バシーン!バシーン!バシーン!


 意地の張り合いのビンタラッシュ。

「顔が腫れて、お化粧が崩れましたわ…」

 眼の前のフリーダさんの顔がどんどん赤くなっていく。ダメージは着実に積み重ねている。

 だが、私の顔面はそれ以上に悲惨な事になっていた。

「前が、見えねえ…」

 物理プラス氷結によって、私の顔面は内出血やしもやけで本当にエラい事になっていた。自分の顔がどうなってるかを確認する余裕は無いが、レフェリーや観客の反応で大体察せられる。

 私も、物理プラス電撃で同じ数のビンタをしているのだが、対抗戦の時みたいに雷耐性を上げているのだろう。フリーダさんのダメージは私程では無かった。

「ここまで良く頑張りましたわね。ですが、勝負は決しましたわ。このまま続ければ、自力と耐性の差で私が…はぅあ!」

 ピーゴロゴロ。

 トドメを刺すべく右手を大きく振り上げたフリーダさんが、突然お腹を押させて苦しみだした。

「フッフッフ、どうやらポシーョンに仕込んだブツが効いてきたみたいだね」

「何をしましたの!?」

「オイモバーだ」

 試合前、ポシーョンを受け取った私は、蓋を開けてオイモバーの欠片を中へ混ぜ込みフリーダさんに飲ませていたのだ。

「そんな物を私に飲ませたのですわ?キュアーポイズン!…駄目ですわ!毒じゃ無いから治りませんわ!」

「グエーヘッヘツ、毎日上品な食事している貴族様には、ジャンクフードはキツかろー?トイレはリング外だよ?苦しいなら行けば…はうあ!」

 ピーゴロゴロ。

「何故か私にも地獄の腹痛がぁー!?フリーダさん、一体何をしたの!?」

「ポシーョンがぶ飲みして、試合中ずっと私の冷気でお腹冷やしていたら、そうもなりますわよ」

「まさか、フリーダさんも腹痛リングアウト狙いを!?」

「ホーッホッホッホ、ここからは別の意味の我慢比べですわね」

 魔法とはイメージである。頭が便意で一杯になった私達は、最早何の魔法も使えない状態となっていた。

 五分後、私達はその場でピョンピョンとジャンプしながらお互いの顔色を伺っていた。

 十分後、私達は床に倒れ込みお腹を押さえてじっとしていた。

 十五分後、私達は土気色の顔でお尻を押さえて震えていた。

 そして、二十分後。遂にフリーダさんが限界を迎えた。肉体の限界では無い。精神の限界だった。

「ノブレス・オブリージュですわー!」

 そう言って、自分の居場所からキマイラの方角の通路までを凍らせ、パイプオルガンみたいな放屁音をお尻から奏でてリングから消えた。彼女は公爵令嬢。人前で醜態を晒すのは、敗北以上にしてはならない事だった。

「勝った…、庶民の勝利だ…」

「勝負ありー!!」

「ひっ」

 レフェリーの大声に驚いたショックで、私は限界を迎え気を失った。

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