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第五十二話【伝説の再来な模様】

「その杖、どこで、いや、そんな事もどうでもいい!それは、私のおっかさんのだから、返して!」

 無茶苦茶な事を言ってるのは自分でも分かってるが、止められ無かった。ダンジョンて回収された遺品は、それを入手した冒険者に所有権がある。だから、この杖はもうフリーダさんの物。でも、口と手が勝手に動く。

 いつか、自分自身の手でおっかさんが最後に見た景色に辿り着く。その夢があっさりと、予想だにしない時と場所で奪われてしまった。

 おっかさんの杖がとっくの昔に発見され、他人の手に渡っていた。そこまでは別に良い。でも、フリーダさんがそれを今まで隠し持っていたのが大問題だ。

 彼女の持つ情報網なら、この杖が誰の物だったのかは分かっていたはずだし、私が冒険者学園に入った目的も知っていたに違いない。それなのに、黙っていた。

「この一年、助けてもらって、勝負して、共闘して、漸く信頼出来る人だと思えてきたのに、何度目だよ!フリーダさんが、私の事をどう思ってるのかまた分からなくなった!」

「雑炊さん、落ち着いて。こんな程度で取り乱しては、この先やって行けませんわ」

「この程度って何よ!私の人生でこの事より重大な事があるってのなら言ってみてよ!何も知らない癖に!」

 今直ぐこの場でドナベさんを呼び出して、全部ぶちまけたかった。私がゲームのヒロインな事も、フリーダさんと卒業までに殺し合う事も、抱えてる秘密を全部晒す事が出来たなら、とてもスッキリすると思った。

 でも、それをしたらドナベさんの言っていた物語の流れが完全崩壊し、王国ごと全員不幸になる未来になってしまうかも知れない。

「あー!うー!」

 言葉に詰まり唸っていると、誰かが私の肩を掴みフリーダさんから引き剥がした。

「邪魔しないで!…あっ」

「邪魔をしているのは、どう見ても貴様だろう」

 私をフリーダさんから引き剥がしたのは、ブーン様だった。

「年に一度の魂焼覇気の真っ最中に、参加選手への試合外での暴行未遂か。控室へ乗り込んての挑発行為までは見逃してやったが、これ以上は見過ごせぬ」

「ひ…、ご、ごめんなさい」

 ブーン様に睨まれた私は、途端に冷静になり萎縮してしまう。我ながら情けないが、彼が止めてくれなかったら大事になっていただろう。

「私の婚約者に文句があるのなら、然るべき時と場所を選べ。決勝戦のリングでなら、存分に暴れて構わん。決勝に上がれたらの話だがな」

 そう言い、ブーン様は私をフリーダさんから離れた観戦席に連れて行くとリングへと向かった。私は、あまり怒られなかった事に安心すると共に、ブーン様のカッコ良さを再認識した。

 私がフリーダさんに絡んてた時、ブーン様は次の試合の入場の為に離れた通路に居たのに、真っ先に駆け付けた。流石はこのゲームの攻略キャラ筆頭。こういう所でバシッと決めてくる。

 ちなみに、反対側の通路に居たスグニは私とフリーダさんの言い争いに気付くも、遠くでオロオロしてるだけだった。流石は引き立てクズ男子筆頭。こういう時、ガクッと男を下げて来る。まあ、スグニは欠闘の約束があるから、私に近付けなかったのかも知れないけど。

「間もなく二回戦第二試合、ブーン選手とスグニ選手の試合が始まります。元学年二位と現学年二位の対決、きっと白熱した戦いになるでしょう!」

 ゲオルグ先生は赴任したばかりだから、スグニが二位だった理由を知らず的外れな解説をしていた。アイツは何か良く分からないコネで二位になってただけの雑魚だ。実際、欠闘で私に完敗してるし。

「ほほー、何かブーンと俺様がいい勝負するだろうってアナウンスしてるみたいだせ?期待に応えなきゃいけねえよな?」

「そんな事を思っているのは、お前とゲオルグ先生だけだ。私は、観客の九割が期待している圧倒的勝利を達成するとしよう」

「始めエエェェチェケラッチョー!」

 レフェリーの開始の合図。その直後ブーン様は見覚えのある動きをした。右手を高く天へ掲げ、空間がぐにゃりと歪む。

「おいおい!お前もそれ使うのかよ!」

「フリーダから習った」

 アイテムボックスを使ったブーン様の右手には、凄く凄い剣が握られていた。詳細は分からないけど、ブーン様がわざわざあんな演出までして取り出した剣だ。きっと凄く凄い剣なのだろう。見た目もブーン様に相応しい美麗さだし。

「これは『テリウスブレード』。かつて魔王を倒した英雄テリウスが使っていた剣を、現代技術で再現した一品だ」

 ブーン様は、観客の為に剣の説明をしてくれた。それだけで無く、私の方を向くと更に説明を続けた。

「雑炊よ、聞いているか?お前はフリーダに挑みたい様だか、その為には私に勝たねばならん。本気の私にな。今から、この男を相手に私の本気を見せてやるから、そこで見ているがよい」

「俺様は試し切りの相手かよ!ヒールレイン!」

 スグニは即座に身を屈め、ヒールレインを発動。まだ攻撃を受けていないが、斬られてからでは回復が追い付かないと判断したのだろう。そして、その判断さ正しかった。

 ザンッ!

「んがっ…!」

 スグニが汚い悲鳴を上げて出血する。それを見た事で、観客達はブーン様が剣を振るったのだという事実に初めて気付く事が出来た。冒険者登録試験の時よりもずっと速い。これが、ブーン様のフルスピード。私は、これに勝たないとフリーダさんに挑めないのか。

「ハア、ハア、ハア、あー死ぬかと思ったぜ」

 左肩から斜めに斬られたスグニは、ヒールレインの効果で回復したが、一撃受けただけで相当苦しそうだ。

「今のがテリウス流剣術、一の太刀。そしてこれが」

 スバアッ!

「二の太刀だ」

「ンキャアァァァァァ!」

 向かってくるブーン様に怯え、身体の前面をガードするスグニ。だが、斬撃は後ろから発生し、スグニの背中を切り裂いた。

「斬撃をアイテムボックスへ収納し、相手の死角から取り出す。これが二の太刀だ。雑炊よ、私と戦う時はこの二つの斬撃に注意して戦うと良い」

 いや、どないせえと!?勝てるかこんなん!というか、対戦相手としてすら見て貰えないスグニが哀れ過ぎる。

「続いて三の太刀」

 ズガガガ!

「はひいっ!」

「四の太刀、そこから繋ぐ五の太刀」

「ぎゃー!」

 その気になればいつでも倒せるのに、観客(主に私)への実力披露の為に、スグニの回復を待っては倒さない程度に痛めつけている。やってるのが皆のアイドルブーン様で、やられてるのが皆の嫌われ者スグニだから許されてるが、酷い絵面だ。

「ハア、ハア、ハア、おいブーン!フリーダやカトちゃんにカッコいい所見せたいのは分かるが、俺様がサンドバッグしてやれるのにも限度があるぞ!」

 スグニは満身創痍。回復が追いついておらず、リング内に降り注がれていた雨も殆ど止んでいた。

「安心しろ、これで最後だ。テリウス流剣術、最終奥義」

 ブーン様はコーナーへと飛んだ。やはり、最後に使うのはあの技か。

 それは、この国に住む者なら誰もが知っているおとぎ話。勇者テリウスと魔王の最後の戦いで、テリウスは魔王の弱点である頭部に斬りつける為に、ダンジョンの壁を蹴り天高く跳躍し剣を振り下ろした。

 私達はその技を絵本や演劇の中でしか知らなかった。誰もが憧れ、誰もが辿り着けながった最強の剣技。それが今、ブーン・フォン・アークボルトという一人の天才の手によって!

「セイントブレイどおおおお!?」

 最強の剣技は再現されなかった。ブーン様がコーナーを蹴った直後、リングの床ごとコーナーが崩れ、バランスを崩したブーン様を横から突風が襲ったのだ。


 どんがらがっしゃん。


 崩れ落ちたコーナーと共に、リングアウトするブーン様。リングに残ったのは、手から突風を出し、してやったりといった顔をしたスグニ。

「…あ、し、勝負あり!納得いかないか勝者スグニ!」

 呆然としていた審判が、我に返りスグニの勝利をコールする。

「見たかブーン!実は俺様、ヒールレインに隠して、コーナーの一角を酸性雨で脆くしておいたんだよ!お前がテリウスの必殺技で決めると信じてなあ!お前がバランスを崩してリングアウトする姿は、最高に間抜けだったぜぇー!グヘヘヘへへ」

 醜い笑顔で勝ち誇るスグニ。次の瞬間、四方八方からゴミが彼に向かって投げつけられた。

「観客の皆さん、ゴミを投げないで下さい!気持ちは分かりますが、ゴミを投げないで下さい!大会進行の妨げになります!」

 ゴンッ!

「あだー!」

 中身の入った瓶を頭に受けて、倒れるスグニ。雨の様に降るゴミの中、彼は這って控室へ逃げて行った。

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