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第四十八話【ヒロインは時代を作った模様】

 一回戦第一試合開始前、私はトムが居る控室の扉をノックした。

 コンコン。

「トム、私だよ」

「入っていいぞ」

 お言葉に甘えて入室すると、トムは装備の点検をしていた。魂焼覇気では、装備は各自自由に持ち込みが許され、しかも試合ごとに装備の変更が認められている。トムは何着か用意されたアーマーの中から無数のトゲが付いたものを選び身に付けた。

「屋上での戦いは覚えているか?」

「うん」

 触手先輩とフリーダさんの戦いの事だ。あの時は確か、私達を被っていたのと、触手先輩の特性が合わさり、結構苦戦していたっけ。

「フリーダ様は全ての能力が桁違いだが、物理耐性は割と普通だ。だから、俺は初手でぶちかましていく。つーか、それしか勝ちの目が思いつかん」

「相打ち覚悟の特攻って事だね。狭いリング内でトムのガタイなら、ワンチャン当てられるかもね。んじゃ頑張って」

 私は、トムが戦意十分なのを確認して、控室を出ようとする。

「雑炊、お前…『フリーダ様が怪我したらラッキー』みたいな事考えてるだろ」

 ドクン、ドクン、ドクン。

「な、何を言ってるのかなー?私は、親友のトムがクジ運の悪さにヘコんで降参しないか心配で来ただけテスヨ〜」

「絶対嘘だな。お前、俺よりフリーダ様の方が、そしてフリーダ様よりも自分自身が一番好きだろ。後、俺はクジ運が悪かったなんて思ってない」

「またまた〜」

 初戦がフリーダさんで、奇跡が起きてそれに勝てたとしても、恐らくタフガイが二回戦の相手である。このトーナメントで一番クジ運悪いのは誰かの投票したら、トムかブーン様の対戦相手がトップ当選するだろう。

「トム、現実を見なよ。仮にフリーダさんを倒しても、アンタの完全上位互換なタフガイに叩き潰されて終わりだよ」

「だからラッキーなんだよ。将来この王国を代表するであろう存在と対等にやり合う機会なんて、今この時だけだろうが。お前だってそう思ってるだろ?」

「…全く持ってその通りだよこの野郎。私だってフリーダさんと戦いたいから、テケトーに消耗させてから負けろバーカ!」

 トムにエールを送った私は、その足でフリーダさんの控室へ向かう。


 コンコン。

「フリーダさん、私だよ〜応援に来たよ〜」

「雑炊さん、やはり来ましたわね。大方、私にガセ情報を掴ませて、トムとの戦いで無駄に消耗させようとしてるのですわよね?」

 ドクン、ドクン、ドクン。

「何を言ってるの?私はフリーダさんと決勝で戦いたいと心から願ってるし、お互いベストに近い状態でやりたいよ」

「前半は本当だけど、後半は嘘ですわね。雑炊さんは、私がトーナメントの途中で負傷しても、これも勝負と割り切って勝ち名乗りするタイプのクズですわ」

「それって、貴女の感想ですよね?ソースはあるの?」

「欠闘のスグニ戦、二学期の対抗戦でのリーさん及び私との戦い、ソースとして十分ですわ」

 畜生、事実だから一ミリも反論出来ねえ。

「私は誰が相手だろうと、決勝まで無傷で勝ってみせますわ。貴女は自分の心配をしなさい。では、試合まて集中しますので、出ていって下さい」

 こうして、私の揺さぶり作戦はトムにもフリーダさんにも何の効果も与える事無く終わった。そして、第一試合の開始時間となった。

「キマイラの方角より、トム選手の入場です!」

 無数のトゲの付いた、攻撃極振りアーマーを身に付けてリングインしたトムは、開始位置に座り込みぶちかましの姿勢を取った。

 誰の目からも、相手の魔法を喰らいながら突撃するというのは丸分かり。だが、トムは一年生の中ではタフガイに次ぐ巨漢でスピードも平均以上のものを持っている。もしかしたら、フリーダさんに手傷を負わせるかもという不安が観客達の頭に巡った。

「ケットシーの方角よりフリーダ選手の入場です!こちらは、直立の姿勢、優雅な立ち姿です」

 フリーダさんは、突進の姿のトムを真正面から見据えている。この勝負、フリーダさんの勝ちは全員の共通認識として、トムの突進をどう防ぐかに注目が集まっている。例え凍らせたとしても、凍りついたままトムはフリーダさんにぶつかって来るだろう。

 フリーダさんは我々の知らない何かを使うのか、それともより強い氷魔法で一瞬で凍らせて勝つのか、はたまたトムが一太刀浴びせるのか。観客達が固唾を飲む中、開始の合図が響いた。

「始めエエエ!」

 その時、私達は想像の斜め上の光景を目撃した。

 突進すると思われていたトムがすっくと立ち上がり、鎧の中に手を突っ込むと、白いU字型の物体を取り出した。

「便座ァァァァァブゥゥゥゥゥメラァァァァァンンンン!!」

 トムは鬼気迫る顔で手にした便座をフリーダさんに向かって投げつけた。誰もが予想だにして無かったトムの初撃。観客達は思考が追い付かずポカンとしながらも、フリーダさんが痛手を被る未来を予感した。

 だが、フリーダさんの次の一手は、我々の予感を軽く超えてきた。

「便座ァァァァァホォォォォォムラァァァァァンンンン!!」

 フリーダさんはスカートの中から便座を取り出し、トムの投げてきた便座を打ち返したのだ。

 スコーン!

「グハッ」

 自身の全力の投擲をそっくり跳ね返されたトムは、額に便座が直撃したショックで気絶し倒れた。

「勝負アリィィィィ!!」

 審判からの決着のコール。フリーダさんは観客に手を振りながらリングを降り、トムも暫くしたら目を覚まし、自身の負けを理解し項垂れながらリングを降りた。私は控室にトムが戻ったのを確認し、直ぐ様乗り込んだ。目的は勿論、さっきの勝負内容についてだ。


 コンコン。ガチャ。

「トム〜、居るよねー?」

「返事する前に開けるな。こちとら、敗北の悲しみにふけってる最中だぞ」

「うるせぇ!何よ、あの便座ブーメランは!」

「真剣勝負の初手で便座を取り出して投げつけたら、フリーダ様ビックリするかなって。だが、相手が一枚上手だった」

 トムは大真面目に便座ブーメランを使った理由を説明した。その顔も声色もふざけている感じは一ミリも無かった。つまり、彼はおかしくなってしまったのだ。

「トム、アンタそーゆーキャラじゃ無かったよね?フリーダさんもだけど、一体どうしちゃったの?」

「最初に便座を戦場に持ち込んだお前がそれを言うか?」

「えっ?」

「お前が便座で大手柄を立てたから、俺も使ってみようと思ったんだよ。さ、帰れ帰れ。今は一人にしてくれ」

 控室を出てドアを閉めると、トムの啜り泣く声が聞こえてきたので、私は会場へ戻った。リングの上では、便座を左腕に括り付けたタフガイが、リー君の攻撃魔法を便座で弾きながらリング端に追い詰めていた。

「ドナベさん、どうなってるの?突然皆が当たり前の様に便座を使い出したんだけど?」

「うーん、これはアレだね。君が便座を使い過ぎたからだ」

 やっぱり私のせいか!でも、彼らはそーゆー事する人達じゃ無かったはずだ。多分。

「私が便座を使い過ぎたからって言うけど、エレガントに育ってきたフリーダさんや堅実キャラなトムが揃って便座使う?」

「使う。君が便座を使ったから」

 ドナベさんは繰り返し、私のせいでこうなったと言った。

「だからそれ、どういう事?」

「『冒険乙女カトリーヌン』では、ボスキャラ等の一部の強敵は、主人公の装備や使用魔法に合わせて装備を変えたりするんだ。学習型AIって奴さ」

「がくしゅうがたエーブイ?」

「君が雷魔法ばかり使ってたら、フリーダは雷耐性を上げてから挑んで来ただろ?」

 二回目の対抗戦の時、フリーダさんがバリアチェンジとかいう技で雷耐性極振りしてたアレか。

「覚えてるよ。今振り返ると、私の為だけに随分思い切った事をしたなあ」

「それも、君が主人公だからだよ。この世界では皆が主人公である君に注目し、優秀な奴ら程

君への対策を優先して、時には己の戦術すら変えてしまう」

 私は、ドナベさんの言いたい事が大体分かってきた。うん、確かにこれは私の影響で周りの皆が変わって行った結果なのかも。

「ま、要するに君が『グヘヘグヘヘ、便座は安価で軽量で魔法付与も簡単な完璧で究極の装備だあ』ってアピールしまくったおかげで、優秀な連中はそれを真似したり、それに対するメタを張ったりしてるのが現状って訳だね。ほら、見てみなよ」

 リングの上では既に第三試合が始まっていた。知らん奴二人が炎属性を付与した燃える便座を激しくぶつけ合っている。

「よし、決めた」

 私は頭から土鍋を外し、席の上へ置く。

「ちょっと今のままじゃ勝てなさそうだから、新しい戦術考えてくる。ドナベさんは、ここで試合見てて」

「おけ」

 私は自分の控室へ行き、急いて新戦術を構築し始めた。幸い、私の試合順は一回戦のラスト。それまでに、皆があっと驚く新技を完成させてやる!


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