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第四十四話【走れシュビトゥバな模様】

「グロロー!許せねえ!ここでぶっ潰してやる!」

 シュビト、えっと、何だっけ?でかくてツノがある奴を見た途端、触手先輩が触手を振り回しながら突撃した。

「触手先輩!アンタじゃ無理だよ!」

「ジョーダン先輩、下がるのですわ!貴方には無理ゲーですわ!」

 私とフリーダさんが同時に止めるが、触手先輩は聞く耳を持たなかった。

「覚えてねえが感覚で分かる!こいつだ!俺をこんな身体にしたのは!ここで会ったら百年目!こいつは俺がやる!お前ら下級生は、他の奴を生け捕りに」

 ブンッ

 でかツノの腕の一振りで触手先輩は戻って来た。

「触手先輩ー!」

「リザレクション!」

 フリーダさんは触手先輩の胴体を担ぎリザレクションを掛けると、スグニの方へ投げてよこした。

「何としても生かしなさい!」

「え?俺様が?」

「アンタしか居ませんわよ!助けられ無かったらタダじゃおきませんわよ!」

 スグニに触手先輩を託したフリーダさんは、でかツノへと向かう。

「お前なぞ相手にしてられるか!」

 でかツノはフリーダさんが迫るやいなや、背を向けてガン逃げした。あれ?何か思ったより情けないぞ、魔王軍No.2。

「雑炊、そこをどけぇ!」

「うわ、こっち来た!」

 フリーダさんから逃げ出したでかツノは、私に狙いを定めて襲いかかる。いや、私を通り過ぎて逃げ去ろうとしている。

 ドナベさんが言う通りの強敵なら、ここは戦わないのが正解なのだろう。しかし、実際にこの目で見た感じだと、このでかツノ大した事無いのではと私は思い始めている。

 チラリと後ろを見ると、さっきでかツノに殴り飛ばされた触手先輩はもう意識を取り戻し立ち上がっていた。

「ドナベさん、ちょっとあのでかツノと戦ってみる」

「馬鹿、何を言ってるんだ。悪役令嬢に任せて下がれ!これマジで駄目な奴なんだ!死んだらリセット出来ないんだよ!」

「ダイジョブダイジョブ〜。ま、見ててよ」

 私は深く息を吸って、でかツノの膝めがけて正拳突きを放った。

「稲妻キーック!(パンチ)」

 得意のフェイント攻撃に対し、でかツノは最初から分かっていたかの様に横へと避けて、そのまま茂みの中へと走り抜けようとする。掛かった!

「うおお!?」

 間の抜けた悲鳴を上げて、でかツノが転倒する。彼の足元には、白いU字型の板があった。

「何故、こんな所にトイレの便座が!」

「私が茂みに仕掛けておいたんだよ!バーカバーカ!」

 下水道に落ちたあの日、私は学園の便器に付与されていた聖属性魔力の強さと、汚れを弾く性質を嫌と言うほど実感した。生死を共にしたミラクル便器とはあそこでお別れしたのだが、あの疾走感が忘れられない私は、フリーダさんちから出た後に便器を買いに行ったのだ。

 だがっ、聖属性で永続コーティングされた便器は高かった!魔法の杖に匹敵するお値段、しかも良く考えたら持ち運びも出来ない!で、妥協した結果便座だけ買った。便座なら冒険用のリュックにギリ入るし、値段も数千エン。フリーダさんから貰った食事代を使えば買う事が出来たのだ。

「見たかーっ、便座はこの王国で最も安く手に入る聖属性付与武器だー!」

 私は便座を拾いジャンプすると、空中で一回転しながら便座をお尻に敷き、倒れたままのでかツノの顔面にダイブする。

「新奥義、セイントヒップドロップ!」

「グワーッ」

 上級魔族は、全身闇属性の塊みたいな存在だ。そんな奴が私の全体重の乗った聖属性攻撃を受けるのは、一般人が隕石を頭に受けるのに等しいだろう。

「びくとりー!」

「何でぇー!?」

「ですわーっ!?」

 勝利を確信した私は、立ち上がり勝ち名乗りを上げるが、ドナベさんとフリーダさんから同時にツッコまれた。

「私が助けに入る必要も無く、勝ちやがりましたわ!一体どんな力が働いたのですわ?」

「便座パワーだよ」

「うっさい!」

 私は正直かつ簡潔に話したのに、フリーダさんはそれを認めなかった。

「雑炊さんは知らないでしょうけど、こいつは魔王の右腕なのですわ!それにワンパンで勝つなんて、一体どんなチートを使ったのですわ?」

「チーズとかラードとかは知らないけど、このでかツノが見かけ倒しだっただけだよ。ほら、触手先輩も軽傷だったし」

 ポーション飲んで元気そうにしている触手先輩を指差すと、フリーダさんは信じられないといった顔をしていた。

「そもそもさ、公爵家の精鋭達に襲われてボロボロの状態で逃げてきた時点でそこまで強く無いよね?」

「それはそうですわね。ですが、こいつは間違いなく魔王軍の将軍シュビトゥバですわ」

「フリーダさん、こいつの事知ってるの?」

「昔、色々あったのですわ。逃げた連中も全員捕まりましたし、落ち着ける場所で話しますわ」


 でかツノ含む魔族化したハコレンの連中を尋問ルーム送りにした後、私は再び公爵家にお呼ばれしていた。今度は容疑者では無く、事件の協力者としてである。

「まずは、スタンピードの犯人逮捕に協力して頂きありがとうございますわ。貴女抜きではきっとシュビトゥバは捕まえられなかったでしょう」

「繰り返し言うけど、アイツ本当にそこまで強く無かったよ。ずっと逃げ腰で戦う意思も無かったし」

 フリーダさんや公爵家の人、それにドナベさんまでもがアイツを必要以上に警戒していた。今戦ったら犠牲が確実にでてしまう、そんな恐怖を抱いている様だった。

「フリーダさん、説明してくれるんだよね?触手先輩の事を必要以上に心配したり、アイツが逃げようとした時に反応が遅れた理由」

「ええ、貴女には話しておきますわ。私が魔族と組んでいない事を証明する為にもね」

 ブーッ!プーッ!

 私は紅茶を口から吹き出しながら大きなオナラをしてしまう。

「な、なんば言っとるとですか、この悪役令嬢は!?」

「雑炊さんは、私やお父様の事を魔族と組んでいたと思っていたのでしょう?ハコレンの人達が言う様に」

「それは…、うん。思ってた。何でバレてたの?」

「ホーッホッホッホ、貴族社会で磨かれたこの目には、貴女がこちらを敵視しているかどうかなんてお見通しなのですわよ」

 そうなんだ、貴族アイって凄い。

「ですが、ご安心下さい。貴女は私を疑っていただけなのですわよね?ならば、ノーギルティ。処しませんわ」

「良かった〜」

 私は二重の意味でホッとした。処さないと言ってくれたのも助かったが、敵意の有無とそこからの推測ではドナベさんの存在にはまだ辿り着いてないと思ったからだ。

「貴族とは、国家運営の為に最大多数を守る者ですわ。ですので敵意なんて慣れっこですわよ。そして、可能な限り敵を減らすのも貴族の義務ですわ」

「言い方が、いちいち回りくどいよ」

「私とシュビトゥバが過去に面識があったのは確かですわ。その事について話し、誤解を無くしますわ」

「あー、そーゆー事ね。完全に理解した」

「それでは、回想スタートですわ!」


(ホワンホワンホワ〜ン)

 今から五年と少し前、私の母は流行り病で亡くなり、私も生死の境を彷徨いましたわ。父は私を救う為に、自らがダンジョンの奥地へ赴き、そこで魔界の将軍シュビトゥバと出会ったのですわ。

 シュビトゥバは父に提案しましたわ。『娘が助かる方法が一つある。それは、魔族に肉体を捧げる事だ』と。魔族は本拠地から離れる程、力を失っていきますわ。ですが、一部の者は人間に寄生する事でダンジョンの外でも力を維持したまま活動出来ますわ。雑炊さんが倒したロストマンも、一応はそれに分類されますわ。

 娘を救うには、魔族と同化するしか無い。そして、己も娘と共にある為に魔族に身を捧げよう。父はそう決意しましたわ。


 ところがどっこい!


 病気を自力で完治させた私が駆けつけ、シュビトゥバにドロップキックを放ったのですわ。そして、父をビンタで正気に戻し、二人でシュビトゥバを撃退して生還したのですわ。あの時のシュビトゥバはマジ強かったですわ。当時の私、良く勝てたなと褒めてやりたいですわ。

 その後、魔王軍の勧誘から人々を守る為に私達親子は全財産を投じてダンジョン開発と運営に力を入れ、そしたら以前よりもお金持ちになっちゃって、人々からの称賛まで得てしまったのですわ。ホーッホッホッホ!

(ホワンホワンホワ〜ン)


「…なんか、ドロップキックの辺りから急に話変わってない?」

 不敬だと言われそうなのでこれ以上は口には出さないけど、ドロップキックから先の話が、冒険小説の二次創作っぽいと感じてしまった。

 フリーダさんとお父さんが魔族化するのが本来の話で、ドロップキックして生還したのは誰か別の人が書いたIFストーリー的なものだと思ってしまった。今言ったら、処されそうだから言わないけど。

「不自然に思われるでしょうが、これほぼ真実ですわ。雑炊さんには、私が嘘付いてる様に見えまして?」

「私には、フリーダさんみたいな眼力無いから分からないよ」

 でも、これでいくらか納得は出来た。フリーダさんが、あのでかツノを必要以上に警戒していたのも、私が倒したでかツノが弱かったのも理由がハッキリした。フリーダさんの言葉が、全部本当だとしたらだけどね。


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