でかいババアメイドに連れられて、目の前から居なくなった男爵様を見て、フリーダさんは呆れた顔でため息をついた。
「自己保身しか考えられなくて、自己保身があそこまで下手な人を初めて見ましたわ。雑炊さんから見て、あの人の先程の発言は真実と感じましたか?」
「率直に言って、嘘では無いと思うよ。男爵様がスタンピードの実行に関わっていたら、間違い無くグダるもん」
男爵様を信じてるとか、事件に能動的に関わっていて欲しくないとかの願望とか抜きに、心からそう思った。
「あのスタンピードは、結果的に被害は最小で済んだけど、町への潜入までは上手くやれていたと思う。だから、男爵様は手伝って無い。あったとしても雑用だけ。だって無能だもん」
「完全同意ですわ。ですが、だとすれば何故犯人達はその無能なポタージュ男爵をメンバーに引き入れたのでしょう?」
「あの人、学校の成績だけは良かったみたいなんだよ。だから、学歴だけ見てスカウトして、ポンコツだったから使い捨てたとか?」
「まあ、聞けば聞くほど、雑炊さんのお父さんですわね」
そう言ってフリーダさんは笑った。
「誰が勉強の出来る馬鹿よ!後、親子じゃないから!」
私も笑った。男爵様はロクな情報を持って無かったけれど、彼が巻き込まれただけだったのが分かったおかげで空気が少し良くなった。
「で、これから男爵様はどうなるの?」
「このまま、公爵家で預かりますわ。一応犯人ですので、世間にも犯人逮捕のアピールする必要があるのですわ」
「まあ、仕方無いよね。男爵様はそうなるとして、私はどうなるの…」
ピーゴロゴロゴロ。
「はうあ!」
私自身への尋問と男爵様への心配でずっと便秘だったお腹が、ストレス軽減により治り出した。バーガーセット六食分のブツが、出口を求めて暴れ出す。
「フリーダさん!ウンゴ摘みに行きたいんだけど!」
「来客用トイレなら、そこの扉を出て左ですわ」
「ありがと!三十分ぐらい籠もるから、フリーダさんも休憩してて!」
私は大慌てでトイレに向った。
「しゃあっ!」
トイレに駆け込んだ私は、左手で紙を取りながら、右手で土鍋を叩きドナベさんを起こした。
「今、トイレの個室だがら出てきてよドナベさん」
「僕と話す時間が欲しかったからとはいえ、中々良い演技だったよ…クサっ!」
「トイレ行きたかったのは演技じゃ無いよ。しゃあっ!」
何とも酷い絵面だが、今は他にドナベさんと二人きりになる方法を考える余裕も無いのでこのままトイレ会議するしか無い。
「ドナベさんに聞きたいんだけど、フリーダさんとハコレンってどっちが悪者なの?」
「ゲームでは悪役令嬢が終始敵だったよ。ハコレンは悪役令嬢を倒す為に秘密裏に結成された正義の団体で、彼らが主張する『公爵家は魔王と組んでいる』という言葉は、物語を通じてそれが正しい事が明らかになっていった」
それが本当だとして、更にゲームの世界とこの世界の人間関係が同じなら、フリーダさんは私を騙そうとしていて、ハコレンは味方という事になる。でも、男爵様を見捨てたハコレンは正しい組織なのだろつか?男爵様を助けたフリーダさんは、本当に悪役令嬢なのだろうか?
ん?いや、まてよ?
「ドナベさんは私と一緒に男爵様の話聞いていたよね?あの人の語るハコレンとドナベさんの知ってるハコレンって同じ様な組織だった?」
「ゲームでもポタージュ男爵以外の構成員は正体を隠す魔法のフードを身に着けていたし、公爵家と他の貴族家の格差を正す為に活動していた点は同じだよ。でも、魔物を使役なんてしていなかったし、スタンピードで市民に危害を加える事なんてやらなかったよ」
「うん、やっぱりそうなんだ。しゃあっ!」
私はお尻を拭きながら自分の推理を語り出す。
「私思ったんだけど、男爵様が出会ったフードの連中って、ハコレンの名前を騙る公爵派の人だったんじゃない?」
「えっ?」
「ハコレンが目障りだった公爵派は、彼らのフリをして派閥闘争に疎い男爵様を引き入れてスタンピードを起こした、するとどうなる?」
「え、えーと、逮捕された男爵がハコレンの仕業だとゲロるから…」
「そう!このスタンピードは、ハコレンが危険な団体と印象付け、それを一掃する公爵派を善玉と見せる為の自作自演だったというのが私の推理だよ!どう?」
我ながら名推理だと思う。フリーダさん及び公爵家は敵、それに対抗する貴族達は味方。この基本構造を動かさず、スタンピードの原因について考えると、この可能性しか残らない。
「しゃあっ!どうよ、この推理?これなら、無能な男爵を仲間にしたのも、フリーダさんが真っ先に事件解決に向かえたのも全部説明が付くんだよ。かーっ、やっぱりフリーダさんは悪役令嬢だったかー。もう少しで騙される所だったよ!」
「あー、そっか。雑炊視点だとそこに行き着くか」
フリーダさんが悪役令嬢でラスボス候補だと、しつこく言ってきたのはドナベさんだ。なのに、ドナベさんは私の推理にあまり良い顔をしていない。
「ドナベさん、私の考えに何か矛盾点あった?」
「いや、良い推理だと思うよ。でも、悪役令嬢がこのスタンピードを仕組んだとして、君はこれからどうするのさ?」
「決まってるじゃない!男爵様と一緒にこの家から逃げ出して、本物のハコレンと共に悪を打ち倒す!」
「うん、それムリ」
「無理かな?」
「ム・リ」
ドナベさんは私の推理は否定しなかったが、推理に基づく行動を全力否定してきた。それも、こちらをおちょくる様な顔で。
「無理ってどういう事?ドナベさんのゲーム知識があれば、ハコレンの人達に会いに行く事も、この屋敷から逃げるのも可能でしょ?」
「あのね、そもそもの話、公爵家の犯罪の証拠を見つけ公表するのが現時点では不可能なんだよ」
「何で?」
「公権力とズブズブな奴らは痕跡を消すのも自由自在。今、ハコレンと君が組んでも共倒れになって終わる。これは、強制バッドエンドだからテクニックでどうこう出来る次元じゃ無い」
むー、駄目か。原作でやって見てアカンかったルートだと言われたら、引き下がるしかない。
「今、男爵を連れて逃げ出せば明確な敵対行為をしたと悪役令嬢に認識される。そうなったら、攻略対象も学園もギルドも敵になってしまう。今はまだ正面対決はせず、力を蓄える時期なんだ」
「でも、男爵様が捕まってる状況を何とかしないと、そのうち処分されちゃうよ」
「ダイジョブダイジョブ〜」
出た、ドナベさんのダイジョブ。ドナベさんがこれを言った時の信頼度は体感45%ぐらいだ。真に受けると危険だが、他のセリフを口にしてる時よりは信頼して良い、多分。
「あの男爵には、君に対する人質以外の価値は皆無だろ?なら、君が従順な内は飼われ続けるよ」
「信頼しても良いの?」
「僕と男爵を信じるんだ。殺す価値も無いとは彼の為にある言葉だよ」
確かに、男爵様はロクな情報も持って無いし、彼の為に戦おうとする人間も私ぐらいしか居ない。それに、貴族とは思えないぐらい無趣味でケチだから、公爵家なら余裕て飼い続けられるだろう。
「いいかい?君は今まで通り『フリーダさんって良い人かも〜、ハコレン許せねえってばよ!』とアホ面晒しながら反逆の機会を待つんだ。それが、結果として君と男爵の生存に繋がるし、攻略対象と仲良くなるチャンスも増える」
「じゃあそうするけど、フリーダさんを出し抜くタイミングが来たらちゃんと教えてね。しゃあっ!」
最後にもうひと踏ん張りしてから水を流して、トイレを出る。正しいだけじゃ生きていけない。それを実感したトイレタイムだった。