ロッカーから出され、椅子に座らされた男爵様は酷い姿をしていた。両手には包帯がグルグル巻きで、顔はパンパンに腫れている。
「男爵様、その姿は…」
「心配するなカトリーヌン。公爵様が引き取ってくれたおかげで、指も歯も残っている。後一日遅かったら、こうして話す事も出来なかったかも知れなかった」
「応急手当だけはしましたわ。お話してくれたら、リザレクションで完治させる事を約束致しますわ。雑炊さんもお家へ帰してあげますわ」
フリーダさんは私達を助けようとしている旨の発言をしているが、今はただ恐ろしい。何を考えてるのか、分からないのが怖いし、これから分かりそうなのがもっと怖い。
「では、話そうカトリーヌン。お前の知りたいであろう全てを」
大犯罪者である、男爵様の語りが始まった。
(ホワンホワンホワ〜ン)
この私、ゲオルグ・フォン・ポタージュは社交界に居場所の無い無能な貴族だった。父から引き継いだ男爵領は年々経営が厳しくなり、恩人の娘にも貧しい暮らしをさせてしまう情けない男だった。ああ、この恩人の娘というのはお前の事だよ、カトリーヌン。
二十年前に男爵領がスタンピードで滅びかけて、その時冒険者学園の生徒達に命を救われたのだ。お前の母サフランとはその時以来の縁で、学園卒業後には彼女の住む場所を提供したり、妊娠した姿で帰って来た時には出産の手伝いをしたりした。
この子の父親は誰かと聞いたが、同じ冒険者で多分もう死んでるとしか彼女は言わなかった。私はそれ以上の追求はせず、父親の居ない子供にせめてもの手助けを…
「セイッ」
スパーン!
「あ痛ぁー!」
フリーダさんのビンタで、男爵様の回想は中断された。
「男爵様、今はハコレンとスタンピードについてお願いしますわ」
「わ、分かった」
回想再開。
(ホワンホワンホワ〜ン)
社交界に居場所も無い私は、当然派閥とかとも無縁だった。だが、そんな私に声を掛けてきた貴族が居た。今から半年ぐらい前、お前が入学して一ヶ月で休学したのを聞かされ、私は心を揺さぶられた。
彼は言った。カトリーヌンが公爵令嬢とその仲間達によってイジメられていると。そんな嘘に騙されて、私は反公爵派が集う秘密組織、ハコレンの一員となったのだ。今ではこの選択を本当に後悔している。私は、あんな連中の言葉など信じず、直接お前に会って話をするべきだったのだ。休学の理由を聞いて、解決の為に共に歩む事こそ必要だったのに、男爵領から学園まで遠いからと、会いに行くのを怠ってしまった。カトリーヌン、お前には黙っていたが、馬車代を用意するだけでも結構大変だったぞ。世間ではダンジョン景気だとか言ってるが、領地のダンジョンが枯れている私の様な貴族はいつまでも暮らしが良くならず、社会の流れにもついていけず…、
「セイセイセイフォー!」
スバパパーン!
「アダダダダダ!!」
フリーダさんのビンタ連打が男爵様の歯を飛び散らせた。酷いとは思わなかった。酷いのはどう考えても男爵様だ。
「うちの男爵がホントすみません。この人、演説とかが尋常じゃ無く苦手な上に、一度語りだすと長いんです」
気絶している男爵様の代わりに謝る私。きっと、尋問官相手にも終始こんな感じで、必要以上にボコられてああなったんだろうなあ。
「ヒール!」
フリーダさんは今与えたダメージの分だけ回復させると、男爵様を叩き起こして椅子に座り直させた。
「貴方、状況が分かっていますの?こうしている間にもハコレンは次の手を実行するかも知れないのですわ。貴方の情報で助かる者がどれだけいるか自覚しなさい!」
「すまない、本当にすまない!自分でも分かってるんだ!私は、いつもこうなんだ!」
「フリーダさん、男爵様は誰かの指示が無いと動けないのと、その指示を満足に出来ない欠点を持つ人なんです。それを除いたら悪い人じゃ無いんです」
このままでは話が進まないと思った私は、必死でフォローする。…あまりフォローになってないわ、これ。
「ええーい、もうホワンホワンホワ〜ンとかやらなくて良いから、こちらからの質問に!必要な事だけを!答えやがれ!ですわ!」
フリーダさんはメモ用紙にペンを走らせて、質問事項を連ねて行く。
「準備がでけましたわ。それでは、これから私が聞く質問に一つずつ答えて下さい」
「ぜ、善処しよう」
こうして、男爵様の頭の中ぐっちゃぐちゃな回想パートは幕引きとなり、Q&A方式での尋問が始まったのだった。
「第一問、貴方が知ってるハコレンの構成員を可能な限り教えて下さい。ですわ」
「一人も分からない。彼らは皆、見た目を変える魔法のフードを身に付け、どこの貴族かは分からない様になっていた。私も、ハコレンに入れば直ぐに支給されると言われてたんだが、半年間ずっと私だけ顔面剥き出しのまま会合に参加させられていた。明らかに私より後に入った者達も最初に会った時にはもうフード被っていた。フードが貰えない事について文句を言いたがったが、彼らは多分全員私より爵位が上か、稼ぎの良い貴族とその従者だから、文句が言いたくても言えず、毎日郵便受けを見てフードが届かないかを」
スパーン!
「ヒール。第二問、ハコレンのアジトの場所とか分かりますか?ですわ」
「分からない。私はハコレンに入ってから月に二回セミナーに参加していたのだが、毎回フードを被った人物に下水道を連れ回され、見た事の無い場所でセミナーを受けていた。そこがどこなのか、セミナー毎に別の場所なのか同じ場所だったのかさえも私には分からない。毎回毎回歩き疲れた後に公爵家に富が集中しているのを我々が止めねばならないという講義を何時間もされて、身も心も疲れ切った私は、とにかく早く帰りたくて、彼らの主張に賛同し続けた。その結果、私は後戻り出来なくなる所まで来てしまったのだ。一体どこで間違えてしまったのか、いやそもそも、私はこれまで誰かに頼って生きてきた。それがたまたま善意ばかりだったから助かっていただけで」
スパーン!
「ヒール。第三問、ハコレンはどうやってスタンピードを行い、貴方はそれにどこまで関与したのか教えろ馬鹿。ですわ」
「分からない。二日前、いや、もう三日前か。いつもの様に下水道の中を着いていくと、モンスターハウスとでも言うべき魔物が密集した部屋に連れてこられていた。フードを着ていた連中がそれぞれ魔物を従えて出ていくと、育ちすぎて下水道から出られなくなった味噌ゴーレムと私だけがその場に残され、幹部が来るまで後片付けをしている様に命じられた。私はこの時漸くこの組織が危険だと気付いた。地上では大変な事になっていて、カトリーヌンもそれに巻き込まれるだろつと分かっていたが、怖くてその場を動けず、後片付けで時間を潰しながらゴーレムに話し掛けていた。私と同じ、要らない存在となってしまったゴーレムとの語らいは僅かだが私の心を癒やしてくれた。こんな事している間にも地上では犠牲が出ているし、ゴーレムは私の話を聞くだけで喋る機能は無かったけれど、そこには友情が芽生えていた気までした。そして、結局幹部とやらは来なかった。代わりに君が来て、私は話し相手になってくれたゴーレムを見捨てて逃げ出したんだ」
スパーン!
「ヒール。最後に、何か気になる事があったら、何でも良いから言って下さい。ですわ」
「私が尋問された間に食べた、バーガーセット六食も立て替えて貰えるのだろうか?」
スパーン!
「これで本日の質問は終了です。ポタージュ男爵様のこれからの健闘をお祈りしております。ですわ。メイド長、この不快な存在を今直ぐ牢屋へ連れて行けですわ」
男爵様はリザレクションされる事も無く、屈強な老メイドに連れられて行った。
…なんか、男爵様思ったより犯罪に関わって無かったな。それは良かったんだけど、情報源としてはマジで役に゙立っていない。喜んで良いのか悲しんで良いのか私には分からなかった。