取り調べを受けて分かった事が三つある。一つ目は、取り調べ中に出される出前のお金は私か払わなきゃならない事だ。
「この中から好きなの頼んで良いよ」
って尋問官のおっさんが言ったから、6000エンの宮廷ハニーと8500エンのデビル満漢全席を頼もうとしたら『金払うのは君だぞ』と全力で止められた。それで、メニューの中から安いのを探したけど、王都の出前はどれも高く、一番安い魔神バーガーセットでも1600エンだった。
取り調べを受けて分かった事その二、物語に出て来る様な尋問官は極一部の例で、実際には色んな人が居る。
私を担当した尋問官は、暴力や暴言を使わない人で良かったと安心すると同時に、男爵様はどんな人から取り調べを受けているかが気になった。
「あの、おじさん」
「ん?事件について何か言い漏らした事が有ったのかな?」
「そうじゃ無くて、男爵様はどんな取り調べを受けてるのかなって」
「それは言えない。解決前の事件の情報を尋問官が外部に漏らすのは」
「ルール違反?」
おっさんの決めセリフを先取りすると、彼はバツが悪そうに頭をかいた。
「そういう事なんで、ポタージュ男爵の罪が確定するまでは、君には何も話せない」
「いえ、その事が分かっただけで十分です」
取り調べを受けて分かった事の最後の一つ。男爵様がスタンピードの犯人なのだけはやはり間違い無いという事。魔物をあれだけ集めた手段もその目的も分からないままだけど、それは取り調べをする人達に任せるしか無い。
何度も同じ事を聞かれ、1600エンのバーガーセットを頼むループが終わったのは、逮捕から丸二日経った時だった。
「良いニュースがある。君はもう、好きでも無いおじさんと同じ話を繰り返さなくても良くなった」
「漸く、私が無実だと断言出来るだけの証拠が揃ったんですね」
「残念ながら、そうじゃ無い。捜査の管轄が変わったんだ。ああ、丁度彼らが来たようだ。さあ、出ていってくれ」
「いや、いきなりそんな事言われても…わっぷ!」
私は逮捕された時みたいにがんじがらめにされて、また馬車で遠くへと連れて行かれる。一時間ぐらい掛けて辿り着いたのは、お城並みでっかいお屋敷だった。そのお屋敷の入り口には、私を通法した女が居た。
「ブルーレイ家へようこそ、雑炊さん」
「よくも通法したなテメェーっ!」
お屋敷の玄関に現れたフリーダさんを見て、私は反射的に掴みかかった。
「9600エン!あんたが私を通報したせいで、私は1600エンするバーガーセットを六回も食べるハメになったんだよ!」
「えっ?何で同じ物を六回も頼んだんですか?毎回別メニューを頼めば、そんな風にストレスも溜まらなかったのに、雑炊さんって変わってますわね」
「ふざけんな、このセレブー!」
スカー!
「ホーッホッホッホ、まだ腰の捻りが甘いですわよー!」
スパーン!
私はフリーダさんの顔に全力ビンタしたが、完全に見切られており、逆にカウンターのビンタを受けてしまった。痛い。
「雑炊さん、食事代は私が立て替えますから、まずは落ち着いて下さい」
「えっ、いいの?こんな事なら、野牛ジューシー寿司とか、どろ〜りメンマ丼とか、フレンチ幕弁とか、バイオレーズンダッグとか頼めば良かったー!」
「お金と食事の心配ばかりで、ご自身とお父様の事はもう心配してませんの?」
フリーダさんに言われて、私は我に返る。そうだよ、食事代について解決しただけで、他の問題は全く解決してないよ!二日という長期間の取り調べが、私の精神を蝕んでいて、ゴハンの事しか考えられなくなっていた。
「そ、そーだよ!男爵様はどうなるの?私は?それと、何で事件の管轄が変わったの?変わったらフリーダさんのお家に連れてこられたのはなんで!」
「ハイハイ、落ち着いて。まずは、こちらをお返ししますわ」
フリーダさんが、私に紙袋を何個か手渡す。中身を確認すると、取り調べの前に没収されていた私の私物が全部入っていた。サンダーロッド、ガマ叩き棒、筆記用具、お財布、そしてピカピカに磨かれた土鍋。
「フリーダさん、これって」
「捜査権限を公爵家に移すついでに取り返しておきましまわ。後、土鍋の汚れが酷かったから磨いておきましたわ」
「あ、ありがとー!」
二日ぶりに戻って来た土鍋をさっそく頭に乗せて蓋をカンカンと叩くと、内側から小さくカンカンと叩き返してきた。よし、ドナベさんおるな!恐らく実体化を解除して尋問官やフリーダさんの目を何とか誤魔化してやり過ごしていたのだろう。
フリーダさんも尋問官のおっさんもドナベさんの存在を言及しなかったし、まだドナベさんの事は世間にはバレてないよね?良かった〜。
ドナベさんの安否を確認出来た私は、改めてフリーダさんに今回の事件について聞く事にした。
「フリーダさん、私の為にお家の権力使ってくれたんだよね?」
「勘違いしてはいけませんわ。ダンジョン関連の事件ならば、公爵家で調べた方がスピード解決に繋がると思ったまでですわ」
「理由はどうあれ、ありがたいよ。で、結局今回のスタンピードって何だったの?」
「ポタージュ男爵が関与していた以上、雑炊さんが無実だとしても知っておく必要が有りますわよね。ですので、お教えしますわ。今回の事件、裏で糸を引いていたのは『反公爵派連合』、略してハコレンですわ」
「は、ハコレン?」
私は、おっかさんが居なくなってから数年は男爵様に保護されてたけど、社交界のマナーとか絶対に分かんないし、貴族社会にはノータッチだった。なので、ハコレンとかいきなり言われてもサッパリである。
「フリーダさん、ハコレンって何?」
「この王国がダンジョン資源で潤っていて、ブルーレイ公爵家とアークボルト辺境伯家が大部分のダンジョン運営に関わってるのは知ってますわよね?」
「教科書に乗ってるから知ってる。えっへん」
私が胸を張ると、フリーダさんはうんうんと妙に嬉しそうに頷いた。やっぱ、この人ドナベさんが教えてくれた知識とは色々違う気がするんだよね。何と言うか、優しいんだよ。
「では、続けますわよ。王国に多大な貢献をした二つの貴族家は、絶大な権力を得ましたわ。スタンピードという大事件の捜査権限を強引に王国から奪えるぐらいにはね」
「それって、王国より公爵家の方が強いって事?」
「一応、ダンジョンに関する事件ならば、公爵家の方が適格だという言い訳はしておきましたので、公爵家が王家を蔑ろにはしたつもりは有りませんわ。ですが、私達を危険視し、或いは嫉妬する連中が現れたのですわ」
「それが、ハコレン?」
私が確認すると、フリーダさんはあまり嬉しく無さそうに頷いた。自分達を嫌ってる連中の話をするから、当然の事だろう。
「ハコレンに属する貴族達は、私達が魔族と通じており、いずれ王家を乗っ取り名実ともに国を自分達の物にしてから魔王に献上しようとしているとか、酷いデマを流してますのよ!プンプンですわ!」
「教科書に乗ってないから知らない話だ」
「こんな話、載せられる訳無いですわよ。王家にとっても公爵家派閥にとっても、ダンジョンの恩恵を受けている国民にとっても迷惑な存在だから、一刻も早く潰したいのに、奴らは裏の顔を隠して、普通の貴族のフリをしてきましたわ。ムキーですわ!」
どうやら、フリーダさん達はハコレンの存在自体は把握していたけれど、逮捕するにも色々と条件があって、歯がゆい思いをしてきたのだろう。貴族って大変だなあ。
「ですが、今回遂にハコレンは一線を越えましたわ。裏で公爵家派閥の悪口言ってるだけなら見過ごさざるを得ませんでしたが、彼らはこんな事件を起こし、そしてハコレンに所属する貴族の一人が逮捕された」
私を育ててくれた男爵様の事だ。
「彼らが何を考えてこんな事をしでかしたのか、ここからは御本人に語って貰いますわ」
そう言い、フリーダさんは部屋の隅にある掃除用具入れを開けるとハタキや箒と一緒になって男爵様が縛られた状態で倒れて来た。
「だ、男爵様!」
「雑炊さんをここへ招き入れる前から、ここでスタンバって頂いたのですわ。さあ男爵、雑炊さんにも分かる様に、貴方の知る全てをお話下さい」
私は、フリーダさんが単なる親切で事件の真実を教えてくれたのだと呑気に思っていた。そうでは無く、男爵の口を割らせる為の人質として利用されている事をこの時漸く気付いたのだった。