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第三十七話【下水道滑走変則サボテンな模様】

 私は便器にしがみつき、必死で激流に耐えていた。

「ドナベさーん!無事ー!?」

「ちゃんと君の頭の上に居るから安心してー!」

 水の流れに負けない様に、大声で呼び掛け合い、互いの無事を確認する。もし、この状況を誰かに見られたら一発でドナベさんの存在が世間にバレてしまうだろうが、それでも構わないってぐらいの大声で励まし合う。

「頑張れー!」

「負けんなー!」

 私は便器にしがみつき続け、ドナベさんは土鍋から両手を出して、私の頭にしがみついている。

「ねー、ドナベさん!こんな時になんだけどー!」

「なーにー!」

「何で便器が水に浮いてるのかなー!」

 実際に便器を水に落とした事が無いので確実な事は言えないが、水より比重が重く、形状も浮力を得る様にはなっていない便器が水に浮いてるのはおかしいと気付いた。

「便器が浮いてるおかげで、こーして助かってるけどー!便器って多分浮かないよねー!ドナベさん、何か知らないー!」

「聖魔法でコーティングされた物質は汚れを弾くからー!多分それじゃないかなー!」

 一瞬の気の緩みが死に繋がる状態だからか、ドナベさんは勿体ぶった言い方もせず、シンプルな推測を答えた。そして、その推測が合っているなら、この便器は聖なる便器だったという事になるのか。何だか、この便器が神々しく見えてきた。実際、私の命を救っている奇跡の便器、ミラクル便器なのかも知れない。

「雑炊、前ー!」

「へ?」

 ミラクル便器への感謝の念で周りが見えなくなっていた私は、水路の終点が迫っていた事に気付くのが遅れた。目の前には壁があり、その壁には鉄格子付きの小さなトンネルが開けてあった。汚水はこのトンネルを通ってまだまだ先へと流れて行くのだろうが、私達はここでストップするしか無い。

「ぶつかるよ、受け身を取って!」

「ひゃ!」

 ドカーン!

 ドナベさんの忠告が聞こえたおかげで、壁に頭から直撃するのは防げたが、私達は便器にしがみついたまま空中に投げ出された。

 また水路に落ちたら、今度こそ溺れる!側道に落ちたら大怪我確実!道幅が狭くて空中ダッシュも難しい!落下のダメージは前転では防げない!どうする!?

「ええーい!」

 気が付いたら身体が勝手に動いていた。私は空中ダッシュを使って側道に向かって飛びながら、空中で便器によじ登るといつも通りに腰掛ける。そして、トイレで踏ん張ってる姿勢で側道に落下した。

 ビターン!

「痛っ〜!で、でも着地成功!」

 両足とお尻に痛みは走ったが、衝撃を散らせたからどこの骨も折れていない。勿論、ドナベさんも頭の上で健在だ。

 だが、落下の衝撃はそのまま推進力へと変じ、ミラクル便器は私を乗せて高速で床を滑り出した!

「んぎゃー!止まらないー!」

 汚水を弾く謎仕様によって、下水道の濡れた床を高速で滑り続けるミラクル便器。

「雑炊!また壁だ!右に曲がれる?」

「よいしょー!」

 私は身体を右に傾けて曲がり角を綺麗に曲がる。

「雑炊!今度は左!」

「オッケー!」

 私は便器に腰掛けたまま重心を左右に動かして下水道を駆け抜けて行く。

「あははっ、何だか楽しくなって来た!ドナベさん、引き続きガイド宜しくね!」

「右!もっかい右!下り坂!S字!」

「そりゃそりゃ!」

 私は、ミラクル便器を完璧に乗りこなせる様になっていた。この便器とドナベさんが居れば、どんなコースだって走ってやる。

「デコボコ道!地割れ!ネズミの死体!」

「そりゃ!そりゃ!そりゃ!」

「瓦礫!コウモリ!味噌ゴーレムの残骸!悪役令嬢!」

「そりゃ!そりゃ!そりゃ!え?」

 ドカーン!

 何故かこんな所に横たわっていた、やたらでかい味噌ゴーレムをジャンプして躱すと、着地点に何故かフリーダさんが居て、ぶつかってしまった。

「ですわーっ!」

 追突されて宙を舞うフリーダさん。いかに悪役令嬢と言えども、このまま地面に落ちたらただでは済まない。だが、そこはラスボス(仮)。見事に空中で姿勢を整え、私の太ももの上に両足から着地した。

「雑炊さん、サボテン!」

「うん!」

 フリーダさんの言葉の意図を理解した私は、彼女の両足首を手で掴んで固定する。そして、フリーダさんが両手を広げて組体操のサボテンの体勢となった。

「下水道滑走変則サボテン、完成ですわ!私がコーナリングしますから、雑炊さんはオナラジェットでぐんぐん加速なさい!」

「いや、出来れば安全に停止した後、地上に戻りたいんだけど」

「ハァ!?下水道を高速移動する手段を携えてここに来たからには、事件の全容を突き止めて、真犯人に対面する覚悟を持って私に追いついたという事でしょう?」

 何やら、フリーダさんは私とは別の事情でここに来ていたみたいだけど、ちょっと何言ってるか分からない。

「私、トイレを流せなくて、そこから流れに流されて今に至ってます。オナラジェット」

 私はお尻からオナラとライトニングを同時に出して、便器の穴から爆風を排出して加速する。

「それで、フリーダさんはどこのトイレから落下したの?」

「私はそんなアホな理由で、ソイヤ!ここに来たのではありませんわ!ソイヤ!カクカクシカジカなのですわ!ソイヤソイヤ!」

 フリーダさんはサボテンの姿勢を維持して、コーナリングの為に身体をソイヤソイヤと左右に揺らしながら状況を説明してくれた。

「要するに、今回のスタンピードは、人間が意図的に起こしたものでしたのよ。ソイヤ!犯人は、下水道に魔物を少しずつ持ち込み待機させ、今日それらを各地のマンホールから出現させたのですわ」

「ふむふむ」

「私は様々なツテから、ソイヤ!情報を得て、まだ犯人が隠れているだろうこの下水道にブーン様達と共に飛び込み、そして見事犯人を見つけましたわ」

「そのブーン様達は?犯人はまだ捕まえてないの?ジェットー!」

「犯人は追い詰められた時の為に、巨大味噌ゴーレムを護衛にしていましたわ。味噌ゴーレムを処理している間に犯人は奥へ逃げたので、ブーン様達は裏から回り込んで全ての出入り口を封鎖しに行きましたわ」

「で、味噌ゴーレムを倒して犯人を追おうとした所に、便器で爆走する私が来た」

「そういう事ですわ。雑炊さん、犯人の背中が見えて来ましたわ。このまま轢いてしまいたいので、また加速をお願いしますわソイヤソイヤ!」

「了解!オナラジェット全開!」

 犯人の背中が見えてきたとフリーダさんは言ってるが、便器に座りサボテンしている私の視界にはフリーダさんの背中しか見えない。まあ、どんな奴だろうとスタンピードを実行したのなら許す理由なんて無い。私は姿の見えない犯人に向かって、全力で突撃した。

「悪人め、くたばりゃー!!」

 ドコーーン!!

 犯人と思われる物体に衝突し、便器はその運動を完全に停止した。それはつまり、女子二人分の質量が馬車並みの速度で動くエネルギーを、全て犯人が受け止めてしまったという事だ。恐らく犯人は暫くはマトモに動く事も出来ないぐらいのダメージを受けただろう。

「散々逃げ回ってくれやがりましたが、今度こそ終わりですわよ」

 サボテンを解除し、犯人へと詰め寄るフリーダさん。私も便器から立ち上がり、犯人の顔を確認する。

「どんな理由があろうとも!魔物を町へ解き放った事は許せない!このヒロインの手により成敗してくれるー!」

 主人公らしい決めセリフを叫びながら、倒れている犯人の顔を確認する。

「ええっ!?」

 気絶している男性の顔を見て私は驚愕した。ここに居るはずの無い人物が倒れていたからだ。

「男爵様、何で…?」

 私が便器で轢いたのは、私の親代わりをしてくれた男爵様だった。

「フリーダさん、これは多分何かの間違いだよ!だ、だってこの男爵様の領地はこの町から凄く離れてるから、壊すメリット無いし、それにこの人凄く優しいし…」

「雑炊さん、邪魔だからどいてなさい」

 これは何かの誤解なのだという私の主張を無視して、男爵様の首根っこを掴み上げた。

「リザレクション!セイッ!」

 スパーン!

 全回復して意識を取り戻すと同時に、ビンタで無力化される男爵様。

「ゲオルグ・フォン・ポタージュ男爵。貴方を内乱と魔物の密猟、及び下水道に関する法違反の罪で逮捕します。これより貴方は尋問官による取り調べを受けて貰います」

 フリーダ様に己の罪状を告げられた男爵様は、大人しく話を聞き頷いた。その反応からして、彼がスタンピードを起こした犯人なのは疑いようが無かった。

「男爵様、どうして…」

「カトリーヌン、すまなかった」

 男爵様は、一言私に謝るとそれっきり黙ってしまい、フリーダさんに引き摺られて地上へと送られた。

「こんな結果になってしまい、残念でしたわ。出来れば雑炊さんを巻き込みたくありませんでしたわ」

 男爵様が騎士団の白馬車に乗せられた後、フリーダさんは私に謝って来た。

「経緯はどうあれ、犯人の正体を知らない貴女を利用して、逮捕に協力させてしまいましたわ。本当にごめんなさい」

「い、いえいえいえ!なんやかんやで、勝手に首を突っ込んで邪魔したのは私の方だし」

「そう。見方によってはポタージュ男爵の逃亡を助ける為に貴女が駆け付けたとも取れる状況ですわよね。ですので、本当にごめんなさい」

 屈強な騎士団員がやって来て、私の腕を掴む。

「男爵令嬢カトリーヌン・ライスだな?」

「はい。あ、いえ。生活の援助をして貰っていただけで養女では無いです」

「そこはどちらでも良い。お前を今回の事件の共犯の疑いで逮捕する!」

「タイーホ!?」

 騎士団員が何人も集まり、私の四肢をがんじがらめにして、男爵様が乗せられたのとは別の馬車へ押し込む。

「本当に、本当にごめんなさい!尋問官には正直に答えて、なるべく早くシャバに出られる事をお祈りしてますわー!」

 馬車の外ではフリーダさんが涙を流しながら謝罪を繰り返している。男爵様が犯罪者で、私が事件現場に来ていた以上、フリーダさんが私を通報したのは正しいのだろう。だが、それでも、今はこう言わずにはいられなかった。

「ふざけんな、この悪役令嬢ー!!」

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