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第三十五話【まだ安心する時間じゃない模様】

 私達が一番最後にパーティを組んだから余った場所に送られたのか、それとも、校長が問題児を狙ってこんな場所へ送ったのか。真相は分からないが、私達が送られた場所は最低の場所だった。

「よりにもよって、ロストマンの集団か。グロロー、学生に任せる仕事じゃねぇだろ。恨むぞ校長!」

 地図を持って先導していた触手先輩が、敵の正体に気付き悪態をつく。トムとスグニもロストマンが相手と知るや、若干血の気が引いた表情となる。

 ダンジョン内で力尽きた冒険者の死体に、実体を持たない魔物が取り憑いて操っているもの、それがロストマン。

 ごるびん師匠と同じアンデッドに属するが、こちらは冒険者の生前の意思は残っておらず、あくまでも、死体に寄生した魔物が本体だ。

 その見た目は完全に白骨化していたり、殆ど腐敗していなかったり状態は様々だが、あらゆる意味で戦いたくない魔物筆頭として名前が挙がる存在だ。

「もしかしたら、あの中におっかさんが…」

「君の母親が、こんなランダムイベントのついでで処理される訳無いだろ」

 最悪の可能性を思い描き震える私を、ドナベさんが落ち着かせる。きっとドナベさんはおっかさんの最期がどんなだったかも知っているのだろう。いつかそれを聞かなきゃいけない。でも、今は目の前の彼等を解放しないと。

「皆、ロストマンは新鮮な肉体を好むから、不用意な接触は避けてね!」

「一年なぞに言われなくても分かっとるわ!グロロー!」

 触手先輩はロストマンの群に単身突撃して行った。

「話聞いてよ!この馬鹿触手!」

「ジョーダン先輩はあれで良いんた」

 常識人のトムがおかしな事を言う。

「トム、アンタもしかして、前の芋煮会で酷い目に遭わされた事を根に持って…」

「違う。あの人はロストマンに接触しても平気なんだよ。見てみろ」

 触手先輩と組み合ったロストマンの身体から黒い霧の様な物が出て、触手先輩の口の中へ入って行く。だが、触手先輩の口から出た触手が黒い霧を外へと追い払った。

「な?あの人はまだ除去し切れていない触手が体内に残ってるから、ロストマンに寄生されないんだ」

「そっか。ロストマン本体は大した強さじゃないから、触手先輩の触手先輩を追い出せないんだね。…触手先輩って、人間側にカウントして良いの?」

「フリーダ様や校長が問題無しと言ってるし、今もこうして人々の為に戦ってるんだ。もし、魔物化したら俺達で止めてやりゃいい。さて、先輩ばかりに前衛を任せる訳にはいかないな」

 フルフェイスのメットを被ってトムも前に出る。ロストマンは生きた人間を乗っ取ろうとする場合、主に口から侵入して徐々に弱らせようとする。だから、口や鼻を装備で覆ってしまえば寄生されるリスクはほぼ無くなる。

「グロロー!俺達が足留めしてる内にやってしまえ、魔法使いども!」

「よし、俺様達の出番か。分かってるよな、カトちゃん?合体魔法で一気に片付けるぜ」

「初めての合体魔法がアンタなんて、本当に嫌だけどやるしかない!」

 大量のアンデッドしか居ないこの戦場なら、スグニの言う通りにするのが最適解だ。私とスグニの手持ちの魔法を合わせれば、ロストマンを一網打尽に出来るはず。

「初めてはリー君が良かったのに…、ええい、人命には代えられない!雷の精霊よ、雨雲を生み出せ。コールクラウド!」

 私は頭上に雨雲を出現させる。本来ならば、この雨雲を介して強力な雷魔法を使うのだが、今回は違う。

「風と氷の精霊よ、天の恵みをこの地に注げ!ヒールスコール!」

 私が作った雨雲を使い、強化されたヒールレインがこの戦場に降り注ぐ。乱戦だと敵まで回復してしまうクソ魔法だと以前言ったが、相手がアンデッドのみならば話は別だ。

「グオオオオ!」

 負の存在であるロストマンは正の魔力を浴びて次々と霧散していく。雨が止む頃には、動かぬ死体が残ってるだけだった。

「よっしゃ!俺様達の友情の勝利だ!」

「せいっ!」

 スパーン!

 調子乗ってハイタッチしようとするスグニの頭を、ビンタでしばくと、私は倒れた死体を一つ一つ確認した。幸いと言って良いのかは分からなかったが、ここにある死体の中にはおっかさんは居なかった。

「雑炊、何してんだお前。まだ、他の場所では戦闘終わってないから、遺品回収なんて後にしとけよ」

「あ、ゴメンねトム。直ぐ行くよ」

 死体の中に、おっかさんが混ざっていない事を確認した私は、イロモノトリオと共に他の戦場へと向った。

 その後、私とイロモノトリオは近い戦場を順番に回ったが、どこもかしこも既に戦闘はほぼ終わっていた。つまり、私の手柄はロストマン一個小隊だけ。悪くは無いんだけれど、もう少し手応えが欲しかった。そんな事言ったら、不謹慎だから言わないけど。

「うぅ~ん、これはどういう事なのですわ?」

 後片付けをしていると、地図を手にして考え込んでるフリーダさんを見つけた。彼女も私と同じ様に手柄不足に悩んでるのだろうか。だとしたら、それが口に出る前に注意してあげるのがライバルの務めだ。

「悪役令、フリーダさん何考えてるの?」

「え?…ああ、雑炊さんでしたか。貴女さっき、まーた私の事悪役令嬢って言おうとしてましたわね?」

「ゴメンゴメン。ブーン様達も傍に居ないし、一人で何考えてるのかなーって。魔物に手応えが無かった事?」

「おっしゃる通りですわ。今回のスタンピードは奇妙な点が多くありましたの」

「ほへ?」

 フリーダさんの考えてた事は、私の予想とは違った。でも、それはそれで気になる。よし、聞こう。

「えー、フリーダさん程の人が気になるって、なーにー?」

「貴女に教えてやる義理はありませんわ。私達、まだそんな仲じゃありませんわよ?まあ、でもヒントぐらいはあげますわ。この地図、もう使いませんから貴女にあげます。では、私はこれで」

 そう言うと、フリーダさんはメモの書かれた地図を渡して立ち去った。その場に残された私は、ドナベさんと一緒に地図とメモ内容を確認する。

「ドナベさん、こんなイベント、ゲームにあった?」

「例によって無いよ。まず、君が悪役令嬢に気安く声を掛けるのが、原作的にありえないんだから」

「だって、フリーダさん本人が言ってた様に、悪い事して無いし。少なくとも、私の見える範囲では悪事をしている記憶が無いもん。あの人本当にラスボスになるの?」

 そう。フリーダさんは今の所ラスボスっぽいムーブ殆どやってない。彼女を悪役令嬢と呼んでたのはドナベさんと、ドナベさんからゲーム知識を教えられた私だけだ。

「もしかして、フリーダさんはラスボスにはならないのかも。だって、今までだって触手先輩から助けて貰ったし、声もごるびん師匠みたいに優しいし」

「その考えは危険だよ雑炊。どんな人間も、切っ掛けさえあれば敵になってしまう。そして、悪役令嬢の立っている環境は悪に堕ちる条件が揃ってるのさ。まあ、その話は後にして悪役令嬢のくれたメモを見ようか」

 相変わらずドナベさんは異様なまでにフリーダさんを敵視している。ゲームでよっぽど彼女にやられたのだろうか。でも、その事は横においといて、私はドナベさんと一緒にメモを確認した。

「えーと、どれどれ。どうやら魔物が出た場所の記録みたいだね」

 A地点、ガマおやびん十匹。

 B地点、味噌ゴーレム三体。

 C地点、長袖ウルフ五人。

 D地点、ミミック四箱。

 E地点、ロストマン二十二組。

「分かった」

 まだメモは続いていたが、それぞれの地点と出た魔物の種類と数が書かれていただけだった。しかし、その情報だけで十分。私にはフリーダさんが悩んでいた理由が分かってしまった。

「雑炊、分かったのなら言ってみてよ」

「このメモに書いてある内容があってるのなら、私の居た戦場が一番キツイ!だから、私がこのスタンピードのMVPになる可能性が高いって事だよ!悪役令嬢ざまぁー!あ、悪役令嬢って言っちゃった!まあいっか!」

「確かに、大量のロストマンが出た場所が一番キツイのは間違い無いだろうけど、雑炊が高評価される事ぐらいで、あそこまで悩むかなあ」

「なーに言ってるの!フリーダさんが悪役令嬢って言ったのはドナベさんでしょ!なら、私の活躍を聞いて『ぐやじいでずわムキーィィ』ってなってもおかしく無いじゃない!」

 自分に都合の良い答えを見つけた私は、ルンタッタとスキップしながら体育館へ戻り表彰を待つ事にした。

「結果発表まだかなー」

 MVPとして表彰される瞬間を待ちわびる私。最早、スタンピードは完全に終わって、大人達の事後処理待ちだと思っていたその時だった。

「イヤアアアア!トイレがー!」

 うら若くない女性の悲鳴が聞こえてきた。何事かと悲鳴のした女子トイレへ向かうと、個室の前でエレン先生が腰を抜かしていた。

「トイレがぁ!流れ、流され!」

「あ、それ私です」

 水が流れなかったのを放置して、スタンピード解決に向ったのを思い出した私は、エレン先生に謝る。

「このおバカ!何て事してくれたのねん!」

 スパーン!

「ぶべらー!」

 エレン先生のビンタが炸裂し、私はふっ飛ばされる。

「ガハッ、流石はおっかさんの戦友、良いビンタ持ってるじゃない…。でも、トイレ流してないだけでそこまで怒らなくでも」

「何を言ってるのねん?逆、逆。逆にトイレが流れてるのねん!」

 エレン先生は興奮と恐怖が入り混じった顔で意味の分からない事を繰り返している。トイレが流れる様になったのなら、何の問題も無いだろうに。あ、もしかして詰まって逆流してるとか?確かにそれは一大事だけど、ここまで騒ぐ程だろうか。

「エレン先生、ちょっと失礼しますよ」

 私はエレン先生をどかして、個室の扉の間に立つと、そっと扉を開いて中を覗き込んだ。

「ワ〜オ」

 個室の中には便器が無かった。便器が設置してある床が剥がれ落ちて、大穴な空いていた。

「サンダーウェポン」

 私は杖に纏わせた稲光で大穴を照らして中を覗く。

「ワ〜オ」

 穴の奥には当然下水道があった。下水道の側道には、便器と繋がっていたであろうパイプが、無惨にひしゃげた状態で放置されており、水路には便器が浮かんでいた。

「エレン先生の言う通り、『トイレ流れて』ますね」

「雑炊のウンゴの重みで、床が崩壊したのねん?」

「そんな訳無いでしょ。おっかさんじゃあるまいし」

 私はこつなった原因を確認する為に、杖を更に奥へ突っ込み、穴の中へ上半身を乗り出す。

 ガラガラガラ。

「あっ」

 床が更に崩れ、身を乗り出していた私は、踏ん張る事も出来ず下水道へ真っ逆さまに落ちて行く。

「どわー!最近オシャレに目覚めたばかりなのに、また臭くなっちゃうよ!いや、今はそんな事言ってる場合じゃない!」

 私はカナヅチでは無いが、着衣で泳げる程泳ぎが上手くも無い。下水の流れは思いの外速く、自力で陸に戻るのは難しかった。水に浸かった状態ではダッシュも使えない。それでも何とか助かろうとして、近くに浮かんでいた便器に必死でしがみつく。

「た、助かっ…てない!」

 便器にしがみついた直後、水の流れが更に速くなり、私は便器と共に水路を流されていった。

「エレン先生ー!たーすーケーテエ‐」

 穴からこちらを見ていたエレン先生の顔がどんどん小さくなって行き、やがて完全に見えなくなった。

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