「えー、ダンジョンが発生する理由としては、魔物が人間の住む世界に侵攻する為のトンネルだとするのが、現在の有力な学説です。では、スタンピードとはどんな状態を指すのかを…雑炊!」
「ハイっ!ダンジョンから魔物が溢れ出し、人間の住む町へ大勢で向かって来る状況です」
「じゃ無くて、君は今日からB組でしょうが。早く向こうの校舎へ行きなさい」
「そうでした!すみません!デール先生、今までありがとうございましたー!」
九月の対抗戦の結果、私はB組に昇格した。リー君と渡り合い、フリーダさんから生還出来た奴がC組なのはおかしいやろとの事で、日々の問題行動を差し引いてもB組に入れておくべきだとされたのだ。ありがてえ、ありがてえ。でも、その恩を仇で返すかの如く、昇格初日に遅刻だよ!
「すみません!間違えてC組行ってました!」
「じゃあ、この問題解いてねん。正解でペナルティ無し、間違えたらC組帰ってねん」
「きびCー!」
B組の先生は、生徒を上下に振り分ける必要もあってか、デール先生がぬるま湯に感じるぐらいに実力主義。そんな話をトムやドナベさんから聞いてたけど、早速その洗礼を受けてしまった。
「えっと…あ、これさっきC組で習った所だ」
【問題】
魔物がダンジョンから溢れ出して人里に来てしまう事をスタンピードと呼びますが、スタンピードが発生する事は悪い事ばかりではありません。では、スタンピードの発生したけど良かったと思えるケースを五つ答えなさい。
「五つ!」
流石B組。習ってる範囲は同じでも、問題の難易度が違う。
「そう、五つなのねん。制限時間は六十秒。爆弾が爆発したら、雑炊はC組に逆戻りするのねん」
そう言い、B組の先生が天井からぶら下がった紐を引っ張ると、私の真上の天井が開き、爆弾が徐々に下がってきた。
「始めるのねん!」
「一つ目、魔物はダンジョンから離れると弱体化するから倒しやすい!」
私が一つ目を言うと、ピンポーンと正解を示す音が鳴り響く。よし、まずは一つ正解。
「二つ目、広い場所なら同士討ちの心配も無く、多数の冒険者で包囲が可能!」
ピンポーン。
「三つ目、死後劣化の速い魔素を最短でギルドまで運搬し加工出来る!」
ピンポーン。
「四つ目、スタンピード直後のダンジョンは魔物が殆どおらず、罠も少ないから探索が楽!」
ピンポーン。
四つ目までは問題無く正解したが、ここで私は言葉に詰まってしまう。何故なら、教科書に書かれたスタンピードによる恩恵の例はこの四つしか無かったからだ。後一つは、私自身の手で捻り出してかつ、先生が納得しないといけない。考えてる間にも、爆弾はどんどん迫ってくる。
「隠しダンジョン」
ドナベさんがヒントをボソッと呟いた。サンキュードナベさん!これで勝つる!
「五つ目、スタンピードは人間が管理しているダンジョンでは滅多に起こらない。逆に言えば、スタンピードが発生したなら、人類が発見していない新たなダンジョンが存在している可能性があり、魔物の足跡を追う事で…」
ちゅどーん!
「ほぎゃー!」
しまった、説明が長すぎて言い終わる前に時間が来てしまった。さようならB組、また来月挑戦するよ。
「合格なのねーん!」
「ふぇ?」
「未知のダンジョンを探すヒントになるという、君の発想は素晴らしかったのねん。教科書もしっかり読み込んでるみたいだし、C組送り返しはしないのねん」
「で、でも時間切れになると爆発する爆弾、ちゅどりましたよ?いいんですか?」
「君の頭の土鍋に接触して、制限時間より早く爆発しちゃったのねん。本当はまだ五秒ぐらい残ってたのねん」
た、助かったー。ドナベさんの力も借りたけど、昇格初日でC組に送り返されるのは免れた。遅刻を許された私は空いている席に座り、授業終了後に改めて自己紹介の機会が与えられた。
「本当は朝のホームルームに自己紹介して貰う予定だったけど、遅刻しちゃったから今やって貰うのねん。はい、どーぞ」
「大抵の人は始めまして、トムは久しぶり、先月までC組に居た雑炊です!」
私が自己紹介を終えると、温かい拍手が巻き起こった。へー、中々雰囲気良いじゃないB組。己に自信を持ち、だからこそ他者を評価し暖かく迎えられるのだろう。
「自己紹介とーもなのねん。あ、私は一年B組担任のエレンなのねん。これから君がB組に居る限り色々と教えてあげるから仲良くするのねん」
こんな事を言ってるが、遅刻した私に即座に降格を賭けたテストをする人だ。優しそうでホンワカした美人に見えるが、一ミリも油断できない。
「じゃ、これ渡しておくからヨロシクなのねん」
油断ならないエレン先生から、早速仕事を任された。渡されたのは団体用の大きな鍋やらシャモジやら。どれもこれも見覚えのあるアイテムだ。具体的に言うと、B組の屋上へ落下した時に見た。
「芋煮会の準備をしろって事ですね?」
「そう、来週までにヨロシクなのねん」
B組昇格時に発生するイベント、芋煮会。C組から昇格した者は、B組全員分の芋鍋を作り振る舞わなければならないとする慣習だ。
イベントを取り仕切る触手先輩が触手先輩になってしまったから、もう行われないかもとドナベさんは言ってたが、冒険者学園の人々は中々にタフな精神を持っていたらしく、あの事件以降もC組からの昇格者が出る度に芋煮会は行われていたそうだ。
触手先輩も、私が復学したぐらいのタイミングで三年B組に帰って来ており、芋煮会を取り仕切っているそうな。ソースはトム。
「…で、芋煮会で私は何をすれば良いの?」
芋煮会の説明をトムから聞いた私は、もっと具体的な話も聞く事にした。
「お前が屋上に落ちてきた時は、俺は先輩が持ってきた食材を調理して、屋上に並べる事をさせられた」
「前回は食材調達が原因で、触手先輩が触手先輩になっちゃったよね?同じ事したら、触手先輩また触手先輩になって帰って来ない?」
「だからあの事件以降、食材探しは四人パーティで潜る事になった。俺もジョーダン先輩と一緒に食材探しする予定だ」
「へー、ありがと。今度干し草おごるよ」
「いらねえ。ま、お前も頑張れよ」
私はトムにお礼を言って別れると、芋煮会の準備に取り掛かった。開催日時の告知を一階から三階の窓に貼り、参加希望者の数を確認したら人数分のお箸を用意する。
「後は、屋上に皆が座るイスを持ってかないと」
「それは必要無いのねん」
私がイスを掻き集めていると、通りがかったエレン先生が止めに入った。
「雑炊が落ちてきた時、大きい鍋を設置する為の机しか無かったでしょ?伝統的に芋煮会は立ち食いなのねん」
「伝統?そー言えば、そもそも何でB組では芋煮会をしてるんですか?」
「芋煮会の始まりは今から二十年前、私がこの学園の一年生の時まで遡るのねん…」
エレン先生(35)による回想が始まった。
(ホワンホワンホワ〜ン)
その年、とある男爵領でスタンピードが発生したのねん。溢れ出した魔物を討伐する為に、学生冒険者も駆り出され、私と親友のさっちゃんもそれに参加してたのねん。
「エレン、お腹すいた」
「ゴハン作るから、待ってて欲しいのねん」
私と相部屋だったさっちゃんは、むっちゃ強くてむっちゃ燃費の悪い子だったのねん。いつも、私が料理を作ってたけれど、この日魔物を誰よりも多く倒した彼女の空腹はいつもの量では満たされなかったのねん。
「足りない!こんなんじゃ全然足りねー!そうだ!学園の調理室にオイモの備蓄があったよね!行ってきまーす!」
「さっちゃん、待つのねーん!」
私の制止を振り払い、さっちゃんは調理室の芋をあるだけ全部大鍋へ入れ、グツグツ煮込んだ後、屋上で夜空を眺めながら二人で全部食べちゃったのねん。
「芋とテケトーな調味料だけでも、お腹空いてると美味しいね!幸せのオナラが止まらないよ!モグモグモグ」
「あ〜、これ絶対明日退学になるやつなのねん。モグモグモグ」
しかし、スタンピード時の英雄的活躍により、さっちゃんと私の退学は回避され、それどころかC組からB組への昇格もさせて貰えたのねん。
それから年月を重ね、B組へ昇格した者は芋を煮て振る舞うという形に変化して行き、今の芋煮会になったのねん。
(ホワンホワンホワ〜ン)
「と、いった歴史があるのねん」
「あんたが元凶かい!」
今すぐ辞めちまえこんなクソ伝統と叫びたくなったが、エレン先生の話に出て来たさっちゃんの事が気になって、私はそちらについて聞いてみた。
「あの、先生の知り合いのさっちゃんって、卒業後どこへ行ったんですか?」
「スタンピードの時に助けた男爵から一軒家を貰ってそこに住んでたのねん。でも、だいぶ前にダンジョンで亡くなったと聞いたのねん…」
「もしかして、さっちゃんのフルネームって、サフラン・ライスですか?」
「な、何で知ってるのねん!?」
「ども、娘のカトリーヌン・ライスです」
私がさっちゃんの娘だと言うと、エレン先生はビックリした顔で私の全身を上から下まで観察する。
「あー、言われてみれば似てるのねん。身長が倍ぐらい違うから気付かなかったけど、君の色んな噂話を思い返すと、さっちゃんの学生時代そっくりなのねん!」
その言葉を聞いて、私の中の思い出のおっかさんの像がガラガラと音を立てて崩れていった。おっかさん、娘の前ではネコ被ってたんだね。本当は無茶苦茶破天荒だったんだね…。
ゴゴゴゴゴゴ。
私が心の震えに合わせて大地も震える。…大地も震える?
『スタンピードが発生しました。校内に残っている学生は、体育館に集合し、教師の指示があるまで待機して下さい。繰り返します。スタンピードが発生…』
「ふぇ?」
「雑炊、今すぐ避難するのねん!」
おっかさんの本性とスタンピードの校内放送のダブルパンチでボーッとしている私を、エレン先生が体育館まで引っ張って行った。