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第三十一話【悪役令嬢はマジモンのバケモンだった模様】

「先手必勝、稲妻キーック!」

 私は大声で叫びながら、ガマ叩き棒を悪役令嬢の脳天にフルスイングする。リー君相手に有効だった、『言ってる事とやってる事が違う作戦』だ。

「そんなセコいフェイントが、私に通用するとでも?」

 悪役令嬢はフェイントには引っ掛からず、ガマ叩き棒を余裕の表情でキャッチする。だが、掴んだ次の瞬間、悪役令嬢に電流走る。

 バチバチィ!

「ッッッ!」

 彼女は顔を歪ませて掴んでいた棒を手放す。

「…ホント、セコいですわね」

「へへーん、痺れたでしょ?魔法攻撃と思わせて、物理攻撃と思わせてからの魔法攻撃でしたー」

 悪役令嬢相手に普通のフェイントは通じないと思った私は、右足に雷属性を付与すると見せかけて、ガマ叩き棒に雷を纏わせてから振り下ろしていた。ガマ叩き棒は、軽金属製の物干し竿。電気を良く通す。

「カッコ付けて片手でキャッチなんてしなきゃ良かったね〜。その右手、当分痺れて使い物にならないでしょ?今から、その弱みを全力で突きまくるからねっ!」

 我ながら、クソみたいな戦術を連発していると思う。だが、こうでもしないと私と悪役令嬢の差は埋まらない。物語のヒロイン失格と言われようが、敵に勝てないよりは百倍マシマシだ。

「ヒャッハー!その右手が使えない内に、使い物にならないぐらいグシャグシャにしてやるー!」

 卑怯者と罵られる覚悟がガンギマリとなった私は、マトモに動かせないであろう右手にガマ叩き棒を振り下ろす。だがその時、動かないと思われた悪役令嬢の右腕が、万事問題無く動いた。

「セイッ!」

 スパーン!

 悪役令嬢は、ビンタ一発でガマ叩き棒を真っ二つに切り裂いてみせた。

「相変わらず凄いビンタだね。でも、何で痺れてるはずの右手が動くのよ?」

「私、バリアチェンジという技が使えますのよ。この部屋に来る前に雷耐性をエグいぐらい上げておきましたの。ですから、さっきの電撃もちょっとビックリした程度で済みましたわ」

 やはり、ラスボス候補なだけあって、リー君より更に上のステージに彼女は居る。私が強くなればなる程、悪役令嬢への理解が進み、彼女に挑む事への絶望が増していく。

「ホント嫌になるよ。同じ人間と戦ってる気がしない」

「ホーッホッホッホ、私と貴女の差が分かってきた様ですわね。それでは一つ、私から二択クイズを出題しますわ。これから放つセイッは全方位への氷魔法とビンタ、どちらでしょーか?」

 触手先輩と戦った時、悪役令嬢は魔法も物理もセイッの一声で絶大な破壊を生み出していた。どちらを喰らっても、今の私じゃ一発アウト。そして、セイッがどちらのセイッなのかを知ってから避けようとしても間に合わない。

「それじゃあ行きますわよ〜、3…2…1」

 悪役令嬢は、カウントダウンしながらゆっくりと手を振り上げる。ビンタならしゃがみ、氷結魔法ならジャンプをタイミング良く合わせれば多分回避出来る。でも、どっちで来るのかサッパリ分からない。こうなったら、ビンタが来ると決めつけてしゃがむか?いや、違う!

「セ」

「ここだっ!」

 私は耳に全神経を集中させ、セイッに合わせて前転する。

「イッ」

 前転で無敵になり、ビンタが身体を通り抜ける。そして、地面が凍りつくが、その影響も受けずに済んだ。

「って、オイコラ!どっちもじゃない!」

 前転でビンタと氷結魔法をやり過ごした私は、悪役令嬢にツッコむ。

「何が二択クイズよ!ビンタも氷結魔法も、一回のセイッで同時に発動してたじゃない!しゃがんでもジャンプしても、どちらか喰らってたよ!」

「ホーッホッホッホ、雑炊さんのクソみてーな二重フェイントを、規模と速度を数倍にしてお返ししたまでですわ」

 私が必死に努力して、人間らしさをドブに捨てて辿り着いた戦術。それを、コイツは一目見てマスターしてもっと凄い技にして見せた。しかも、私と違って動きが綺麗だった。

「それにしても、驚きましたわ。さっきの回避方法、確かこうでしたっけ?」

「なっ、や、やめてっ!」

 私が悪役令嬢に勝ってると思えていた唯一の点、それすらも奪おうというのか。目の前で前転しようとする彼女の姿を見て、私は反射的にガマ叩き棒を彼女の後頭部へ振り下ろした。

 スカッ!

 うん、そうなると思っていた。攻撃がすり抜けるのを見せつけられ、私は僅かな勝ちの目すら無かったと理解してしまった。

「本当に驚きましたわよ。伝説の勇者テリウスが妖精グロリアから教わったとされる回避術。それを、貴女みたいな人が使えるなんて」

「驚いたのはこっちだよ!何で使えるの!?」

「知識として持ってましたのを、貴女を手本にして実践したまでですわ」

 化け物。私は心の中でそう呟いた。ただでさえステータスも立ち回りも圧倒的なのに、学習能力まで凄まじい。つーか、ゲームの方の私はどうやってコイツに勝ったんだよ!?こちとら、ドナベさんから色々助けて貰ってこのザマやぞ!

「さて、現在の実力差は理解して貰えました?貴女はどう足掻いても私には勝てませんわ。セイッ」

「ひいっ!」

 再度放たれたビンタを、私は半ベソかきながら前転で回避する。

 バシーン!

「あぎや!」

 悪役令嬢が放ったのは往復ビンタだった。行きのビンタは無敵でやり過ごせたが、前転の終わった直後に帰りのビンタが私を張り飛ばした。

「その回避方法、頼り過ぎるのは良くありませんわ。他の防御や回避手段と組み合わせ、ここぞという時だけ使わないと、こうして狙い撃たれますわよ」

 そう言いながら、またしても右手を上げてビンタの構えをする悪役令嬢。もう駄目だ、何しても喰らってしまう。心がバッキバキに折られた私が、オシッコを漏らしてしまいそうになったその時だった。

『そこまで。本日の対抗戦はこれにて終了です。速やかに戦闘行為を止めて、教師の到着をお待ち下さい』

 個人戦終了のアナウンスがダンジョン内に響き渡り、悪役令嬢はそれに従いビンタの構えを解いた。

「…少しは楽しめましたわ。次までにもっと強くなりなさい」

「あ、ハイ。悪役令嬢さんの期待に応えられる様にガンバリマス」

「それと、私を悪役令嬢と呼ぶのは辞めて欲しいですわね。私、悪い事なんて何もしてませんわよ?」

「ハイ、スミマセンデシタ。悪、じゃなくてフリーダさん」

 完全に心を折られた私は、先生が来るまでの間、悪役令嬢、もとい、フリーダさんの言葉に頷き続けるしか無かった。

 こうして、私とフリーダさんの初対決は私の完全敗北に終わったのだった。

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