「うん、奴の事は何と言ったら良いか…」
ドナベさんは少し考え込みながら、スグニの事を話し始めた。
「スグニは親のコネでA組二位になったけど、その実態は小物で君や悪役令嬢の踏み台になり、遅くても七月までには学園から居なくなるって所までは以前話したよね?」
「うん!ホントムカつくよね!努力も才能も無しに、実力主義の学園の一年二位とか許せないよ!だから、ブーン様にいつも脅されてるんだよね?『貴様の様な平民なぞ、アークボルト家の力で簡単に潰す事が出来るのだぞ』って」
「そうそう。でもさ、君はおかしいと思わなかったかい?スグニのコネが何かは知らないけど、ブーンより強い権力は持って無いのは確定している。じゃあ、何でスグニはブーンより順位が上なんだろうね?」
ドナベさんに指摘されて、私は初めてそのおかしさに気付いた。
「言われてみれば、スグニがブーン様に勝ってる部分、一つも無いじゃない!何で?ねえドナベさん、何でスグニ二位!?」
「それではここで問題です。親のコネ程度では二位になれないなら、スグニが二位になった本当の理由は何でしょーか?制限時間三十秒。チッチッチ…」
突然クイズが始まった。私は頭をフル回転させて答えを考える。
「学園全域に洗脳魔法を使った!」
「ブブー、そんな魔法が使えるなら、スグニはもっと人気者になってるよ」
「校長の弱みを握り脅迫した!」
「ブブー、冒険者学園の校長は清廉潔白な人だ。彼が脇役の脅しに屈していたなんて展開が正解ならゲームファンが離れて行くよ」
「うーん、それじゃあ正解は何だろう?」
「それでは正解発表です。正解は、『誰も分からない』でしたー!」
私は無言で洗濯前の肌着を次々と土鍋の中に詰め込んだ。
「やめれー!」
「ドナベさんがふざけた事言うからだよ」
「ゴメンゴメン。でも、誰も分からないっていうのは本当なんだ。どんな名作でも物語の序盤ってのは矛盾が生まれてしまうもので、世界最強の男がそこらのチンピラのせいで大怪我したり、天涯孤独の身で亡くなった師匠に孫が居たりとかするんだよ」
私の住んでるこの世界って、割と雑に作られてるんだなあ。ちょっとショックかも。まあ、今はそんな事より話しの続きだ。
「スグニが学園二位なのも、その避けられない矛盾ってやつなの?」
「その通り。こういった矛盾は後に修正されたり、後付けでそうなった理由を説明したり、矛盾を無視して話が進んだりする。スグニの場合は無視のパターンだね」
「修正しなよ!お金貰ってるクリエイターとしての責任ってのがあるでしょ!」
「雑炊、僕達の世界には納期というのがあるんだ。この先出番の無い脇役一人の為に足踏みしている訳にはいかなかったんだよ」
ドナベさんは何かを諦めた様な顔でそう言った。どうやら、ドナベさんも乙女ゲームのストーリーを手放しで全肯定している訳では無い様だ。
「まあ、そんな訳でスグニの順位については、作中人物も製作陣も触れないまま、そっと脇に追いやられたという訳さ」
「物語ならそれで良いかもだけど、これ現実。後、スグニが九月になっても学校に居座ってるし、今日めっちゃ絡んで来たんですけど?それについての説明は?」
「それは知らない。マジで知らない。てか、ホント、僕のやったゲームとの違い色々あるけど、何でアイツ矛盾抱えたまま存在してるんだろうね?怖いなー」
いや、怖いのは実際にスグニと関わってる私なんですけど!
「ドナベさんしっかりしてよ。ハーレム目指すに当たって、このスグニの接近はどう対処すべきなの?私としては、次に見たら即警察を呼ぶの安定なんだけど」
「うーん、雑炊がそう思うなら、それで良いんじゃない?」
テケトーにキャラ造形がされた男への対処方法は何ともテケトーな感じに決まっていった。しかし、見てから警察呼ぶというのは、あまりに判断が遅いと思い知る事になるのは意外と早かった。
「サンダーバリア!サンダーブレード!どや?どや?」
「雑炊すっげー、今のお前ならトムに続いてB組上がれるんじゃね?」
「ふふーん、トムなんぞ秒で追い抜いて見せますとも!」
昼休みにクラスメイトにサンダーロッドの自慢をしている最中に奴はやって来た。
ガラッ!
「カトちゃん!お前に欠闘を申し込む!」
「スグニ!?」
教室の扉を力強く開けるなり、スグニは私を指差してケットーとやらを申し込んできた。
「以上だ!」
ピシャン!
昨日のアレコレで反省したのか、スグニは私には近寄らず、要件だけを告げて扉を閉めて去って行った。
「いや、いきなりケットー言われても、決闘?血糖?」
ガラッ!
「ほう、今の時代に欠闘(けっとう)をする者が現れるとは…」
「デール先生!」
詳しそうな人が来た!
「お教えしましょう。欠闘とは!」
【欠闘】
今は昔、勇者と呼ばれし冒険者テリウスが魔王を倒した少し後。テリウスと仲間達は、後の世代を育てる為に全財産を投じて冒険者学園を設立した。その学園に存在する決闘方法が欠闘である。一対一の勝負を行い、負けた方は人生に大事な物を失う。それが唯一にして絶対のルールである。冒険とは成功すれば何かを得て、失敗すれば何かを失う。そして失った物は決して戻って来ない。その事を学生達に伝える為に欠闘と名付けられたのだ。なお、現在は毎月末の対抗戦が存在する為、わざわざ互いに大きなリスクを背負って欠闘する者達は殆ど現れず、その規則を知る者は少なくなった。
(冒険者学園のしおり・第八章より抜粋)
「以上です!」
ピシャン!
デール先生は説明を終えると職員室へ戻って行った。五時間目の準備だろう。
「えっと、スグニと私が戦うって事?まさか、ね。だって、こーゆーのってお互いが了解しないといけないし」
そう、血統だか血糖だか知らないが私がオッケーと言わない限り、無効に決まってる。そう思ってたのだが、
『そこで提案なんだが、杖が手に入って、俺様をボコボコに出来て、なおかつ俺様と二度と会わなくて良いって手段があったなら、カトちゃんはやるかい?』
『モグっ?(ガツガツムシャムシャコクゴクプピビピ)…お前殴る、杖貰える、もう近寄らない、おけ?』
私、欠闘にオッケーって言ってたわ。そんで、その時の会話をスグニが風魔法で音を記録して先生方に提出済みだって事を知らされたのは、放課後帰ろうとしていた時だった。
「違うんですよデール先生、その『おけ?』は了解じゃなくて、確認のおけ?なんです!」
私は欠闘を了承していないと、声を大にして主張したが、学園全体が何十年ぶりかの欠闘を見たいという空気になってしまって時既に遅し。私はデール先生とC組の皆の手でワッショイワッショイとグラウンドまで運ばれて行ったのだった。
「見学に集まってくれた生徒の皆様お待たせしました。間もなく、欠闘が数十年ぶりに開催されます。司会はこの私、雑炊が所属するC組担任のデール、解説には元C組のトムトム・トム君と、A組でスグニと席が近いタフガイ・マキシマム君をお呼びしています」
「どうも、B組とC組行ったり来たりのトムです。友達0人の雑炊と唯一マトモに会話していた俺の知識が解説の役に゙立つのなら、こんなに嬉しい事はありません」
「紹介頂いたタフガイだぁ!スグニと雑炊のダメな所は大体知ってるから何でも聞いてくれ!」
実況席では、デール先生・トム・タフガイの三人が私の悪口を言いたい放題。それを聞いて観客がワハハと馬鹿笑いしている。
「ドナベさん、これ何?私乙女ゲームって未だに良く分からないんだけど、乙女ゲームでこんな展開あるの?」
「欠闘も、スグニとのボス戦も一応存在はしたけど、状況が違い過ぎるね。だが、寧ろ好都合」
こんな状況にも関わらず、ドナベさんは土鍋の中で不敵に笑う。
「展開はどうあれ、嫌われ者のスグニをボコボコにして物語から退場させて、学園と攻略対象の評価爆上げは当初の予定通り。雑炊、これまで君が手にした力、全部ぶつけてこい!」
「おうっ!」
パァン!
土鍋から伸びた手にお尻を叩かれた私は、気合と共に欠闘の舞台へと駆け上がった。