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第二十六話【本日はバッドコミュニケーションな模様】

「宿題は受け取ります。けど、他の生徒の迷惑になるから今日中にその臭い何とかしなさい」 

 私がどんだけ暴言吐いても注意止まりだったデール先生も、今日の私の悪臭には本気の警告。間違い無く私は今人生で一番臭い。

「ドナベさん、このままだと宿題出したのに臭いのせいで退学になっちゃうよ」

「流石にそれは無いと思うけど、どちらにせよ身体綺麗にするのは必要だね」

 そんな訳で放課後私達はギルドの隣りにある冒険者専門店『冒険マート』にやって来ていた。

「店の中でエンドレスで流れるテーマ曲、食品コーナーには中毒性の高いBGM、そして出入り口には出来立てのポップコーンが食べられる自動販売機!これぞ冒険マートって感じだよねドナベさん!」

「僕はこんなの知らない。また、フリーダが勝手な事しやがったな」

「ドナベさん、何をブツブツ言ってるの?シャンプーと香水、それから魔法用の杖の値段も確かめておこうよ。冒険マート〜は〜、何でも見つかる理想のダンジョン〜」

 私は冒険マートのテーマ曲を口ずさみながらシャンプーを探す。冒険マートはテーマ曲の通り、ダンジョンの様な構造になっている。大量の在庫をそのまま店に山積みにして出すからだ。おかげで、安いのは良いんだけど、目当ての商品が中々見つからない時があるのがこの店の難点である。

「と言う訳で、色んな商品の広告に釣られてあちこち見てる内に、店の中で迷っちゃいました。えへへ」

「田舎娘あるあるだね」

「大丈夫だよ!ポップコーンの匂いのする方へ行けば出口に辿り着けるはずだから」

「犬か君は」

 私は鼻をおっぴろげて、入り口のポップコーンの匂いを辿ろうとするが、自分の悪臭を思いっきり嗅いでしまった。

「ギエー!ゲッホゴホゴホ!何この臭い!?」

「君が垂れ流し続けてる臭いだよ」

 突然の悪臭に襲われた私は、近くにある商品棚に寄り掛かる。その棚は偶然にも私が探していたシャンプーの棚だった。

「あ、シャンプーめっけた!見て、ドナベさん!このシャンプー容器がちょっと小さいけれど凄く安いよ!」

「それ、ペット用のシャンプー。犬カ君は」

 私は間違いを無かった事にする為、誰も見てない内にペット用のシャンプーをそっと棚に戻す。その時、商品を取ろうとしていた男性と手が触れ合った。あ、これドナベさんが良く言ってた乙女ゲームあるある展開だ。

 そう思った瞬間、私の中の乙女心がフル回転する。まずは手の主の情報を確認。この袖はA組生徒のものだ。そして、A組生徒でペット用シャンプーを買う男子なら、それは99%の確率で使い魔を飼っているリー君だ。タフガイはもっと手が大きいし、ブーン様は安売り店来ないしね。手が触れ合って0.1秒で手の主の正体の推理を終えた私は、気合で全身の毛穴を塞いで臭いを遮断し、恋する乙女の顔で手の主を振り返る。

「久しぶりね、リー君!こんな所で会うなんてっ!」

「いや、俺様だけど?」

 私の手に触れたのは、スグニだった。

「確率1%の方ー!?何触っとるんじゃテメェ!」

 スグニの手をはたき落とし、その勢いのままに掌底アッパーを決める。

「私に触れていいのはA組五位以内の男子だけ!」

「いってぇ〜、俺様A組二位なんですけと」

「親のコネで成績水増ししているクズは除くものとする!」

 ドナベさんから、五月か六月には多分居なくなるよと聞いていたし、昨日多数の生徒が自主退学済みだと先生から聞かされていたから、スグニはもうとっくに学園に居ないだろうと思っていたのに、まだ学生してやがった。

「はあ、最悪。こんな所でアンタと会うなんて」

「今までロクに会話してないのに、エラい嫌われようだな。まだお互いを知らないんだから、仲良くしようぜぇ〜」

 こちらが嫌がってるのにも関わらず、スグニは馴れ馴れしく話し掛けて来る。スグニは誰にでもこんな感じだから、誰からも嫌われている。

「スグニ、その必死な友達アピール本当に辞めた方が良いよ」

「そんな事言うなよ。せつかく会ったからお話しようぜ。ペット用のシャンプー買いに来たのなら、お前もペット飼ってるんだろ?俺様も、最近ペット買い始めたけど、これが中々にワガママで金の掛かる奴で…おーい、どこ行った?」

 私は一人で勝手に喋り出したスグニを無視して、人間用のシャンプーの売り場へと向った。


「あった、今度こそちゃんとしたシャンプーだね」

「それにしても、さっきは災難だったね」

「ホントにそう!よりにもよって、スグニの手を触っちゃった!早く家帰って、全身洗いたいよ」

「それにしても、雑炊は本当にスグニが嫌いなんだね」

「あったり前でしょ!ドナベさんが言った通りのクズよ、あんなん!」

 本当に見ているだけでイライラする。私はスグニを見たストレスを解消する為に、シャンプーや香水と一緒に大好物の芋を大量に買い、入り口で売っていたポップコーンと一緒にドカ食いした。

「はあ〜、美味しい。芋を食べてると嫌な事全部忘れられるよ。そう言えば、何か大事な事も忘れてる様な」

 プッ・プッ・プッ・プピー!

「思いだした!杖の値段確認しなきゃ!」

 私は冒険マートの中へ戻り、武器売場へと急ぐ。

「あーっ!ドナベさん見て!杖がセール中だって!今なら買えるかも」

 臨時セールの立て札を見て私の心が踊る。値段だけ見て帰る予定だったが、ワンチャン今まで積み立てたお金で手が届くかも。いざ、価格チェーック!!

【魔法使い用の杖、本日の価格一覧】

 太陽と大地の杖、七百万エン

 賢者の杖、五百二十万エン

 大魔術師の杖、二百万エン

 各属性の杖、全て一本につき十六万エン、二本セット購入で二十五万エン

「安くはなってる、安くはなってるんだけど、やっぱり買えない〜」

 私が欲しかったサンダーロッドは一番安い各属性の杖の一つ。なのでお値段十六万エン。本来の価格を確認したら二十二万エンとなっていたので、お得な今買ってしまいたい。でも、何度確認しても財布には四万エンしか無い。

「ギギギ、あの時に古代貨幣を手に入れていれば今日サンダーロッドが買えたのにー!」

「過去を振り返っても仕方無いよ。諦めて帰ろう雑炊」

「ヤダー!ヤダー!」

 私は杖の前に立ち続け、八割引の札が貼られるか親切な人がやって来て買ってくれるかの奇跡を待ったが、三十分経っても何も起こるはずも無く、漸く諦めがついて帰ろうとした時だった。

「カトちゃん、まだ店に居たのかよ。ん?杖を買いたいのか?」

 スグニが私を見つけて絡んできた。最悪だ。

「今帰ろうとした所だよ。もう話し掛けて来ないで」

「オイオイ、杖がここまで安売りされる日なんて、次いつ来るか分かんねーぞ。迷ってるなら買ったほうが良くないか?」

「お金が足りないのよ!四万エンしか無いの!」

「そっか、…悪かった。ちょっと待ってろ」

 スグニはバツが悪そうな顔で私に謝ると、売り子に話し掛けて何やら交渉を始めた。私はその隙に店を出ようとしたけど、またもや迷ってしまい杖二本を持ったスグニに捕まってしまった。

「カトちゃん、これ欲しかったんだよな?」

 スグニは二本持ってた杖の内、稲妻を模した溝が掘られた杖を私に手渡そうとする。

「何で?」

「だって、今を逃すとカトちゃん大損するじゃねーか。俺様もトルネードロッド欲しかったし、まとめ買いすれば一番お得だろ?つー訳で、このサンダーロッドはカトちゃんに十万エンで売ってやる。代金は卒業までに払ってくれなら良い」

 それは余りにも魅力的な提案だった。私は本来の価格よりずっと安く魔法の杖が買える。しかも後払いで。こんな提案をしてくるスグニの事を私は今まで誤解していた。私は、ドナベさんによって与えられた前情報からなる彼に対する偏見を捨て、自分の素直な気持ちで彼に応える。

「こんな事をするなんて、スグニって本当に気持ち悪いよね」

「えっ?」

「私が一番欲しいものを目の前で奪って人質にして、私と距離を詰めようとするのって、普通に考えて最低だと思うよ」

「待て待て待て、俺様は紳士として困ってる女の子を助けたいだけなんだよ」

「そういうのって、ブーン様みたいな下心の無いイケメンがやるから喜ばれるんだよ。スグニは、友達が欲しくてやってるから気持ち悪いんだよ」

「う、うう〜っ」

 私の言葉に耐え切れず、スグニは涙をポロポロと流してその場から動く事も話し掛けてくる事も無くなった。

「今日アンタがやった事、学校の皆に話しておくから」

 そう言って私は、今度こそその場を立ち去ったのだった。


「待てぇ〜、待って、待ってくれえ〜!!」

 スグニが鼻水垂らしながら追いかけて来た!去らせろよこの野郎!

「もう四万エンでも良いから、この杖持ってけよ!なあっ!」

「嫌って言ってるでしょ!離して!」

 スグニは嫌がる私から財布を奪い、無理矢理杖を握らせようとする。端から見たら強盗か引ったくり、良くて押し売りにしか見えないだろう。そんな事をするスグニには、直ぐに天罰が下った。

 バキッ!

「ぐげぇ!」

 騒ぎを見て駆けつけた男子学生に殴り飛ばされ、スグニは山積みのトイレットペーパーに頭から突っ込んだ。

「スグニ君、せめて迷惑行為は校内だけにしてくれよなぁ、…ん?誰かと思えは、雑炊じゃねえか」

 私を助けてくれたのは、体育会系攻略対象、タフガイ・マキシマムだった。

「雑炊、ひっさしぶりだなあ!もう復学したんだっけ?」

「う、うん。取り敢えずスグニが復活する前にここを離れたいんだけど」

「おう、そうだな。事情は知らねえが、スグニ君と雑炊が一緒に居たらどっちも冷静になれねえっぽいし、ちょっと休憩して頭冷やそうな!」

 私はタフガイに連れられて冒険マートを出て、近くのレストランに入った。

「えーと、まずは謝らせてくれ。オレのクラスメイトが雑炊に酷え事をしちまった。それに、オレが屋上でおめぇに言った言葉でおめぇを傷付けて休学にまで追い込んじまった。本当にすまねえ!」

「タフガイは何も悪く無いよ。寧ろ助けてくれたし。それに、休学は私の意志でやったから、謝らなくて良いよ。改めて、さっきはありがとうね」

「そっか。おめぇが元気そうで安心したぞ。そんで、何で二人は喧嘩みてえになってたんだよ?」

「私が欲しかった十六万の杖をスグニが買っちゃって、それを私に売りつけようとしたの」

 私の説明を聞いた途端、タフガイは顔を真っ赤にして怒り出した。

「転売なんて最低じゃねえか!それで、いくらで買えって言われたんだ?」

「十六万エンの杖を十万で買えって言われたよ!」

「え?」

 タフガイは丸で意味が分からないといった感じで目を見開いた。

「十万エンを十六万エンで?」

「違う違う、十六万のを十万で買えって言ってきたの。それで…」

 私が二度三度と説明すると、タフガイは何とか事態を理解して渋い顔をした。

「要するに、好きでもない奴からいきなりプレゼントをされて気分が悪かったから断ったって事か?」

「そーなんだよ!最低だよね。タフガイだってロクに知りもしない相手からプレゼントされそうになったら、例えそれが欲しかった物でも嫌でしょ?そんな奴とは縁を切った方がいーよ!」

「でも、それって雑炊も同じ事をオレにやっただろ?」

 タフガイが冷めた目で私を見ている事に気付く。しまったぁー!今日のスグニの行動と、始業式の私の行動を同一視されてる!このままじゃ、『自分の事を棚に上げウーマン』としてタフガイに覚えられてしまう!

「ち、違うの!始業式の私のは、えーと攻略情報とかホンワカパッ波とか、詳しくは言えないけど色々事情があったの!」

「相手をロクに知らねえのに、いきなりプレゼント送る奴とは距離を取った方が良いんだったよな?んじゃ、これで」

 私の弁明を聞かず、タフガイは二人分の食事代を置いて出ていってしまった。

「バッドコミュニケーションだったね」

 頭上で囁くドナベさんの言葉の意味はよくわからないが、とにかく凄い自信を喪失した一日になってしまった。私って、恋愛下手なのかな…。

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