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第二十四話【知っているからこそ動けない事もある模様(フリーダ視点)】

「スヤァ」

 雑炊さんが眠ったのを確認した私は、彼女をベッドへ連れて行きましたわ。雑炊さんをベッドに寝かせた後、自宅から持ってきていたティーセットをテーブルに並べ、ドナベさんと二人きりで話し合いを始めましたわ。

「どうぞ。日本人の舌に合う様に、お茶もお茶菓子も甘さを調整してありますわ」

「うん、頂きます。えーと、まずはお礼を。フリーダさん、今回は雑炊に前転を教えてくれてありがとう。この身体は技術方面の指導が難しくてさ、本当に助かったよ」

「彼女が躓くと困るのはこちらも同じですから。これからも転生者同士助け合って行きたいものですわ」

 雑炊さんが休学してから暫く後、監視に使っていたリーさんの使い魔を通してドナベさんから助けて欲しいと連絡がありましたわ。何事かと聞いてみれば、前転の習得が上手く行かないから手伝って欲しいとの事。それを聞いた私は、ちょうど良い所にごるびんの皮がありましたので、これを着て雑炊さんの指導をする事にしたのですわ。

「うーん、本当美味しいね!この味なら、日本でも金が取れるレベルだよ」

「ホーッホッホッホ!お褒め頂き光栄ですわ~!この味を完成させるのにすっごく試行錯誤しましたのよ?もっと褒めても良くってよ?」

「残念だけど、褒めるのはここで終わりだ。僕は君に感謝してるけど、同じぐらい不満があるからね。例えば、本編開始前に隠しダンジョン探索し尽くした事とか」

 ドナベさんから笑顔が消え、ジト目でこちらを見つめてきますわ。あー、やっぱり隠しダンジョンの事怒ってますわよね?

「あれは仕方無い事でしたわ。私とお父様が悪役にならない為には、魔王と手を組む事無く十分な力を得る必要がありましたもの」

 原作では、ダンジョン最奥でお父様が復活間際の魔王を発見し、その時に取り引きを持ち掛けられて私達親子の破滅が確定しましたわ。これを避けるのには、本編との繋がりが無い隠しダンジョンの力を借りるのが一番確実で手っ取り早かったのですわ。

「ドナベさんだって、五年前に悪役令嬢フリーダに転生していたなら、同じ手段に行き着くでしょう?あの時は、ヒロイン側の都合を考える余裕なんて本当に無かったのですわ」

「そうだね。僕だってフリーダ救済手段として思い付くのは、そんな所だろうね。君が乙女ゲームのヒロインに悪意が有って、隠しダンジョンを根こそぎ奪ったとも考えたけど、そうじゃ無い様で安心したよ」

 良かったですわ。ドナベさんが納得してくれて。この件でネチネチ責められ続けたら、全面戦争も視野に入れてましたが、杞憂に終わって何よりですわ。

「隠しダンジョンの話はここまでにして、もう一つ聞きたい事があるんだけど」

「何ですの?」

「魔王対策、どの辺まで進んでるのか教えてよ」

「既に最終ダンジョンの最奥地までのルートは確保済みですわ。魔王が復活するフラグが立ち次第、私・ブーン様・リーさん・タフガイさん・その他S級の方達で殴り込み、何もさせずに終わらせるつもりですわよ」

 私は万全の状態である事を告げましたが、ドナベさんはまた不満気な顔になりましたわ。

「雑炊はメンバーに入って無いんだね」

 お煎餅を齧りながらそう言うドナベさん。どうやら彼女は原作の流れを守り、雑炊さんと魔王を戦わせたい様ですが、私もそこは譲る訳には行きませんわ。

「ドナベさんは雑炊さんを魔王と会わせるつもりなの?それが、残酷な事なのは他でもない貴女が知っているでしょう?」

「彼女は強いよ。僕は君ほどこの世界の事は知らないけれど、君は僕ほど雑炊の事を知らないだろ?大丈夫、原作のカトリーヌンだって魔王との戦いを乗り越えたんだ。イケるさ」

「イケるかイケないかの問題じゃありませんわよ!」

 雑炊さんと魔王との戦いは間違いなく悲惨な結果を生む。それは単に実力の問題ではありませんわ。

「この世界のあの子も、とても母親の事を愛していたのでしょう?」

「だからって、事実を知らないままにするのも雑炊の為にならないだろ。君のしようとしている事は、自己満足の原作改変だ。原作に沿ったベストエンドを目指す僕としては、君のやり方に賛成出来ない」

 ああ、やはりこうなってしまうのですわね。この世界に生きる人間である私と、外からこの世界へ介入している貴女では、目指す正義が違ってしまうのは裂けられない。

「それで、私が魔王退治に雑炊さんを関わらせない事へ反対なら、貴女はどうするつもり?ヒロインのサポートとしてしかこの世界に影響を残せない縛りがある限り、貴女は私を止められませんわ」

「止める必要は無い。原作以上に心身共に強くなった雑炊を見て、君が勝手に止まってくれるからね。それに、雑炊に魔王退治をさせるのは君の為でもある」

「私の為?どういう事ですの?」

「君はゲーム本編終了後も、この世界に留まるんだろ?雑炊に本当の事を隠したまま、何十年も友達面して生きていくつもりかい?」

 その言葉を聞いて、私は自分の建てた計画の穴に気付いきましたわ。そう、この世界は私達が冒険者学園を卒業しても続いていきますわ。ならば、雑炊さんは遅かれ早かれ母親の正体に辿り着くでしょう。

「幸い、まだ時間はある。どうか、君の計画に変更を加えてくれないかな?」

「…今後の貴女と雑炊さん次第ですわね。それで、私と貴女が組んでいる事や私が転生者である事は、雑炊さんには引き続き秘密のままって事で良いかしら?」

「ああ。雑炊のモチベーションを保つ為にも、これ以上ストーリーラインを崩壊させない為にも、ヒロイン対悪役令嬢の構図は継続して欲しい」

「分かりましたわ。それでは本日はこれで」

「うん、バイバイ。お茶美味しかったよ。いつか、雑炊も加えて三人でお茶会をしたいね」


 ドナベさんとの話し合いを終えた私は、ごるびんの皮を脱ぎ、泥と馬糞だらけになった雑炊さんの服を洗濯して畳んでから出ていきましたわ。明日から復学するのに、あの格好のままだとクラスに馴染めませんものね。

「『雑炊さんを魔王退治に連れて行け』、ですか。どうしましょう」

 私は空中ダッシュで公爵家への最短距離を走りながら、ゲームで救えなかった人達の事を思い返してましたわ。『冒険乙女カトリーヌン』では、どのルートを通っても助からない人物が四人居ましたわ。

 ゲーム最序盤に魔族化して死ぬだけの存在、スグニ・マゾクナル。

 魔王と契約を結び、利用され尽くして破滅する公爵、コルカス・フォン・ブルーレイ。

 その娘で、ルートによって父と連座で罪人となったり魔族化して死んだりする、フリーダ・フォン・ブルーレイ。

 そして、誰よりも早く最終ダンジョンを攻略してしまい、魔王が眠る別次元へ迷い込んてしまった冒険者、サフラン・ライス。

 この四人の内、私とお父様については、お父様をダンジョン開発事業なら身を引かせる事で悲劇の回避に成功。スグニ・マゾクナルはナゼカ・マゾクナラズに芋煮会イベントのジョーダン先輩が魔族化しましたが、私のリザレクションで一命を取り留めましたわ。ですが、サフラン・ライス…カトリーヌンのおっかさんだけはどうしようもありませんでしたわ。

 私が前世の記憶を取り戻した時点で、既に彼女は魔王と共に別次元の空間に居て、こちらから手出し出来ない状況でしたわ。きっと彼女はゲーム通りに魔王と融合した姿で我々の前に現れるのでしょう。

「全く、悪趣味な乙女ゲームですわよね」

 ほんわかした雰囲気に混じるハードな展開が人気となりヒットしたゲームでしたが、いざ実際にこの世界に生きる身となると、ふざけんなと言いたくなりますわ。


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