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第二十三話【信頼とはこうして産まれる模様】

 聞きたい事、聞かねばならない事は山程ある。取り敢えず、ますはこれを確認せねばならないだろう。

「何で生きてるのよ、ごるびん」

「アンデッドってご存知?私はこの世にやり残した事があったから、一時的に蘇ったのですわ」

「やり残し?」

「そう!生前の私は何百年も食っちゃ寝の生活を送っていましたわ。その事を後悔し、自分が生きた証を残したいと考える様になったのですわ。そ・こ・で!私を倒した人間、即ち貴女に可能性を見出し、私の持つ技術を伝授したくてアンデッド化したのですわ」

 なるほど、数々の疑問が半分ぐらい解決した。ごるびん、人間の貴族並に喋りが上手いな。

「アンデッド化して暫くは死体のフリをして、この寮でじっとしてましたわ。そして、その時に貴女がドナベさんという土鍋に隠れている存在に従っている事や、最近前転の習得に苦戦している事を聞いたのですわ」

「うわー、僕の事までバレていたのかー、まずいなー」

 ドナベさんが、妙に間延びした声で焦りだす。

「ご心配なく。私は、雑炊さんに前転を教えたら成仏しますわ。ですからドナベさん、貴女が人前に出ない理由があるのでしたら、その秘密は文字通り墓場まで持っていきますわ」

「ありがとー、助かるー」

 ドナベさんは妙に間延びした声で安心する。ええんか?相手魔物だそ?ちょっと簡単に信頼しすぎやしませんか、ドナベさん?

「と、言うわけで前転のレッスン行きますわよ!」

「ターイム!私、まだアンタを信用した訳じゃ無いから。勝手に話進めないて」

「いや、ここは指導を受けるべきだよ。フリ…、ごるびんは成仏がしたい。君は前転をマスターしたい。僕はまだ存在をバラされたくない。全員の利害が一致してるんだよ」

 ドナベさんは、妙にごるびんの肩を持つ。どうやら、ドナベさんはコイツの怪しい点に気付いていない様だ。なら、私が指摘してやろう。

「ごるびん、アンタに従うかどうかを決める前に、きっちり全部説明して貰わないと信用出来ないよ」

「私の復活の理由と動機は全部話しましたわよ?」

「いーや、まだ確認したい事がある!ごるびん、アンタのその前転、一体どこで習得したのよ!」

 そう、ごるびんは確かにかなり強い魔物だが、この世界の外から来たドナベさんしか知らないであろう知識とそれを実現する技術があるのは、どー考えてもおかしい。

「私に敵意は無いって言うのなら答えてよ。その前転はどう覚えたの?」

「あ、えっと、その、ある日頭にランタンがピコーンと閃いて」

 急に喋りが下手になったなお前!怪しい、すっげー怪しい。

「ごるびんは凄く長生きだから、伝説の勇者と戦った時に前転を見て、それを何百年も練習して覚えたんだよ!」

「そ、そうなのですわ!私は、勇者が使うのを見て覚えたのですわ!」

「むー、やっぱ怪しい。というか、ドナベさんとごるびん、初対面の割に距離感近くない?」

「「はうあ!!」」

 何故二人揃って狼狽えるんだよ。でも、どうしよう。魔物なんて信用しちゃいけないって昔からおっかさんに強く言い聞かされてたんだけど、このごるびんの提案は今の私にとって凄く魅力的なんだよね。

「ふふ、お悩みの様ですわね。ならば、こうしましょう。貴女が私の教えを受けないなら、私は人里へ降りて、他の弟子候補を探しますわ」

 こ、この野郎!脅しに切り替えやがった!そんな事したら、町は大パニックになるの確実じゃない!

「私の事はご心配なく。衛兵さんに聞かれたら、『学園裏山の寮に住んでる雑炊さんに追い出されました』と説明しますので」

「それ、私が国家反逆罪になるやーつ!分かったよ!前転教わるから、この寮の敷地から出ないで!」

 悔しいけれど、今の私にはコイツを止める手段が無い。ドナベさんも何故かあっち側だし、コイツが町に行くのを防ぐには、私が前転を習いマスターして成仏させるしか無い様だ。

「では、これにて契約成立ですわね。それでは、これからは私の事をごるびん師匠と呼ぶのですわ、ホーッホッホッホ!」

「ごるびん…師匠…、くそっ、さっさと前転覚えて成仏させてやる!」

 こうして、人と魔族とドナベさんの奇妙な同居生活が始まった。


「まずは、フォームをチェックしますわ。私と同じ様に回ってごらんなさいな。はいーっ!」

 キュルン、スタッ!

「えーい!」

 グルン、ドスン、ブッ!

「違いますわ!何故お尻から落ちるの?後、オナラは我慢しなさい!」

 どうやら、ただ回れは良いってものでは無いらしい。私はごるびん師匠の前転を真似して練習を続ける。

「やっ!」

 ギュル、スタッ!

 何百回と繰り返し、ごるびん師匠の手本にかなり近付く。しかし、無敵は発生しないままだ。試しに前転の軌道上にドナベさんの入ってる土鍋と馬糞を置いて挑戦してみたのだが、結果は私と土鍋が馬糞まみれになっただけだった。

「うわーん、臭いよー!」

 泣き叫ぶドナベさんを無視して、私はごるびん師匠に何が足りないのかを聞く。

「師匠、もうフォームは問題無いよね?それなのに、どうして無敵が発生しないんだろ?」

「そうですわね、条件は揃っているとなると、後は心構えの問題ですわね。貴女、空中ダッシュは出来ますわよね?」

「うん」

「空中ダッシュする時に、鳥やムササビをイメージしているでしょう?前転の時も、きちんとイメージなさい」

 なるほど、確かにイメージは大事だ。例えば、魔法の詠唱でも基本的には精霊に語り掛けている。それは実際に精霊に声が届いている訳では無いが、精霊との繋がりを意識する事で魔法の精度が上がるから詠唱は必要なのだ。

 ならば、前転する時も前転で無敵になる精霊や自然の動物を意識すれば…居ねえよ!前転して無敵になる存在なんてどこにも居ない!

「ごるびん師匠!前転で無敵になる存在を知らないからイメージ出来ない!」

「居るでしょ?ここに」

「あ、そうか!ごるびん師匠をイメージしながら前転すれば良いんた!さっそく、試してみます!」

 私は山盛りの馬糞と土鍋をセットして、そこへ向かって前転する。ごるびん師匠に押さえ込まれた状態のドナベさんが悲鳴を上げる中、私は土鍋にも馬糞にもぶつかる事無く通り過ぎた。

「やった…でけたぁ!」

「今の感覚を胸に刻みなさい。それと雑炊さん、一つ注意点がありますわ」

「はい、何でしょう師匠!」

「前転の無敵は決して万能ではありませんわ。前転が終るまで火を浴びせ続けたり、高い所から落としたりされた場合はダメージを受けますわ」

「分かりました!ダッシュや普通の回避や防御と組み合わせて使えって事ですね!」

「ええ。どうやら、もう私が教える必要は無さそうですわね。雑炊さん、ちょっとこちらに来なさい」

 師匠に呼ばれた私は、素直に近付く。度重なる特訓の中で、私の師匠に対する疑いはすっかり無くなっていた。

「今から、前転の無敵を破る一例をお見せしますわ。氷の精霊よ、我が敵の心に冬を訪れさせ給え、コールドスリープ!」

「スヤァ」

 前転もクソも無く、いきなり睡眠魔法で眠らされた私は、何も出来ずに深い眠りに着いたのだった。


「うーん、ムニャムニャ。ハッ!私、寝ていた!?」

 気が付くと朝になっており、私は寮のベッドに居た。ベッドのすぐ傍の床には、洗濯済みの着替えがあり、その横には炎天下の道路に落ちてるカエルの死体みたいに、カラカラになったごるびん師匠が倒れていた。

「師匠…、師匠ー!」

 私は師匠に飛びつき抱き上げる。昨日まで、中に人が入った着ぐるみみたいにパンパンだった師匠の身体は驚く程に軽かった。

「ごるびん師匠!起きて下さい!今日も私に指導して下さい!」

 いくら呼び掛けても、身体をゆすっても、口に干し草を突っ込んでも、師匠はピクリとも反応しなかった。

「ごるびんは昨日成仏したよ」

 ドナベさんが私に現実を突き付ける。

「そっか、師匠は死んでいく姿を私に見せない為に、眠りの魔法を使ったんだね。最後までありがとう、ごるびん師匠。ドナベさん、師匠のお墓作りたいんだけど、手伝ってくれないかな?」

「肉体労働は無理だけど、一緒に祈る事ぐらいはやるよ」

 私はいつも草を採っている場所の片隅に師匠の死体を埋め、ドナベさんと一緒に祈りを捧げた。

「ごるびん師匠の魂が無事に天国へ辿り着きます様に、と。じゃあ、行こっかドナベさん」

 師匠との修行に明け暮れ、気が付けば夏が終わっていた。私は確かな自信と共に、再び学園へと舞い戻る。



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