「まあ、何はどもあれ杖は欲しいけど、高いんだよね」
杖、それは魔法で戦う冒険者の憧れのアイテム。魔法の威力を増幅し、魔法発動の疲れも減らしてくれる。これがあると無いとでは、魔法使いとしての強さの格が二段階ぐらい変わってくる。
「ドナベさん、杖を手に入れる方法に心当たりは無いの?」
「いくつか候補はあったんだよ。隠しダンジョンで見つけられるやつとかは、ラストバトルまで使えるぐらい強力な杖だったんだけど」
つまり、今は案が無いって訳か。『後は、杖と近接戦対策すれば完璧だよ』と、杖に心当たりありそうな事言っといて、このザマか。なら仕方無い。もう一つの方について聞いてみよう。
「杖は一旦置いといてさ、近接戦対策って言うのはどんな事をするの?」
「それは、実行するのにかなりコツが要るんだけど、雑炊も戦い慣れてきたしそろそろ教えても大丈夫かな」
「教えて教えて!パリィ?それとも魔法使いらしくバリア?」
「前転だ」
完全に予想外の単語が出て、私はドナベさんが何と言ってたのかも理解出来なかった。
「ドナベさん、さっき何て言ったの?」
「前転だ」
「接近戦対策に、私がする事の答えだよね」
「前転だ」
「相手が私に向かって攻撃して来た時に前転するの?」
「前転だ」
「ごめん、意味が分からない」
「まあ、これは口で説明しても分からないだろうからね。明日、ガマ狩りで改めて説明するよ」
そして翌日、私は前転が何なのか分からないまま、いつものガマ狩りに来ていた。
「よし、それじゃあこれから前転について説明しよう。まずは、ガマと一対一で正面から向き合って」
「向き合ったよ、ドナベさん!」
「次に、ガマが攻撃してくるのを待つんだ」
私は、言われた通りにガマが攻撃してくるまでじっと待つ。
「ガマ!」
「攻撃が来たよ、ドナベさん!」
「そしたら、前転してガマの攻撃を躱すんだ」
「分かったよ、えいっ!」
私はガマの攻撃を避けながら、真横をでんぐり返して通り抜ける。
「出来たよ、ドナベさん!」
「全然違ーう!」
「えっ?」
「今君がやったのは、敵の攻撃を避けながら前転しただけ。そうじゃ無くて、前転で敵の攻撃を避けるんだ」
「ごめん、やっぱり意味が分からない。もう少し、丁寧な説明をしてよ」
私が一から説明を求めると、ドナベさんは私からガマ叩き棒を借りて、ダンジョンの地面に絵を書きながら説明を始めた。
「いいかい、まず君とガマが向き合っていて、攻撃が来ただろ?その時君は、こうやってガマの横をすり抜けてから前転した」
「うん」
「それじゃ駄目なんだ。僕が君にやって欲しい動きはこう」
ドナベさんはガマの伸びる舌に重なる様に前転する私を地面に描いた。
「こんな感じに回避して欲しいんだよ」
「で、でもドナベさん。この絵だと、ガマの攻撃が私に当たっていない?」
「大丈夫だよ。前転中に無敵が発生するから当たらない」
「うぇ?」
まーたドナベさんは、訳の分からない事を言い出した。
「ドナベさん、本当に何を言ってるか分からない。前転して無敵になるって何?」
「取り敢えずやってみてよ。空中ダッシュした時みたいに」
「いやいやいや!空中ダッシュとは訳が違うからね!空中ダッシュの方は鳥やムササビみたいに滑空する魔法と思えば納得出来たけど、前転したら無敵って本当に理解不能だから!」
そんな事を言い合ってると、ガマが隙だらけの私に攻撃をしてきた。
「ガマー!」
「ええい、ままよ!」
私はドナベさんが地面に書いた絵の通りに、相手の攻撃に重なる様に前転する。
グシャ!
お尻に嫌な感触。確認すると、案の定私の下敷きになったガマが見るも無惨な姿になっていた。そして、私の体には傷一つ付いていない。
「そうか、これがドナベさんが言いたかった事なんだね!恐怖を乗り越え懐に飛び込み、相手の攻撃の起こりより先に上からお尻で叩き潰す!これこそが『無敵の前転』!」
「全然違う」
私は何かに開眼したつもりになったが、どうやら気のせいだった様だ。
「今のは、ただ単に防御力の高さで相手の攻撃を弾きながら突進しただけ。ガマみたいな雑魚だから上手く行ったけど、格上相手にはただの自滅行為だから二度としちゃ駄目」
「これも違うの?じゃあ結局、ドナベさんの言う、前転して無敵になるって何?」
「だから、本当に説明が難しいんだよ。当たり判定が無くなるって言うか、すり抜けるって言うか」
ドナベさんの説明は何とも要領を得ない。
「あー、もう!ゲームならBボタンと方向キー押すだけで出来たんだよ!アクション要素のあるRPGでは、多くの主人公達が前転中の無敵で緊急回避してたんだよ!雑炊もやってよ!ほら!」
突然、あっちの世界の常識を持ち出して逆ギレするドナベさん。私にそんな事言われても、どないせいちゅうねん。
「雑炊、イメーシするんだ。前転してる最中はどんな攻撃が来てもノーダメだと、悪役令嬢の全方位魔法やブーンの高速剣舞が来ても、タイミングよく前転すればノーダメで切り抜けられるとイメージして前転するんだ」
「取り敢えずやるけど、あまり期待しないでね」
そして、ガマを相手に前転し続ける事およそ一時間。私は遂に一つの境地に到達した。
「とうっ!」
私は力強く踏み込み、空中で一回転してお尻でガマを潰す。そこから間を置かず立ち上がると同時にジャンプし、近くに居た二匹目のガマの上に落下して同じ様に潰した。
「完成したよ、名付けてローリング・ヒップドロップ!」
「勝手に特訓の趣旨変えるな。カエルなだけに」
「だって、ドナベさんの言う通りにしても、無敵状態とやらにならないんだもん」
前転による無敵化らしきものは確認出来ず、その代わりにガマ叩き棒無しでガマを秒殺出来る様になった。
「ドナベさんの言う前転回避は習得出来なかったけど、これでもうガマ狩りで赤字になる事はナッシング!ガマ叩き棒なんて要らんかったんや!」
「杖技能を高める為、ガマ叩き棒は引き続き振って貰うけどね。まあ、今日はこの辺にして、そろそろ帰ろうか」
ガマ叩き棒を折る事無く大量のガマをお尻で圧殺した結果、
収支はそれなりに良くなった。報酬で美味しいゴハンを食べたかったのだけど、杖の購入費用を積み立てろとドナベさんが言ってきたので、今日も私は干し草でお腹を満たすのだった。
それからも、私はガマを相手に前転を繰り返すが、ローリング・ヒップドロップが強化されていくだけだった。
「見て!ヒップドロップの姿勢のままジャンプして、連続でガマを潰せる様になったよ!」
「雑炊が訳の分からない進化をしている」
「私からしたら、前転して無敵って方が訳が分からないんだけどなー」
ドナベさんの言う前転はいつまで経っても成功しない。ドナベさんは、『この技は本当にこの先必須だから。習得しないと、どうにもならなくなるから』としつこく挑戦させ続けるが、そろそろ諦めた方が良いんじゃないだろうか。そうだ、明日は一度武器屋へ行って杖の値段を確認してこよう。
そんな事を考えながら帰宅すると、そいつは何の前触れも無く私達の前に現れた。
「お帰りなさい。お待ちしておりましたわよ」
『奴』は寮の出入り口の前で仁王立ちになって私を待ち構えていた。
「なっ、何でアンタが居るの!」
「最近、お困りになっていると聞きましたので、私が助けてあげようと思いましたのよ」
暫くちゃんと顔を見て無かったけど、その姿は忘れようが無い。その金色の肌とお腹の縫い目は間違いなくアイツだった。
「何でお前が生きてるのよ!ごるびん!」
「ホーホッホッホ!私を倒した貴女の不甲斐ない姿に我慢がいかず、蘇ったのですわ!カエルなだけに!」
リー君にモツを抜かれて皮と骨だけになった後、処分に困って部屋の隅っこに立て掛けておいた筈のごるびんが、何故か生きて動いている。ならば、私のやるべき事は一つだ。
「そう。だったら…もっかい死ね!」
ダッシュで間合いを詰めて、エレキバンドとサンダーウェポン発動する。こいつが人里に行く前に、ここで始末する!
「ライトニングナッコウ!」
ごるびんは初めて会った時と同じ様に、こちらを舐めくさって油断している。これなら当たる。口からだらしなく垂れ下がった舌に電撃を当てて、二度と蘇らなくしてやる。
「以前より、無駄が無い動きですわね。でも、それだけでは私には届かない」
私の一撃は確実にごるびんの舌を捉えたはずだった。だが、必殺のライトニングナッコウが命中する瞬間、ごるびんはクルリと空中で回転し、私の体を貫通して反対側へと通り抜けて行った。
「えっ?え?」
慌てて振り返り、ごるびんの全身と私自身の体を交互に確認する。互いの肉体がかなりの速度でぶつかり合ったにも関わらず、両者とも傷一つ無い。ぶつかった時の衝撃も感じなかったし、一体何が起こったのかサッパリ分からない。
「そ、そうか!幻術!私が殴ったのは、ごるびんが作り出した幻なんでしょ!」
「残念ながら違いますわ。これこそが、貴女が追い求めた前転なのですわ」
「な、何だってー!」
前転中の無敵、ドナベさんの妄想じゃなくて、本当に存在していたの!?
「そ、そんな訳無いじゃない!さっきのは幻、でも幻としても、本物との入れ替わりがスムーズ過ぎる…。じゃあ、やっぱり前転で無敵に」
「だから、前転して無敵になってすり抜けたって言ってるでしょう。これから、この私フリー、じゃなくて、コホン、このごるびんが本当の前転を貴女に教えてあげますわよ。ホーホッホッホ…」
もう何が正しいのか分からない。何故、死んで内蔵も無くなった魔物が生き返ってるのか。何故、コイツが私が前転に悪戦苦闘しているのを知ってるのか。何故、コイツが前転をマスターしているのか。何故、魔物が人間に協力しようと言ってるのか。私には何一つとして理解出来なかった。